進展しない二人
「お母さんの死を目前とした後にずいぶん明るいね」
「いいじゃないの、どうせ世の中終わるんだからさ」
工藤は、母親の死に負けないように、ムリに元気な自分を取り繕っているように見える。
「どう、この歩き方?」
工藤からは、どこかベランダで見た母親の面影を感じる。姿形が、似ているだけではない、動きの機微にまでに母親を連想させるものがあるからだろう。
工藤は、前を向きながら、前後左右、起用に動いている。いわゆるドラクエでおなじみの、容量の関係で方向転換できない関係から生まれた動き方だ。
「どう? 伊藤」
「カニ歩きか。ドラクエ以降雨後のタケノコのように生まれては消えたRPGゲームでもカニ歩きだけは真似しちゃいけないよね。ドラクエ完全模倣のマジックキャンドルでさえ向いた方向に歩くし」
「サミーからの挑戦状か。92年のご時世にドラクエそっくりゲームを出すとは、たしかに挑戦よね。忍者クルセーダーズ 龍牙も某亀忍者にそこはかとなく挑戦してるし」
「サミーからの挑戦状……なにか聞き覚えのあるフレーズだけど、まあいいや。ファミコンとは無関係そうだし」
「無関係とくれば、モンスターメーカーよね。なにやら、今流行のゲームの源流のようで、そうじゃない」
伊藤には、工藤は過去の自分を払拭しようと、ムリに明るく振舞っているようにみえてしょうがない。
スキップを踏まんばかりの勢いで工藤は先行するが、その後姿はどこか寂しげだ。
そして工藤は、突然、なにやら楽しげに、軽快な音楽を口ずさむ。聞き覚えのあるメロディーが、伊藤の胸に染みこんでいく。
「ミュージカル女優にでもなったつもり?」
「分かる? なんの音楽か?」
「デビルワールドでしょ」
「うん、デビルワールドというか、チャイコフスキーのくるみ割り人形よ。最近クラシック聞いてるのよ」
「どうせ、フィールドコンバットの影響でしょ。ワーグナーのワルキューレの騎行」
「ブー」
「ああチャレンジャーね。軍隊行進曲かい。それともちゃっくんぽっぷの結婚行進曲? これもワーグナーだね。なにかクラシック音楽家の名前をづらづら並べると、知識人になった気分だ」
「……メジャーどころをついてきたけど、残念ながら違うのですよ」
「じゃあなに?」
「ジャイラスよ」
「ジャイラス? ああ……」
「ああ? ってそのいまひとつの反応見ると、うふふふ。クラシック音楽はまだまだみたいね。ジャイラスで使用された曲は、トッカータとフーガなのよ」
「トッカータとフーガ? ってそのあのえっと」
「バッハよ、バッハ。クラシック音楽は、いわゆる著作権フリーのせいか、ふんだんにクラシック音楽が使われてるわよね」
「それはそうと工藤。君、強いね」
「何がよ」
「だって、実のお母さんの死を目の当たりにして、それだけ健気でいられるのってすごいことだよ、うる星やつら ラムのウエディングベルで幼稚舎にエレベータがあったことよりもすごい」
「だからなんども繰り返すとおりよ、世の中は閉じようとしているのに、恐怖もなにもないわ。カジノダービーといかにもカジノゲームを匂わせといて、ポーカーとかカジノの定番のひとつもないゲームを世に放つ方がよほど怖いわよ」
「そっか……」
伊藤は、工藤の母親に対する感情を胸にしまい込む。工藤がこだわらなければ、伊藤が恐怖に悶える必要はどこにもないからだ。
「だけど、僕は怖い。僕が、世の中を破滅に導いてると知りつつも、いらぬ恐怖は僕を蝕む。僕は、家に帰るのが怖い。いつも優しく笑いかけてくれる家族が、もうこの世に人じゃないかもしれないからね」
「シティコネクションみたいに塗りつぶしてるわよね」
「急になんだい?」
「私と伊藤は、塗りつぶし作業をしてるだけよ。ファミコンソフトを網羅するって作業をしてるだけよ。私と伊藤の作業にかこつけて、誰かが意地悪に世界を破滅に導いてるだけよ」
「関係あるけど関係ないか。確かにね。僕と工藤は、ただのていのいいスイッチのようなもの。スペースシャドー ハイパーショット基本セットといいつつ、販売不振か、ハイパーショット対応ゲームをその後、発売しなかったバンダイの男気を見習って欲しいよね、意地悪する誰かさんはさ」
「ところで、もう夕方ね。お腹すかない? 私はすいたわ。私の家に寄ってて、お母さんが夕食ご馳走してくれるからと言いたいところだけど、お母さんはもう……」
「どっかで、食事すればいいよ。でもやってるからな~ 終末に怯えて早めの店じまいとかなってないかなあ」
「僕と工藤の帰り道、間食の定番といえば、某ハンバーガーショップだよ。バーガータイムのやりすぎで、ハンバーガーにトラウマのある工藤だけど、この際、かまわない。腹ペコな僕は、突撃する」
「そうよ、私は、バーガータイムのやりすぎで、ハンバーガーにトラウマがあるの。でもしょうがないわ。私は、伊藤についていく」
「って、勇んで、ハンバーガーショップに乗り込もうとしたけれど」
「ない、ない、ないわ」
「この終末に店を畳んだか」
「ファミコンショップになってるわ」
「いまさら、2010年のこの時代に誰がファミコンショップなんて必要とする?」
「映画のタイアップなのに、伊丹カラーがどこにもないスウィートホームを彷彿させる店構えね。それにしても、伊藤の言うとおり。ファミコンショップなんていくなら、家に早く帰って、ホームランナイター90みたほうがましよ」
「え? 今年の野球中継は、いまさら、ホームランナイター’90とタイアップしたの? フジテレビが熱ちゅープロ野球、日テレが劇空間とかとタイアップした覚えがあるけど、なぜいまさらホームランナイターとタイアップしなきゃならないの?」
「野球ゲームとタイアップするだけましよ。バーディ・ラッシュ ゴルフ倶楽部ナイターとか、チェスター・フィールド 暗黒神への挑戦野球中継とか、Fワンセンセーションナイター情報とか、ワケの分からないタイアップするよりはましよ」
「ところで、その中継の解説は誰なのかい?」
「いがわよ」
「いがわ? ヤンキースの?」
「違う、いがわすぐるよ」
「ああ、プロ野球殺人事件?の探偵役の」
「かきふまさゆきとダブル解説よ」
「え? その人、借金でTV解説から追われたんじゃないの?」
「だから、それは掛布でしょ。あくまでも、今日の解説は、かきふよ。いがわと大の仲良しで、外車を乗り回して、酔っ払い運転して逮捕されても、反省なしの態度が電鉄本社の逆鱗に触れて、タイガーキャッツの復帰いが絶望的のかきふよ」
「なるほど、ゲームキャラが解説するのか。ところで、しれっと実名使ってた野球ゲームが、選手会の圧力に負けて、実名もじりに替えた最初のゲームは、ファミリースタジアム’88から?」
「ファミスタシリーズはそうだけど、野球ゲームはもっと前実名使用を控えたわよ。88年に発売のゲームはそうよ」
「ちょっと待て、ファミスタ88は、88年の予想データを楽しむバージョンでしょ? ファミスタ’91は、90年の年末に発売されてるしさ」
「88は違うのよ。88は、88年の年末に出た、つまり88年のプロ野球を楽しむゲームよ。だから長嶋一茂は期待はずれのデータで登録されてるし、Hチームは、南海仕様のユニフォームを着てる。でも、88年の年末に発売ってことは、もうすぐに89年でしょ? 89年88と刻印されたゲームを売るのはどうかとの葛藤もナムコにはあったと思うのよ」
「それじゃあ、年度の矛盾が解決されたのは、ファミスタ’89開幕版!!ってことか」
「ええ、夏に初めてファミスタを出すことによって、年度の調整をしたのよ。おかげでファミスタ’90は89年の年末に発売することができた。90と銘打って、データが89年の決定版じゃないか。野茂も与田もいないじゃないかと今度は違う矛盾が生まれたけれどね」
「なるほど、奥が深いね。年度ひとつとっても。って僕と工藤は、どうしてファミコンショップの前でたたずんでいる?」
「ハンバーガーを食べようと思ったら、ファミコンショップに鞍替してたんでしょ? でも私と伊藤は、もともとファミコンショップを探しに探して、街中をクルクルランドしてたんでしょ?」
「そうだっけ? でもところでなんでファミコンショップを探してたんだっけ?」
「それは私が握るアタッシュケースにあるの。落ちゲーのファミコンソフトがつまったこのアタッシュケース。でも足りない落ちゲーがある。その漏れた落ちゲー探しにファミコンショップを訪れる必要が生じたのよ」
「アタッシュケース? 工藤は登校カバンしかさげてないじゃないか」
「うん? あらそうだっけかしら。アタッシュケースどっかに置き忘れたのかしらねえ。妖怪屋敷に潜入した時かしら。それとも、タイガーヘリの標的にされて、命からがら、生き延びた時かしら」
「そんなことあったっけ?」
「もう伊藤は、物忘れ激しんだから。それじゃあ、プロポーズしたこともお忘れ?」
「え? プロポーズ? 僕が、工藤に?」
「ええ、もう忘れた? モアイくんを人気キャラに仕立てようとしたコナミみたいにさ」
伊藤が忘れてるわけがなかった。伊藤の発した言葉は、恥ずかしも伴って、まだ伊藤の体内をくすぐるようにかけめぐっているからだ。