連射に燃えた夏があった
秘密は秘密であったほうが美しく時は流れていく。伊藤は工藤の神秘性に胸をときめかせて、さらなる歩みを続けていく。
「さあ目指せ……。って僕らはどこに向かって歩んでいたのだろうか」
「あらあらもう忘れたの? ファミコンショップよ」
「そうだ。ファミコンショップだ。ハイパーオリンピック バカ殿バージョンがどれくらいのプレミアがついているか確かめに行くんだった」
「あまりプレミアに期待しない方がいいわよ。だってバカ殿バージョンは限定版とはいえないほどの発売本数なんだから」
「そうなのか。それじゃあ僕と工藤は何をしにいくんだっけ? いまさらファミコンショップに?」
「忘れたの? この落ちゲートランクを埋め尽くすためよ……」
「って工藤。君の持っているトランクが半開きだぞ」
「え?」
伊藤が言うとおり工藤の持つトランキは半開きの状態。工藤は確かにトランクのロックを閉めたはずであるが、金具が緩んでいるのか、それとも工藤のロックが甘かったのか、トランクはぱっかりと開いていしまっている。あいにく貯蔵されていたファミコンソフトは健気に落ちずに張り付いたままであるが、このままの状態が続くといつファミコンソフトが地面に落ちるかわからない。
一本が落ちると、立て続けに落下するだろうから、工藤は早めの対処が必要であるのだが、どうしてか工藤は最善の策を尽くさない。
「平気よ」
「平気って。どういことだよ、今にも大事なソフトが落ちてきそうなのに、どうして君は放ったらかしでいられる?」
「平気っていう表現も悪かったかしら。実はね」
「へ?」
「開いたトランクにさ。人がひっかかっているのよ」
「人? 人だって? そんな珍妙な!」
伊藤は工藤の三歩前を常に位置取りしているためか、工藤の背後がよく見えない。だからトランクに人がひっついているなんて夢にも思わない。だが現実はどこまでも不自然。
「あ! ほんとだ!」
工藤がぶら下げる半開きのトランクの金具の先に髪の毛を引っ掛けた身長175cmほどの人間が引きづられているのではないか。
「工藤! いったいいつから!」
「わからないわ。いつのまにかって答えるのが模範解答かしらね。気がついたら、あの橋本名人が制作担当! のポケットザウルスくらいの妙な重しが肩にのしかかっていたの」
「気がついたら早く髪の毛をほどいてやれ! 引きづられたままじゃ、その人がかわいそうだ!」
「かわいそう? なんで?」
「なんでって大の大人が地面を引きづり回されて気分がいいワケがない! 荒削りの3DダンジョンRPGであるディープダンジョンに潜り込んだくらいの不快感があるはずだ! よくわからないうちにⅢまで出して え? これスクウェアってファイナルファンタジー発売後に思わせといて、Ⅳはアスミックなる会社に販売を任せるほどの疎外感を味わっているはずだ!」
「何も思わないわ。ホワイトライオン伝説くらいに謎めかないしトキめかない」
「どういうことだ!」
「どういうことでしょうね。悪魔の招待状」
「辞めろ! そういうのは反則だって言ってるじゃないか。いたずらに意味もなくゲームの名前をつぶやくのは!」
「今のが止めかもしれないし、それ以前に絶命してたかもしれない」
「え? どういうことだ」
「とにかくこのトランクに引き連れられた人には生命の営みを感じないのよ」
「!!」
「原因はわからない。私たちが間接的に殺めたかもしれないし、とっくのとうに生き絶えていたかもしれない。司法解剖でもしないと答えはでないわ」
「そうか……。もう死んでいるなら仕方がないな」
「うん。トランクから髪の毛が自然にほどけるのを待っているのよ」
「もしこの人が正しく生きていれば、道端に放置されていても、いつかレッドアリーマーが二匹現れて天国にでも連れ立ってくれるかもしれないな」
「レッドアリーマーは天国の使者なのかしらねえ」
「どうだろう。それより僕らが目指すファミコンショップはまだかな?」
「まだかもしれない。通り過ぎたかもしれない。そのはるか以前に……」
「はるか以前になんなんだい?」
「もうこの2010年の世の中。街並みに容易くファミコンショップを発見するのは難しいことかもしれない」
「そうか。2010年か。舛添要一朝までファミコンなんて浮かれてたあの高感度の低い顔つきのオッサンが新党とかい張り切る時代だものだ。ファミコン時代は遠くに成りにけり」
「別にいきり立って新党設立するのは、いつの時代も自由でしょうよ。それよりひょっこりひょうたん島の関係者がなくなる時代といったほうが適切よ」
「いやそれはおかしい。人間なんて規則正しく亡くなるもんじゃないんはずだ。寿命はいつの時代だって公平に尽きる・それよりサマーカーニバル 92列火って1992年のファミコンもシューティングも終わってる時代に、なにハドソンは全国大会をやりやがるんだってのが適切。おそらくスターフォースやスターソルジャーで高橋名人の冒険島の主人公になっちゃった16連射の営業のおっさんが夢をもう一度とばかりに送り出したんだろうけど、どうにもピントが外れているよ。それはそうとⅡは許容範囲にしろ、Ⅲの頃じゃ高橋名人の例のデマも沈静化した頃じゃないのか、よく出したような」
「あらサマーカーニバルはハドソン主催じゃなくてよ」
「え?」
「ナグザットが主催販売よ」
「なに? ナグザットって?」
「さあね。意味のわからないメーカーがゲーム大会を全国的にやるなんて、それこそ大冒険よ」