生じた誤差
「はあはあ、まるで、メトロクロスの傷だらけのランナーにでもなった気分だわ……」
伊藤を一発で気絶させた店員から逃げ切るために、工藤は全力で走る。工藤が、店のドアを叩きつけるように閉めたために、立て付けに異常をきたしたのか、ちょうどいい足止めになって、店員のドアの開閉を戸惑わせることになる。
「やったわ。店員はドアの開閉に時間を食ってる!」
逃げ切るチャンスだ。
工藤よ、ファミコンで培った逃走理論を今こそ、実践する機会だ。
「はあはあ、もう……だめ。なにかしら、この体力のなさ。これが帰宅部の限界なのかしら。帰宅部とはいえ、幼少時代は五輪選手目指して、鍛え上げられた私よ……。たかが、数年、運動サボったくらいで、これだけ体力が落ちるって情けないじゃないのよ」
膝がガタガタ震えて、心臓は、店員に追われる恐怖か、それとも日ごろの運動不足が祟って、心肺機能が弱りきったのか、ドキドキと脈打つ鼓動は、加速度的に増していく。
「はあはあ、もう限界よ……」
振り返り、店員がいるかどうか確認する伊藤。
「いないわ……」
どうやら、工藤は店員を巻くことに成功したようだ。
「ふう……良かったわ……。殺られてたまるかだわ……私には、まだ170本前後のファミコンソフトが残っているのよ。ホステージを繰り返しプレイしててよかったわ。人質を救出する要領を逆手とれば、店員から逃げ切るくらい容易いことよ……と、意味が通らない理論に結びつけて、ファミコンソフトを一本消費してみる」
工藤は、一安心と辺りの電柱に寄りかかる。
「だってさ、こうでもしないとさ、消費なんでできないじゃないのよ。伊藤は、ファミコンショップ……えっとなんだっけな、えっとたしか、ポニーキャニオン発売のゲームだったわ……。まあいいわ、ファミコンショップ”スーパーピットフォール”でいいわ。同じポニーキャニオンだしさ……で、伊藤は気絶してるし、あいつがいないと無理よ。一人で、テンポよくファミコンソフトを消費させるなんて、荒業すぎるわよ。ってここはどこかしら、闇雲に逃げたから、変な所に来ちゃったかしら」
安全が確保できたら、すぐさま現在位置の確認。逃走の基本だ。
「……適当に逃げたはずなのに、この場所に来るのね。まるで、時空勇伝デビアスみたいに宿命づけられてるわ。守護神アーロンの生まれ変わりだからって、勝手に王国アルマータにつれてかれるようなものよ」
工藤の寄り掛かる電柱のすぐそこには、例の”壁”があった。
「何かに導かれたように壁に戻ってきちゃうのね。どれどれ、未点灯のランプの数と私の頭の中の未消費のファミコンソフトの数が合致してるか、この際確認しておきましょうか」
工藤は、壁の未点灯のランプの数を目測で確認するが、未点灯のランプが点灯されたランプの数を圧倒的に下回る現状、ずいぶんと数えやすくなったものだ。
「未点灯のランプは169か……え? どういうこと? 169???」
数え間違いではないかと、再度数え直す工藤。であるが、いくら数えても、答えに変化はない。
「169のワケがないわよ。私の頭の中の未消費のファミコンソフトは171なのよ! どういうこと? 私が勘違いしてるか、それとも、気絶してるはずの伊藤が、目覚めでもして、2本のファミコンソフトを勝手に消費させたの?」
工藤の数え間違いでも、伊藤が目覚め、勝手に消費させたわけでもなかった。工藤の知りたがる答えは、工藤の寄り掛かる電柱の真後ろにいた。
「それはね、オレが消化させたんだよ」
「え?」
工藤がおそるおそる一人称オレの声が発せられた電柱の後ろをみた。
「あ……あ、なんで……」
「オレが消費させちゃまずいか?」
「あんたは……ファミコンショップ”プール・オブ・レイディアンス”の店員……」
正しくは、ファミコンショップ”魔塔の崩壊”の店員であることはいうまでもない。
「オレから逃げてたクセに、ずいぶんと、おっとりとした驚き方だね」
「すいませんね、昔からよく言われるのよ、感情表現がヘタクソってね。そのおかげか、男友達も、伊藤みたいなファミコン好きの変なやつしかいないのよ……それに、運動不足の身だとすっと立ち上がって逃げるのも難しいの。いわゆる腰が抜けた状態でもあるし」
「怖くないか?」
「怖いわよ、そりゃ、ファミコンソフトの箱、振り下ろして、伊藤を気絶に追いやったクレイジー野郎だしね」
「ふ~ん、オレもよく分からないんだ、どうしてあの高校生の男子にあんなことをしたかなんてね。この終末迫る世の中、買いもせずにウインドウショッピングですます、ふざけた客に腹がたったか、それとも」
「それとも?」
「君と仲むつまじく会話するあの男の子に、嫉妬したか」
「え?」
年齢不詳のこの店員、工藤を追いかけた理由は恋愛感情なのか、感情が高じて狂気に変貌したのか。