工藤さんは上質な女性
工藤はにこりと笑うが、声を立てることもない。実に気品の溢れる笑いだ。育ちが特別いいともいえない工藤がどうして気品に満ちた笑い方ができるのだろう。それほどの特別な容姿でない工藤であるが、その何気ない仕草は工藤の商品価値を高めている。
「ズレているといっても、先取りならいいわ。ファミーリートレーナーは当時は過ぎたものと評価されてたわ。運動したきゃ外ですればいい。なにを好き好んでテレビ画面の前で運動しなきゃいけないの?」
「アスレチックワールド。ランニングスタジアム。エアロビスタジオ。ジョギングレース。迷路大作戦。マンハッタンポリス。突撃! 風雲たけし城。その続編の二。未来! キョンシーズ。ファミトレ大運動会なんて、略すあたりなにか定着感を感じる部分があったのだけど」
「定着はしたと思うよ。それだけ作品を出せるのだから。でもそこには空気差があって。流行っている家庭とそうじゃない家庭。そのどうしようもない差が壁となって立ちはだかったの。ファミリートレーナーが流行ってる家に間違えて行ってご覧なさい。室内で運動するという違和感と恥ずかしみを纏いつつ、お前もやってみろよの家主の前には、拒絶のオーラも透けてみえてくるもの」
「でもファミリートレーナーの理念は現代に結実したといえる」
「嬉しかったろうね。Wiiなんて最新型の据え型機トップシェアでファミトレの復権となったのだから。まあ任天堂ブランドの前には埋れたけれども」
「てゆうかさ。君はすぐに横道にいくけど、話を戻すよ。君の抱く考えって、どんな考えだよ」
「小学校に行けばわかるわ」
「小学校?」
伊藤と工藤は気がつくと、小学校の前にいた。自身の出身校というわけでもないのに、二人は、ズカズカと中に入っていく。ただ自分たちの欲望をコンプリートするために。
「懐かしい」
「なにが懐かしいのよ」
「出身校じゃなければ望郷に身をゆだねちゃいけないってルールはどこにある?」
「ないけれどその必要はないのよ。あたしたちはただ小学校を理由するがたえに校庭に侵入した」
「侵入とは人聞き悪い。伊藤と工藤は実に爽やかな風体。小学校時代の嫌な思い出が脳裏に走り、感情が暴走し愚行に走るわけではないからいいとはいえ、校門でチェックの一つがあってもいいとは思う」
「そうなのよ。スパイVSスパイなら、こんなあっさりとした侵入を許したらニ画面の上のプレイヤーが下のプレイヤーをより見下ろすわ」
「たとえが筋が通っているのかいないのか。工藤の比喩には浮遊感が溢れている」
「浮遊感? そうね。空を自由に飛ぶことが人類の永遠の夢。ゲームだってその例外じゃないわ」
「人類皆スカイキッドってわけですか」
「スカイキッドね。プロペラ機のシューティングとは当時のナムコらしくポップなゲームデザインよね」
「そして音楽が世界観にマッチしている。愉快で痛快でそれでいて時に哀愁ただようゲームミュージックは耳に残る。近鉄の応援団だって例外じゃない。思わず俊足小僧吉田剛のヒッティングマーチに起用したほうだ」
「そしてその御礼とばかり、同じナムコのファミスタ93と94で吉田の打席……といってもゲーム上じゃ”よしだ”ね。そのよしだの打席だけ一定だった音楽がスカイキッドのテーマに変わるの。粋じゃないの」
「粋ね……」
「そこでいっきにつなげていくのはなんだか許せないものがあるけど」
「いやそんなつもりでも僕は言葉を詰まらせたわけじゃない。でも君がいっきをいたずらに消費することは僕が許さない。たった数画面で繰り広げられる農民一揆の慎ましさ。それがいっき! いっき! の一気飲みブームに便乗したように思われるのが不憫」
「そうね。つっぱりウォーズだってそうよ。一見、なにを意味するゲームか分からないわよね。相撲ブームの折に出したものだからよけい迷うわ。若貴の幻想に夢を見てタイトル買いしたユーザはどう思うかしら。相撲ゲームが不良のゲームだった日には」
「オール1だってそうだよね。劣等生はそれだけで買いにくい。だってオール1だよ。通信簿の悪夢から逃れることができない者はけして手に取らないだろう」
「ムリヤリ教育現場に結びつけてきたわね」
「そうだったここは小学校の校庭だった」
校庭はがらんとしている。小学生の遊ぶ声がなければ、広々とした校庭は寂寥感しか漂わせない。
「子供たちも退避したかな」
「そうよ。今は地球の危機」
「そしてそのスイッチは僕らが握っている」
「それは思い上がりすぎ。誰にだってファミコンソフトを語り尽くすことはできるわ」
「そうか。なにも僕らだけが肩に重荷を背負うことはないのか」
「そうよ、気にすることないのよ。ここは教育現場のど真ん中。たまには教育のついて語りましょう」
「養育といえば、けいさんゲーム さんすう一年。算数二年。算数三年か」
「結局、ファミコンに戻るのね。しかし、一年生向けだけ算数をひらがなで表記する辺りなかなか考えてるといえるわ。ユーザ視点に立っているわ」
「時代はついてこなかったけど。さっきのファミトレじゃないけど、ゲームの勉強とは時代が許さなかったんだ。ドンキーコングJRの算数遊びだって任天堂が人気キャラ使い、ゲームにはこんな使い方がありまうと世に問いても世の中はいい反応を返してこなかった」
「偏差値社会の弊害というけど、ゆとりよりもましだったとか、時代もなんだか迷走してるけど」
「偏差値か。ゲームの実力を偏差値に変換したら衝撃的なインパクトを与えられると思わない?」
「マイティボンジャック」
「ゲーム史上初の偏差値採用。その後フォロワーが現れたという話も聞かないわね」
「ゆとりか詰め込みか。偏差値絶対主義か」
「なにが正解か分からない。バードウィークみたいにファミコンのしょぼいグラフィックで野鳥観察するのは間違いといえるけれど」