1987
「そうよね。それはまるで、ロードランナーのロボットが砂の壁に埋まり切るまでの時間差のようだった」
「早解きをすると誇らしげにCMに出演できたのはチャンピオンシップロードランナーの方だったな」
「そうよ。それでロボットは砂金ドロボーに追いかけて果ては埋められる運命だなんてやってられないと、真人間になりたくて組織からの脱走を試みたのだけど」
「爆弾を幾多に抱えての脱走劇。それがボンバーマン」
「真人間になって、砂金ドロボーの側に回ったはずなのに」
「ボンバーマンⅡじゃ、相変わらずロボットのまま爆弾を爆発させている」
「スーパーロードランナーやスーパーロードランナーⅡの主演をゲットしたって話も聞かないし」
「人間社会に挫折して、元のロボット稼業のが向いていると元サヤなのか」
「人間社会ねえ」
「僕と工藤は人間社会に憂うことがあるだろうか」
「2010年になってもファミコンの幻影に囚われている私と伊藤」
「ある意味幸せなのかもしれない」
「思い出に生きているわけじゃない。私にとっても、伊藤にとっても、ファミコンは思い出じゃなくて歴史なのだから」
「歴史に触れたのはひょんなことだった」
「私も伊藤がファミコンの世界に堕ちたなりゆきを聞いて、腰を抜かしたものよ」
「1997年のことだった」
「伊藤も私も5歳の時ね」
「僕の母親が夏休みにあまりにも暇を持て余す僕をみてこういったんだ」
幼稚園児の年頃にして、漫然とした夏休みを過ごす伊藤も伊藤である。
「そんなに暇なら夢工場へ連れてってあげようかとお母さんがいったんだっけ?」
「そう。夢工場。胸のときめきが止まらないじゃないか。夢を作る工場なんて」
「でもお母さんは勘違いしていた。夢工場、いわゆるフジテレビの夏のイベントは、1987年の夏にすでに終わっていた。1997年の10年前。つまりお母さんの体内時計は10年の遅れを取っていたわけね」
「でもがっかりすることはなかったんだよ。夏にフジテレビにいけば、何かあったんだよ、それは夢工場じゃないにしてもね」
「似たようなことを、毎年やってるわよね」
「そうだ。で、僕は夢工場じゃないじゃないか、夢工場ってなんだよってお母さんを問い詰めたんだ」
「そしたら、お母さんは、そういうゲームがあったのよといったのね」
「うん。夢工場ドキドキパニックのことさ。あまりにも出来が良すぎて、フジテレビの年ごとのイベントものとして消費するにはあまりにももったいないと、その後スーパーマリオUSAに名前をかえて、ちゃっかりとマリオシリーズの秀作として鞍替したいわくつきのソフトさ」
「それからなのね。芋づる式にファミコンの世界に伊藤が引き込まれていったのは」
「ああそうだよ、それから僕はファミコン関連の資料を読みあさったんだ。このファミコン馴れ初め秘話が、僕と工藤が会話らしい会話をした最初だったんだよね」
「ええ。伊藤のファミコン馴れ初めを聞いたのはしりとり騒動があった二週間も後かしら」
「球技大会の時さ。僕と伊藤は同じソフトボールチームに割り当てられた」
「いつもはおとなしい伊藤が、この世はソフトボール天国とかI LOVE ソフトボールとか妙にハイテンションに叫んでたあの日」
「つい興奮して取り乱してしまったんだ」
「それで私の方だったよね。一塁手の私が三塁からの送球を上手く捕球できなくて、後ろにボールをこぼしたとき、思わず”あ~Aボタン押すのを忘れた”って口走った」
「球技大会参加者の誰も気づかないなか、ちょうど伊藤の隣の二塁手だった僕だけが反応したんだよね。それはスーパーリアルベースボールだろうが、野球じゃなくて、ソフトだよ、今やってるのはと」
「うん、嬉しかったわ。適当なツッコミが跳ね返ってくるとは思っても見なかったことなのよ」
「その後、工藤は恍惚の笑顔を浮かべながら二塁の僕を見ていた」
「うん。何か勘違いされちゃったけどね。伊藤に好意があるんじゃないかって。そんなもんファザナドゥのファミコンじゃ場違いでしょ、PCでやってろくらいに微塵にもなかったのだけど」
「守備交代、ちょうど二塁の僕にライナー性のボールが飛んできて、直接捕球した僕に向かって、君はいったんだ」
「伊藤はちゃんとAボタン押せたね」
「そうそう。でこっちの攻撃になってベンチ……といってもジャンケンディスク城くらいに薄っぺらな砂の上に座るだけだけど」
「ちょうど意識しあって隣りあって座った私と伊藤」
「照れもなかったさ、すでにね」