東映動画
「それなら正解はなんだよ」
「カラテカからカを抜いて、別の言葉をつけてみなさい」
「なに、空手+……あ! KARATE CHAMP!」
「そうよ、正解よ。でも裏面は見せないわ。見せないどころかこうよ」
工藤は、突然、持っていたカードを手裏剣よろしく手首のスナップだけ投げた。投げられたディスクカードは想像以上の回転を持っって宙を舞う。いまにも落ちてきそうな太陽の陽を浴びて、光るカードケースは、今にも朽ちそうな世界に、凛々とした爽やかさを植えつける。
「あ~」
伊藤は落ちてくるディスクを拾いに行くこともしない。ファミコンソフトに異常なる感心を示す伊藤であるが、人の投げ捨てたモノを拾いにいく物乞いではないのだ。地面に落ちたまま放置されるディスクカードをそのままにして、二人は終りなき帰り道を続ける。
「学校だ」
「学校ね」
「帰宅の途中だったわよね」
「うん、いつものように帰宅していたはずなのに、壁が僕らの日常を壊したんだ」
「謎の壁」
「ブロック崩し……。は! こうしているタイトルをあげることに」
「どこかで誰かの日常が終わっていくんだっけ」
ファミコン談義に花を咲かせる工藤と伊藤は、自分たちが破滅のスイッチになっていたことをすっかりと忘れていた。
「しかし気になることがある」
「なにがよ」
「タイトルによって被害は同一なのだろうか。例えば、スーパーマリオブラザースと口にした瞬間の破壊力はどうなんだろう」
「スーパーマリオブラザーズ2。難しさを追求した進化は評価の分かれるところだけど、3のような正統進化よりもある意味清々しいといえるわ。ゲームシステムをより一般ユーザに受けることに変えるのも大事だけど、難易度を追求する姿勢も間違った方向性とは思えないわ。ゲームユーザの腕を試す、そういう進化もありよ」
「口にしたな」
「口にしたわよ」
「アメリカがなくなっちゃくらいの破壊力のあるゲームタイトルだ」
伊藤と工藤の間の静寂が訪れると、どこか遠くから大きな地鳴りが聞こえてきた。地鳴りが終ると、地響きだ。震度3くらいの少し騒ぎが起きるていどの揺れが起きると伊藤と工藤は顔を合わせた。
「どこかでなにかの変革が起きたようだ」
「本当にアメリカひとつなくなっちゃったかもね」
「アタリショック以来の衝撃だ」
「でも実感がないわ。バイオミラクル ぼくってウパ? てなくらい実感がない」
「そうか。対岸の火事なる言葉があるけど、目に見える被害がないと人間ってリアリティを感じ取れないものだよ」
「伊藤、なにか思い切りマイナーなタイトルを口にしてみて。人一人くらいしか殺傷能力がないようなものを」
「マイナーか。そうだな、ファミコン末期のどさくさに紛れて発売したゲームなんて相応しいんじゃないか」
「1994年にも5本のゲームが発売されているのね」
「スーパーファミコンの時代どころか、プレステやサターンだの新時代のゲーム機が出始めた時代だぜ。そんな時代にファミコンソフトを発売するなんていかれているよ」
「DATACH Jリーグスーパートッププレイヤーズ。パチスロアドベンチャー3 ビタオシー7見参!。Jリーグウイニングゴール。高橋名人の冒険島IV。ワリオの森の5本がその容疑者だ」
「どれもまあ発売の意義がわかるわね。あえてファミコンで出すのもわかるわ。サッカーゲームはJリーグブームに乗じたもの。ワリオは手堅い落ち物パズルだし、パチンコものは定番。高橋名人をその時代に担ぎ出すのはどうかと思うけど、まあ許容範囲よね」
「それなら時計を一年だけ戻すのはどうだ。愛先生のO・SHI・E・TEわたしの星……」
愛先生のO・SHI・E・TEわたしの星の名前を出した瞬間、二人の目の前いたサラリーマン崩れ落ちるよに倒れたのだから、否応にも二人は世界の命運を握っていることを認識しなおす。
「愛先生のO・SHI・E・TEわたしの星は一人一殺の破壊力ってこと?」
「どうやらそのようだ。いくらROM不足が叫ばれた当時とは言え、12800円は度を越した価格だよ。1993年の世の中にどうしてファミコンの占いソフトに万札を出せる?」
「それはそうかもしれないけど、もっと慌てたならどうなの新人類の原人のように、新時代の幕開けを喜ぶように」
「おかしいじゃないか。新人類といえば、1986年の流行語。団塊の世代が理解し難い感覚を持った若者を表した言葉。それがどうして原人が斧を投げる縦スクロールのアクションに繋がっていくんだ」
「火の鳥だってそうじゃないの。手塚治虫のライフワークたる名作マンガをゲーム化して、どうして彫刻家が彫刻刀を投げつけるアクションゲームにつながるのよ。そりゃできのいいゲームよ。だからといってねえ」
「火の鳥はそれでいいかもしれない。当時の技術力からしてヘタに漫画の再現と意気込んだら、逆の目が出た可能性がある。時流に乗るのも悪くない」
「北斗の拳もそうね。1と2はありがちなアクションゲーム。それが3、4となると一転してRPGよ。流行ってるジャンルを追いかける。そこにプライドってものがあるのかしら」
「東映動画なら仕方なしじゃないかな」
「遠山の金さんすぺえす帖ミスター・ゴールド。SWAT。仮面の忍者赤影。スケバン刑事Ⅲ。長靴をはいた猫 世界一周80日大冒険。もっともあぶない刑事。たしかに自社のソフトをそのままゲーム化してみましたって作品が目立つわよね。遠山の金さんはタイトルからして無理があるけど、あえてつっこまないわ。あぶない刑事やら、スケバン刑事はタイトルだけで、そこに面白いゲーム性が仕込まれているとはおもえないし」
「意欲を出すと、ブラッディ・ウォーリアーズ ジャンゴーの逆襲だよ。オリジナルのタイトルを作りましたっていうとこれだ。この名前だけで、なんのゲームか分かる人は相当だよ」
「バルトロンともいえるわ。レニオン星だのビスマーク帝国だのとってつけたような名称だの、2999年のぶっ飛んだ時代設定だの、もうどうにもなれってものよ。ただのシューティングゲームにたいそうな設定が必要なのかしら」
「ファイティングロードだってそうだよ。安易な横スクロールの格闘ゲームのクセして、ここに格闘ゲーム極まるのハッタリをかましやがって。新里見八犬伝 光と闇の戦いくらいならいい。里見八犬伝といえばRPGに向いた設定だ。いかにもゲーム化は無理がない。あるいは紫禁城くらい清々しいパクリゲームならいい。どうみても上海でしょっていうゲームでもそれはそれでいい。無理をしていない」
「無理をしないか。そういうあたしたちが無理をしてない?」
「なにが」
「だって、あたしたちがファミコンの名前をあげる度、身近に危機が訪れる可能性が高くなるってことなのよ」
「ああ。世界の滅亡と崩壊の危機は誰にも公平に訪れる。僕らだって、その範疇の外にない。次、ばったりと倒れるのは僕かもしれなし、君かもしれない」
「覚悟はあるわ。覚悟がなくて、どうしてファミコンに敬意を払えるのよ」