表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/69

伊藤と工藤はあらゆる手段を講じファミコンソフトを消化させることを胸に誓う

 

 つい今しがたのしくじりを掘り返されるほど、心の傷がうずくものはない。伊藤は、清々した気持ちと若干の後悔を胸にしまい込み、工藤をファミコンショップに誘う。

「どっちでもよかったんだ。店員がいても、いなくとも。だって世界の終りが近づいているのに、お金を払うやつがどこにいる?」

「かといって、ファミコンソフトを、いいチャンスだとこそ泥しようとも思わないわよ。いまさら、アストロファングをかっぱらって、どうするの? 質素なレース画面が、終末の雰囲気を醸し出してくれるかもですけどさ」

「なんだ、工藤。いっているうちに、終末に寂しげなレースゲームをやる意味を見出したのか。頼りなさげにしめて」

「まあね。ありっていえば、ありよ。何も、最新技術が詰め込んだ性能のいいレースゲームをやるだけが脳じゃない。F1レースだって楽しいものよ。左右に自機を動かしてるだけなのに、なんだか十分にF1レーサー気分に浸れるしさ」

「左右に動かしてるだけか……身も蓋もない意見だけど、的は射てるね。ファミコンの限界を感じて、3Dもどきのレース画面を諦めた任天堂は、実質的の後継作であるファミコングランプリ F1レースでは、ラジコン風のレース画面に切り替えたわけさ。ある意味、天下の任天堂より先に気づいたのは、ロードファイターやジッピーレースかもしれない。俯瞰型のレース画面はファミコンの限界に優しい。車とバイクを替えだけで、やってることは同じじゃんって気もしないでもないけれど。バギーに替えれば、ほらもうバキーポッパーだしさ」

「天下の任天堂が諦めたのに、どうしてそれなのに、フェラーリ グランプリチャレンジは1992年の世の中に、ダメ出し食らった3Dもどきのレースゲームを出したのかしら。POLE TO FINISHはどうして、89年の世の中に、普通の3Dもどきのレースゲームをつっこんだのかしら」

「92年のゲームのあとに、89年のゲームを出すのは、いささか順番に問題ありと言いたいところだけど、気持ちはわかるさ。確かに、任天堂の模倣をすべしと思う。任天堂の遊び心地第一の前に、くだらない見栄は消し飛ぶのさ」

「そうはいってもFーZEROもよく考えれば、次期が左右に動いてるだけよね。時々、ジャンプとかするけどさ」

「ゲームの性能が極まれば、ダメ出しされたゲームシステムも生きてくるものさ」

「それより次世代機のゲームの話をして、伊藤はどうして、私を咎めない? いつもの伊藤なら、次世代機の話なんて、時間の無駄って鼻息を荒くするのに」

「話の展開上、しょうがないよ。あらゆる事象をゴチャ混ぜにしなければ、1000本を超えるファミコンソフトであ、名前の上がらない残りの300のソフトなんて語れやしないからさ」

「そうね、私もそれを感じてたのよ。あの手この手でファミコンソフトを話に紛れ込ませたけど、どうも話題にのぼりやすいゲームから処分してく感じがたまらなくいやだったのよ。でも、もう吹っ切れたわ。私と伊藤の目の前には、ファミコンソフトが広がってる。私のかわいい手に握れば、次第に話題が膨らんでいく。無理やりにねじ込ませる必要はないのよ」

「そうだけどさ、工藤は、ここに来た目的を喪失しかかってた。僕と工藤がファミコンショップを探しまわったのは、落ちゲーのコンプリートのためだった。でも工藤の些細なミス、つまり落ちゲーの詰まったアタッシュケースを喪失したことにより、ここに来た意味も喪失したはずなのに、工藤はどうしてこうして、新たな利用手段を構築して。ファミコンソフトを目の前に、眼を輝かしている。僕が思ってたより、工藤、君はタフだ。精神的にね」

「ますます惚れ込んだ?」

「そうかもね。僕の理想なタイプは、おそ松くんに出てくるようなとトト子ちゃんみたいな女の子だ。コミカルでさばけていて、君のように図太くて」

「あら、トト子のキャラは、漫画のおそ松くんじゃ、ごく普通のヒロインキャラで面白みがないって知ってて、そんな戯言をおっしゃるの?」

「なぬ。それじゃ、僕のよく知るアニメのトト子やおそ松くん バック・ツー・ザ・ミーの出っ歯の巻のトト子ちゃんは、赤塚不二夫の意図とは外れたキャラなのかい」

「ええそうよ。伊藤の求めるトト子は、後に作られたトト子よ」

「なぬ?」

「ってこんな感じでよろしい?」

「ああいい感じだ。他のジャンルに脱線しつつも、ファミコンソフトを織り交ぜてく、この感じが、残り300のファミコンソフトを片付けてくうただひとつの道取りさ」

 伊藤と工藤は、苦し紛れにファミコンソフトをあげている自分たちの愚かさに薄々気づいていたのだ。何気ない会話の端々にむりにファミコンソフトを詰め込んで、無駄に消化させれた歴史書は、黒のカバーにでも、収納させて、どっか心の奥隅の日の当たらない場所に封印してしまえ。

 なぜなら、伊藤と工藤の目の前には、無数のファミコンソフトのパッケージが広がっているのだから。

「手にとろう」

 伊藤は、吟味する。薄暗く、店員の無事も確認することもできないほど雑に込んだ店内の雰囲気は、伊藤の高揚した気分を後押しする。

 ラックに縦横無尽に並んだパッケージは、ジャンルごとに分けられたでもなく、アイウエオ順の規則性にそって並んでいるわけでも、ユーザーの精神的成長と歩を同一にするかのように、年代順に並んでいるわけでもない。

「無造作。わずか入店3分の僕に法則性は発見できない。だから無造作に並んでると、僕は断言する」

「双截龍の隣に双截龍Ⅱが並んでいるのは、奇跡なのかしらね」

「偶然に僕は原因を求める。なぜなら双截龍Ⅲは、遠く離れた場所にぽつんとあるからだ。必然ならⅠとⅡからⅢを遠く離すマネはしない」

「そうか、そうよね、そうそう。うんそうさ、だって普通ならⅠとⅡとⅢの同時購入のユーザが多いはず。それなのに、Ⅲだけ離れた場所に置かれてるのは、この店のやる気のなさを示す証拠よ。だって、こんな世の中お終りに客が訪れても反応ひとつしないっておかしいわよ」

「おかしいかな? だってもう店員さんは、この世のいないのかもしれないんだよ。とっくに死んだかもしれないし、僕と工藤の入店後のなにげない会話で急死したかもしれない。それ以前に、店に閉じ籠もる店員だって、世の中、何が起きてるかわかってるはずさ。まさしくそれどころじゃないんだから。客に挨拶するどころじゃさ」

「それどころじゃないか……」

「それどころじゃないんだよ」

 工藤は、スカートの奥に気を使いながら、しゃがむ。工藤の目の前には、これまた無造作に置かれた箱があった。箱の中身は、これまた無造作に置かれたファミコンソフトの山だ。いわゆる箱、説明書なしの素の状態のソフトの山だ。

「ひとつ取ってみる。こうやって、無造作に取っても、まだ未消化のソフトなのが私の運の良さ」

 まるで運だめしをするかのように、箱の中に手を突っ込むと、工藤は、一本のロムカセットを引き上げる。

「ほら、みてほら、みんなのたあ坊のなかよし大作戦よ。まだ未消化だったわよね。かといって、私は、ソフトの表づらに興味があって引き上げたわけじゃないのよ」

 工藤は、おもむろにロムカセットをひっくり返す。

「私が興味あるのはただひとつ。名前の有無よ。無常よね、中古の名前入りのカセットってさ。所有を放棄したのにさ、ロムカセットだけ持ち主が誰かを明確に主張してるってさ。みんなのたあ坊のなかよし大作戦か……名前が書いてあるとしたら、幼児向けだけに、拙いひらがな文字の名前が記されてるはずよ」

 今、たしかに舞い込む近未来を見切ったはずの工藤であったが、現実は想像より酷である。

「……どういうこと? なんでおかしいわ……」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ