伊藤と工藤はすぐに脱線する
秩序とはなんだろうか。滅びゆくこの世の中で、何が正しく、何が正しくないか、それは定かじゃないのだけど、子どもの所有物を勝手に下げる工藤は明らかに悪だといえる。
「工藤……」
それは伊藤が苦々しい顔をしているから。秩序に反する行為とは、端的に言えば周囲の人々に不快感を与えるかそうでないか。伊藤が工藤と距離を保ちはじめているのだから、工藤の取った行為は明確に悪といえよう。
「なにのろのろしているのよ。あたしとの距離ができ始めているじゃないのよ」
そうとは気づかない工藤は、伊藤の気後れの要因をよく理解できないでいる。伊藤と工藤の間に広がるその間隔は、じりじりと長さが拡張しているのに、どうして”隙間”という言葉が似合うようになるのだろう。それは、ファミコンソフトという奇妙な固い縁で結ばれたハズの伊藤と工藤に亀裂が生じ始めてきた証拠だろうか。
「あ、伊藤。見てあれ」
気にもしない工藤は、気軽に伊藤に話しかける。遠く離れつつある伊藤も、投げられた鎖には絡みつかなければならない。まだ関係は壊れたまでにいかないのだから。
「なんだい工藤。君は何を見て欲しいんだ」
いつもと変わらぬ道なり。それも伊藤と工藤は今日何度もこの帰り道を往復している。だから見慣れた風景であるはずなのに、逆に慣れすぎて違いがわからないのか、伊藤は工藤が何を伝えたいか分からないでいる。
「塔が立っているのよ。いや正しくは塔が建っているというべきかしら、だってまだ建立されていない、建設中なのだから」
「あ、ほんとだ」
ついこの間まで空き地であったはずであろう家と家の間に建設中の立て札の元、伊藤のいうところの塔が立ち始めている。
「何階建ての塔なのかしらねえ」
「立て札見ろよ。かいてあるんじゃないか」
「伊藤には見えないかもしれないけど、立て札にはただ簡素に建設中と表示されているだけよ」
「それならどうして君は、塔だとわかるんだ。この奇妙なレンガ造り。僕はマニアックマンションを建設してると思う」
「だって、塔じゃないの。バベルの塔のパッケージの図柄覚えてる? ちょうどこんな感じだってでしょ。レンガ造りで、ちょっと空気を入れ替えるような窓があって、いかにも重々しそうな木の扉が入り口。まだ二階までしかないけれど、これ明らかに塔よ」
「バベルの塔ねえ……。僕はどっちかというとカイの冒険をイメージした」
「何がカイの冒険よ。きどった言い方して。ドルアーガの塔と言いなさいよ。それよりカイってマヌケよね。女一人果敢に塔を登り切るのはいいけれど、逆に捕まって囚われの身になるのよ。ギル助けて! じゃないわよ。ギルは誰の指針もなく意味不明のクリア条件の塔を登らないいけないのよ。マヌケなさほどの容姿じゃない女を助けるためにね」
「さほどの容姿じゃない女は助ける価値がないと工藤は言いたい?」
「ええ、ポパイの物語構造だって、あたしは前々から不思議に思ってたのよ。オリーブってどうみてもあれよね。でもポパイ自体あれだし、取り合うライバルのブルートもただのデブよ。容姿がいまいちの三人の三角関係だからまあ納得できるけど、ギルはそれなりの容姿。カイなんてオカメ顔の巫女を何の因果で助けにいかなきゃいけないのかしら」
「へえ、なら僕は、工藤がマルサの女に狙われたり、寺尾のどすこい大相撲で寺尾にどすこいされたり、美味しんぼで富井部長に惚れてグルメに目覚めてしまった工藤が、大怪獣デブラスのデブラスにさえもお前太ったなと言われたとしても、僕は助けにいかなくていいんだね?」
「いいわよ。別にその程度難事を切り抜けなくて、どうして世紀末を生き残れる?」
「世紀末? 1999 ほれ、みたことか!世紀末って時代じゃないんだぞ。もう2010年。世紀末といわれる時代から10年も経っている。終末であることに違いはないけれど」
「聖飢魔Ⅱなんてしょうもないゲームに加担したデーモン小暮が手を変え品を替え悪魔設定ギャグと相撲だけで生き残れるとは誰が考えたでしょうか。千代の富士の大銀杏が土俵で見られなくなってからも、デーモンはタレントとしてあり続けた」
「工藤、どうして君は話をどこかに逸らして本題から外れようとする?」
伊藤の本音が見え隠れしても、工藤はあくまでも本能のまま生きる。カバンから、マジックを取り出しては、立て看板に落書きに御熱心。
「この塔が何になるかはあたしが決めてあげるわ。一階、メルヴィルの炎のフロア。ツワーフ、アカントス、サウジス、イセントの4国がここに入り乱れる。二階、名門!多古西応援団の部室。三階、井崎脩五郎の競馬必勝学が聞ける教室。4階、ものまね四天王のディナーショーが絶えず繰り広げられてるの。ビジーフォーの洋楽のモノマネがいつも一緒じゃないかってジャッキーチェンが訝しげな顔をする絵画つきなの。5階……」
「ねえ、工藤聞いてよ……」