工藤は神なんて信じちゃいない
「さあ、君よ。諦めて、オレと付き合うんだな、結構な上玉と思うよ、オレ。自分でいうのもなんだけど」
「いやよ、あんたなんか、たとえ、最後の二人きりになってもごめんよ」
男は、工藤に手をさしのべる。
「さあ、この手を借りて、立ち上がりなよ」
「いいわよ、自分で立ち上がるわ」
強がる工藤であるが、転んだ際に足をくじいたらしく、自力ではどうにも立ち上がれない。
「あれ、だめ、力が入らないわ。パソコン版と違って容量の少ないファミコンに、仕方なくロマンシア移植する日本ファルコムみたいに、なにか力が入らないわ」
「あらら、こんな一大事にも、ファミコンソフトを消化させることをやめないのかい、とんだファミコンマニアかな、いやそれとも、オレを一撃必中狙い?」
「どっちもよ、あんたを消すソフトを探し求めてるし、ファミコンソフトをひとつでも消さなければならなし、なんだかもう、終末の世の中なのに、忙しくて忙しくて、大変よ」
「ふん、ロマンシアじゃ、オレを吹っ飛ばすことはできなかったようだな。おとなしくオレの軍門に下れよ。オレと二人で、世界が終わるまで、ファミコンソフトを語りつくそうぜ」
「伝説の騎士 エルロンド、私を助けてください」
「それもハズレくじだ。残念無念。伊藤くんとやらが、この世からいなくなって、神は、オレと君をファミコンソフト消化役に選んだみたいだな、神には逆らうな、さあ、オレと手を借りて立ち上がれ」
「……神はあんたなんか選ばないわよ、それに伊藤は無事よ」
「どうして分かる……おっと、また地震だ」
グラグラとまた地面が揺れる。徐々にだが、体幹震度は増してきてるようだ。工藤と比べ足腰が強い男も立っていられないくらいの揺れだ。
「今ので、ぺっしゃんこかな……、伊藤くんは、ふふふ……」
「伊藤は死んでなんかいないわ」
「どうして、そう君は強がる?」
「強がりなんかじゃない。だって、後ろの壁のランプを見てごらんなさい」
「見たよ、それが何か?」
「減りが早いと思わない? あなたは、モッタイ付けるように、ちびまる子以降ゼロ、私はロマンシア一本きり。でもランプの数は、それ以上に点灯してる」
「だからなんだ、伊藤くんが生きているとでもいうのか? オレと君と伊藤くん以外の第三者が、ファミコンソフトを消化させてるかもしれないだろ」
「違う、私には、わかるの。伊藤が消費させたのよ」
「どうして、そう言える?」
「だって、伊藤と私くらいでしょ、そんなオバカさんは、このご時世にファミコンソフトを口走る馬鹿野郎は」
「オレもそうじゃないか?」
「あんたは違う。世界を落とす目的のため消費させてる。私と伊藤は、ありふれた日常を選択してるだけ」
「ふん、いい子ぶって。世界を破滅させてるのは同じだろうが、こいつ、付き合うとか、もうどうでもいい。女子高生だから妥協してたが、近くで見るとたいしたルックスじゃねーし」
顔を真赤にさせた男は、地震でまっぷたつに折れた街灯の棒の部分を拾い上げて、工藤めがけ振り下ろそうとする。
「きゃあ~」
「ふん、人殺しも悪くないな、終りの世の中、一人くらい、殺しても誰にも咎められない!」
足をくじいて、逃げ切れない工藤。だが、奇跡は起こる。再び大きな地震に見舞われて、工藤と男の背後にそびえ立つ、例の壁が半壊しだすのだ。
「壁が倒れてくる!!」
男は、街灯を投げ捨てて逃げようとするが、時すでに遅し。倒れてきた壁の下敷きになる。
「ぎゃあ~アークティック」
死にゆくファミコンマニアの執念か最後に残した言葉までが、ファミコンソフトとは。しかし、工藤の安否も気になるところだ。動けない工藤が、壁との衝突を回避できるわけがない。
「私は、助かったの?」
倒れてきた壁のちょうど隙間に位置していた工藤は、既のところで、壁との衝突を免れたのだ。
「奇跡が起きた? いや違うわ、必然よ、これはきっと必然よ。おそらく、伊藤が、そう私の終生のパートナーが助けてくれたに違いないわ。エスパードリームじゃないけど、私と伊藤は、確かにつながってるのよ。だから、分かるの、伊藤が助けてくれたって」
壁の隙間から、這うように脱出した工藤は、改めて、時間を、日の位置で確認する。
「もう夕暮れね、日が完全に落ちきる前になんとかしなくちゃ、ファミコンソフト全網羅大作戦。電力の安定した供給は、期待できないから、日が落ちたら、世の中は暗黒に包まれる、その前にね、作戦完了といかないと」
工藤は、くじいた左足を踏ん張りながら、立ち上がる。
「壁は崩れた、ランプは無事?」
4分の3ほど崩れ落ちた壁であるが、未点灯のランプの部分は、ちょうど無事だった。
「ほらみなさい、未点灯のランプは無事。つまり、神……神と繰り返すのもなんだか宗教じみてるけど、まあ神でいいでしょうよ、神は、私と工藤と未点灯のランプの安全は確保してくださるのよ……だから、なんで神に敬語なのよ、私、別にキリスト教徒でもないし、私が信じる神話なんて、光神話 パルテナの鏡くらいなのにさ」
左足を引きずりながら、工藤は壁の隙間から完全脱出する。
「男はぺっしゃんこね、かわいそうでもあるし、いまさら、こんな男に慈悲の心を抱く暇もないともいえるし、だって実の母親とかが亡くなってるのに。でも、この男も、この男ね、死ぬ間際に、ファミコンソフトを叫ぶなんて、それれもバックギャモンだってさ、もっとファミコンらしいの叫びなさいよ」
いつものように、工藤が意図的にファミコンソフトを取り違えたその時だ、工藤の耳元に聞き覚えのある声が届いたのは。