二人の距離
「ダムが決壊したかのように、二人の間に会話の花が咲き乱れたのはその時からよね」
工藤は数カ月前のことなのに、ずいぶんと懐かしそうに振り返る。終りに向かう世界。ごく近い過去も淡い思い出になるのだろうか。
「それでも球技大会の場。僕と工藤は、ファミコン世界とわからない会話を繰り広げた、意識的にね」
「トムとジェリー。三つ目がとおる。恐竜戦隊ジュウレンジャー。ひらけポンキッキ。伝染るんです」
「はたからタイトル名だけ聞いてりゃ、とても深いファミコン話とは思えない見事なセレクトだね」
「ええ。アメリカのドタバタ漫画に、手塚治虫の名作マンガ、戦隊モノに、朝の名物子供番組に、不条理漫画の代名詞と方向性があっちこっち多岐に渡りすぎて、聞き耳そばだててるクラスメイトに、けして的を絞らせない」
男女が二人だけで会話するだけで、高校生の年代はクラス中の注目を一手に引き受けるものだ。
「サブカルにオタクカップルに見えたかもしれないけど、それはそれでいい。古い漫画に詳しいは受け入れられる余地がありそうだけど、ファミコンに異常に詳しいってのも何か変な目でみられそうだからね」
「ところで工藤。僕は君のファミコン馴れ初め話をまだ聞いていない」
工藤に自分のすべてをさらけ出した伊藤であるが、一方工藤についてのすべてを知っているわけではないのだ。かすかに覚える不公平感が伊藤の胸をしばしうずかせる。
「聞きたい?」
「どうかな、聞きたいような聞きたくないような気がするな」
「どうして? 聞きたくないって気持ちがうずくの?」
「すべてを知りたいような秘めた部分があった方がいいような」
「なんで?」
「う~ん。上手くいえないけど、例えば、せっかく老若男女に知れ渡ったスーパーマンをゲーム化するに、どうして、いしかわじゅんをキャラデザインに起用するの? とか、つるピカハゲ丸くんのすべてが知りたいかっていうと知りたくないでしょ? どうして、子どもなのに毛一本残らずハゲ上がっているのか。どうして、一見中流家庭なのに、家族揃って一円をも無駄にしないくらいにハングリーなのか? 深い理由があるかもしれないけれど僕は知りたくないんだ、すべてはね」
「その気持わからないことはないわ。私もまじかるタルるートくんの作者江川達也の”タルるートはアンチドラえもん。ドラえもんの矛盾を解決させた作品”って姿勢に疑問を持つのだけれど、それについての藤子F先生の見解が知りたいわけでもない」
「タルるートはアンチドラえもんといいつつ、ドラえもんの設定に上手くのって、少年漫画向きに料理した作品だったね。とはいえタイトル名だけで100万本売ったドラえもんのブランド力にはちっともかなわなかったけど」
「ドラえもんのファミコン第二弾のよくありがちだったドラクエタイプのRPGだったギガゾンビの逆襲は日本誕生のゲーム化なんだけど、どうして21世紀のギガゾンビは太古の世界を征服しようと思い立ったのかしら。タイムマシンを使える科学力ならば、もっと近い過去を滅ばせとのに、どうして藤子F先生ってことは聞きたいけれど」
「そうでしょ。すべては知らない方がいいんだよ。秘密の部分があったほうが。妖怪道中記のグラフィクは先行発売されたPCエンジンバージョンの足元にもおよばないなんて、ファミコンオンリーユーザーにはなんの意味もないことさ」
伊藤は妙に希望に満ちた眼差しで、空を見上げる。空は世界の終りが近づいているとは思えないほど、普段どおりに澄み渡っている。
「そうそう。私もいいたくなし、伊藤も聞きたくないなら、明かす必要はどこにもないわね」
「バンドラの遺産をいただいたルパン三世の一味が君のファミコン馴れ初め秘話を暴きに来てもけして口を割っちゃいけないよ」
「ルパンがたぶらかしても口を割らない自信があるわ。私にとってのファミコン馴れ初め秘話は、サンタクロースの宝箱くらいの価値があるの」
「そうか。それほど大事にしている話なら僕が無理に聞き出すこともないかな」
「どうだろう。もっと近い関係になったら話してあげてもいいわよ」
「もっと近い関係? こうして二人でファミコン話しているよりも近い関係なんてありうるの?」
「うふふ」
工藤は何も答えることもなく短く笑った。