ラストブロードキャスト
くっつく工藤に照れながらも、伊藤は自分の責務を忘れてはいない。
「今、残りのファミコンソフト、何本なの? 僕は神と融合してるけど、残りのファミコンソフトの数の詳細な数まではわからないんだ」
「残りは47本よ」
「47か……カウントダウンも近いね」
「ええ、ついに終りが近づこうとしてる」
「ファミコンソフト全網羅大作戦の終りが」
「ワルキューレの冒険に憧れたものよ。だって、女の子がひとり勇ましく冒険の旅に出るのよ、これ以上かっこいいシュチュエーションないわ。頼んだものよ、美容院で、ワルキューレみたいにしてくださいといったら、この髪型よ。美容師の人が、パッケージデザインの長髪を後ろに束ねたワルキューレじゃなくて、ゲーム画面のヘルメットみたいなワルキューレを参考にしちゃったのよ」
「だから工藤の髪型は、田舎の中学生みたいに、朴訥としてるのか。ワルキューレってより、メタルフレームサイバスターを連想するよ」
「やめてよ、高校生を田舎の中学生呼ばわりするのは、そういう伊藤だって、ナイト・ロアーの狼に変身前みたいな顔してさ」
「あははは」
「えっへへ」
「あはは……こうして楽しい時を過ごしてる間に世界は滅亡に向かってく。今しがた3本のファミコンソフトを消費した。それも、それなりの破壊力あるワルキューレも含まれている。今ので、結構な命が失われたよ。神と融合した僕は、直感でなく実感するんだ。世界が滅びてゆくさまを」
「どれくらい滅亡進んだか、ラジオつけてみる? 伊藤、たしか持ってたでしょ?」
「放送してるかな~? 首都圏壊滅だよ」
「緊急災害時はラジオよ、それはメディアが多様化した現在でも同じことよ。ラジオは僕と工藤の最後の情報収集手段、シャドウゲイトいうところの松明のようなものだよ」
伊藤は、制服の胸ポケットから携帯ラジオを取り出す。つながれてたイヤホンを引きちぎると、そのまま地面に投げ捨てた。
「もう音を気にして、ラジオを聞く必要なんてないんだ、イヤホンはいらない」
伊藤は、現存する放送局を探すために、選局バーを、右に左に忙しく動かすが、伊藤のチューニングむなしく、ラジオから聞こえてくるのは、雑音だけだ。
「でも雑音しかしないわ。でも雑音って不思議ね、世界滅亡の恐怖にうちひしがれて、これ以上の心のどん底はないはずなのに、なんだか、嫌な気分にさせるなんて」
「? 雑音まじりだりだけど、なんとなく人の声らしきものがかすかに聞こえるぞ」
伊藤は、電波状況が悪いと見ると、携帯ラジオをかざしたり、立ち位置を変えたりと、工夫をおりまぜる。
「あ、なんか聞こえてきた!」
「例によって、北朝鮮の放送じゃないといいけど、この状況で、放送し続ける北朝鮮もしぶといけど」
「朝鮮語じゃないわ! 日本語よ」
伊藤が工藤を静かにさせるために、指を口にあて、しーとポーズを形作ると、呆れるほどの静寂の元、ただラジオの雑音混じりの放送が聞こえ続ける。
「扉の…中には……人質がいま……す……人質を救出し…ないと……」
とぎれとぎれながら、放送内容ははっきりと理解できる。
「人質? どういうこと、まだ世界ではいざこざが起きてるの? 呆れた!」
「いや、工藤。様子がおかしい。もう少し黙って聞いててみよう」
「ステージの端まで制覇……しても……クリアにはなりませ……」
「なんだか様子がおかしいと思ったら、デッドフォックスの攻略法じゃないか、なんだよもう」
「まったく、この地球滅亡の折りに、どうしてファミコンソフトの攻略法を貴重な電波に乗せられるの?」
自分のことを棚にあげて、痛烈批判する工藤であるが、みたび、伊藤に静寂を要求される。
「し~」
「分かったわ、黙ってればいいんでしょ。ガンサイトを見て、これコナミだし、あのゲームの続編と名乗ってもいいじゃないの? とも言わないからさ」
ラジオ放送をする局の側で、なにかイザコザがあったようで、攻略法を伝授していたディスクジョッキーが、突然、放送を切りやめて、マイクに乗らない誰かと口論を展開する。
「なんだよ、おい、ちょっと待て。ラジオ放送の義務を忘れたかって? いいじゃないか、もう地球はおしまいだ、最後くらい、好きに放送させてくれたって……。おい、銃はよせ、銃は……いくらなんでも、撃ち殺すことはないだろ……」
それがディスクジョッキーが発した最後の肉声だった。
バーン。乾いた銃撃音が、ラジオの前の伊藤と工藤の耳にもはっきりと聞こえた瞬間、ラジオの放送主の声は違う声にかわった。
「え~ え~ 緊急放送、緊急放送。わたくし、いつもはテレビ神奈川の局アナなのですが、この緊急事態にどこの所属とか、いってる場合はありません! 日本の皆様に、被害情報をお伝えします。え~ 政府の被疑調査機関が壊滅した今、実質最後の被害情報と思われますが、それを念頭にお聞きください。政府が、国連加盟する全世界の国々を調査した結果、連絡取れた国がわずか9国。日本を含めて、ようやく二桁に乗る国しか、今活動の確認が取れません。が、しかし、国民の皆様、諦めないでください。絶望したら、そこで終わりです。最後まで希望を捨てずに……」
必死に放送を続けるアナウンサーと対照的に伊藤と工藤は、血のかよってないような冷徹な顔をする。
「残り、日本を含めて10国か」
「ファミコンソフトも40本少々……」
伊藤は、被害情報の確認をもういいと言わんばかりに、携帯ラジオを投げ捨てる。それでも、ラジオは、健気にも、放送を流し続ける。
「え~ 東京が壊滅した原因が入っています。え~ 人々の体が突然弱わり、わずか、数センチの高さから、降りただけでも死亡する病原体ウイルスの発生で……これをいわゆる人気ファミコンソフト『スペランカー』にならい、スペランカー病と名付けるとの、発表が……」
伊藤と工藤の耳に、いまだアナウンサーの絶叫は届くが、もはや内容に気持ちは揺さぶられない。
「スーパブラックオニキス、もじって、スーパブラック恩にきせるって言葉が僕の小学校時代に流行ったんだ……。教科書を借りるとさ、スーパブラック恩に着せるって言うんだ。いわば、貸し借りの貸しの概念だね。工藤の小学校の時はどう、やっぱり流行った?」
「文化が違うわ、同年代の同じ小学校といえど、学校が違えば、文明が違ってくるの。私の通った、小学校で流行ったのは、リトルマジックごっこね。地面に線を引いて、みんなそれぞれ駒になったつもりで、よく遊んだものよ。リトルマジックごっこが飽きると、今度は、ナポレオン戦記ごっこよ、まああんまり変わらないけどね」
伊藤と工藤、どちらかのファミコンソフトが、引き金になったかは定かではない。ただ横たわる事実は、あれだけ気合を込めて、放送の義務を果たしていた、ラジオのアナウンサーの声が突然、途切れたことだ。
「38本かな?」
「ええそうよ、もう元に戻れないわ、私と伊藤はね」