残り180強のファミコンソフト
「うん、200を切った。ゴールはもうすぐよ」
扉は開かれ、外界とつながりをもった伊藤と工藤であるが、外界ばかりに気を向けては、、背後がお留守になるのは否めない。
「200を切った! もうすぐだね、長い旅路だった。ところで、工藤。君に弟がいたとは……」
「うん、いたわ。私と同じくファミコンソフトに傾倒した子でねえ。アルマジロとかウエスタンキッズとか、ファミコン後期のマイナーアクションゲームが特に好きだった子なのよ」
「だったとか、いたわとか、なにか過去形なのはどうしてなんだ!」
「あまり、運の強い子どもじゃなかったのよ。例えば、私と鉄道王でもするとしたら、弟はいつもサイコロの出目が悪くてねえ、決まって、私に大敗したものよ」
「だからどうして過去形含みなんだ! 現在進行形で、運の悪い弟をいじってもいいじゃないか!」
「だって運の勝負よ、もうこうなったらね。地球の全人類がロシアンルーレットに参加してるようなものよ。それも、全員朽ちゆく運命にある虚しいロシアンルーレットをね。運が悪いものから、この世から消えていく。弟が生き残ってるとでも?」
「わからないじゃないか! 店を出た瞬間に、お姉ちゃん怖いよー、世界の終りだよ、ガンナックのオープニングで出てきたような巨大うさぎが襲ってくるよとか、工藤を頼りに駆け寄ってくるかもしれない!」
「自分の生まれた年に発売されたファミコンゲームを、ワインのそれと同じく愛好するなわらしを伊藤も知ってるでしょ?」
「は、知らないよ、そんなの」
「知ってるとして、話を進めるは、面倒だから。それで1992年生まれの私と工藤はぎりぎりファミコンソフトをビンテージソフトとして愛することができるの。私は、1992年7月3日に発売されたTHE GOLF ’92をビンテージソフトとしてあげてるの」
「また渋いね、ゴルフゲームとはさ。1992年は、ファミコン末期とはいえ、まだ96本のゲームが元気よく発売されてるんだよ。なにも、普遍性が高いゴルフゲームにしなくてもさ、もっとファミコンらしい作品をさ、例えば、1992年なら聖鈴伝説リックルを僕はあげたい。ゲーム自体への思いれよりも、6月26日が、僕の誕生日にほど近いのが理由だけどさ」
「私と伊藤は、ビンテージファミコンソフトを選択できるけど、私よりも3個下の弟は、どうすればいいのよ?!」
「3個下? 1995年生まれ? あ、もはや、ファミコンのソフトが発売しない時代の、まさしく幕開けだ!」
「そうなのよ、だから運が悪いっていったでしょ、生まれ年にも恵まれてない弟が、どうしてこの運次第の世の中を生き残れる?」
「なるほど……。ベランダで息を引き取ったお母さんと同じく、工藤の妹も非業の死を遂げた可能性が高いのか……」
「覚悟を決めれば、襲いかかる暗い現実も怖くないのよ。もし弟が、元気よく私の目の前に現れたら、それはそでいい。とにかく、平常心が必要なの、この終末の地球を生き残るにはね」
「気の持ちようか……。覚悟を決めれば、これから起こる地獄の恐怖もたしかに軽減されるかもしれない。僕と工藤が、ファミコンソフト全網羅大作戦を辞めようとしない限り、近い未来にきっと訪れることなのだから」
「残り180本強……。破壊力があり、話に乗せやすいメジャーソフトもたいがい出尽くして、まだ生き残ってる私と伊藤は、まれに見る強運の持ち主なのか、それとも、神の恣意的な選択、つまり、ファミコンソフトを
べらべらと並び立てる役は、世界の最後まで必要不可欠……」
「強運なのか、それとも陰惨たる地球の最後を見届けなければならない、ある意味不運な立場にいるのか」
「それはわからないわ。手っ取り早くわかりたければ、先を急ぐことよ。ファミコンソフト全網羅大作戦……。一度、くだった指令を遂行するのは、私と伊藤の宿命なのよ。さあ外界よ、今にも終わりそうな世界で、今にも終わりそうな大作戦の仕上げといきましょう」
作戦完全完了にあとわずか。飽きるほど普遍的な日常で広がってたファミコンショップから、危険な外界に身をゆだねる覚悟を決めた伊藤と工藤。だがしかし、ファミコンショップの日常も終りをつげようとしていたのだ。
「僕と工藤は、本当に神に選ばれたものなのであろうか。世界の終りを決めた神が、僕と工藤の異常なるファミコンへの興味につけこみ、僕と工藤を滅亡への先導役に選択した事実がどこにあろうか? 僕は思う。次、ファミコンソフトの名前をあげた瞬間、いつ僕、いや工藤にも命の終わりが訪れてもおかしくないってね。もし僕と工藤が世界の終りより、前に命を落すことになったらどうなる? 終わりかけの地球は、加速度的に滅亡に向かわず、ゆっくりと滅亡に進むのだろうか? それとも、奇跡の復興で、地球は、世界は、熱狂の日々を再構築するのだろうか」
「ぐだぐだ語るわねえ。ファミコンソフトのひとつも入れないで、そんだけあなたが語るのも珍しいわ。ココロンのキャラ作りみたいに、伊藤のぐだぐだとした話を、ファミコンソフト語りにカスタマイズしたいわ、もう」
伊藤は急に、肩を落とし、下を向く。
「怖いんだ、怖いんだ、今更だけど、怖いんだ、次、ファミコンソフトを口走ったら、僕か、工藤が標的になるかもしれないってね」
「第2次スーパーロボット大戦……ってさ、第2次世界大戦のパロディみたいなもんでしょ? SDゲームでさ、人類の記憶が新しい歴史をパロっちゃうってどうかと思うのよ」
「またいった、僕の恐怖を知って、意味なく、工藤はまたファミコンソフトを口走った」
「だって宿命の指令……」
工藤の話しが終わらないうちに、事態は急展開を見た。工藤の口走ったファミコンソフトがスイッチだったのだろうか。
伊藤と工藤の背後には、得体の知れない人物の影が迫りつつあったのだ。