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ラディア戦記

 絶え間なく続く退屈な日常は、いつ壊れるか分からない。たいていの人々は終わりの始まりがいつ訪れたか分からぬまま、不幸の渦中に放りこまれるものであるが、それと比べて、終りの始まりをしっかりとした視覚で認識できる伊藤と工藤は幸せ者なのか。それとも不幸の極地にいるのか。

「なんだろうこれ」

 伊藤の目の前には、見渡すほど大きな壁が立ちふさがっていた。いつもの帰り道、なんの意識もなく通り過ぎる道に広がる障壁は、無関心主義の二人の心に楔を打つには十分なものであった。

「なんだろうね、というか邪魔よ」

 全長30mに及ぶだろうその壁には、無数のランプが取り付けられたいた。そして壁の中枢あたりには電光表示のメッセージボードが携えられており、目の悪い年寄りでも一字一句読むるような速さで「ご通行中のみなさま、ご了承ください」とのメッセージが繰り返し流されていた。

「工事かなんかかなあ」

「何を工事するのよ」

「何を工事するわけでもなく工事を繰り返すのが公共事業ってものだよ」

「そうだけさ、伊藤。いくら工事でもこの足止めはないわよ。たしかに向こうに行けないほどの壁が立ち塞いでいるけど、何もここまですることはないわよ。通行止めと書かれた質素な看板に、進行禁止を意味するポールひとつ置いておけば、よほどのお馬鹿さん以外向こうにいこうとは思わないはずよ」

「物事に意味を求めちゃいけないよ、工藤。世の中ってものは無意味に無意味を重ねて成り立っているんだ」

「そうかしら、意味のないものなんてないわよ、一見、なんの価値も見いだせないものもなにか意味があるはずの。そうじゃないとまっすぐに家に帰ろうとしたあたしの気持ちが収まりきれないわ」

「それじゃ、工藤はこの巨大な壁がどうして僕らの前に立ちはだからると思う?」

「意味ありがなランプの数々。そして私たちに最低限の情報しか与えないメッセージボード。この二つをつなぎ合わせれば、おのずと答えは見えてくるはずなのよ」

「何が見えてきた?」

「わからないけど、いつかわかるわ。そしてあたしたちはこうやって壁にぶち当たった時、いやまあ、今はレトリックじゃなくて、壁そのものに足止めを食らうあたしたちだけど、そんなとき、あたしたちはどうやって切り抜けてきた?」

 伊藤は工藤になにをいわれるまえに、カバンの中から一冊の本を取り出した。その本のサイズといえば、携帯用に似つかわしい大判サイズ。持ち運びを念頭に入れて、制作された本とは言い難いが、伊藤はあえて持ち運ぶことでこの本に意味を見出している。

「工藤と僕が行き詰まったとき、すべてこの本が解決してくれる。そうだったでしょ?」

「ええそのとおり。人生の指針になるような気取った文句がなにひとつないのに、こびりつく障壁を取り除いてくれるこの本こそは、あたしたちの人生に多大なる影響を与えてくれる」

「ファミリーコンピュータ全ソフト大全集」

「ねえ伊藤は知ってる? タッチが、どうして横スクロールのアクションゲームだったか」

「ああ知ってるよ。本を開くまでもない当たり前の事柄。それが当時のゲームの要領の限界。野球ゲームにしようとも恋愛ゲームにしようともそのノウハウがなければ、制作は暗礁に乗り上げる。期日までに間に合わせるために仕方なくとったゲームスタイルがそれだったのさ

「当時はファミコンの大ブーム。そこに有名キャラを組み合わせれば売れると」

 伊藤と工藤が意味のない会話を繰り返すと、それに呼応するように、壁に備われたランプの光が煌々と灯ったのだ。明かりが灯るとき、ボンという訝しげな音がしたものだから、どうしても伊藤と工藤は気づく。

「明かりがついた」

「ほら、あたしのいった通りよ。意味のないものなんてないの。意味があるから存在してるの」

「偶然じゃないか。話ができすぎている」

「世の中に、話のできすぎた話がなかったら、世界中で起きた摩訶不思議なできごとなんて本は、とてもじゃないと一冊編集できないわ」

「都合よく起きることは認めよう。だけど世の中すべての事象に意味があるなんて僕は認めない」

「それはそれでもいいわ。あなたのモットーまで覆す気持ちはサラサラないの。あたしはただ嬉しいだけ。あたしと伊藤が外国人の名前を口にしたその時、謎の壁に変化が生じたのだから」

「メッセージボードの文句が変わっているね」

「ええ。ラジオをつけろだってさ」

「いまどきの高校生の所持品にラジオを期待するのはちょっとどうかと思うけど」

「それでもあなたはラジオを所持している」

「当然じゃないか。ファミコンを愛すならば、ラジオも携帯しないと」

「脈絡がいまいちだけど、まあいいわ。はやくつけて」

 伊藤はラジオのスイッチを入れた。ポケットタイプの安上がりの代物だ。時代遅れのそのデザインは、伊藤の人となりを証明しているようにも見える。

 ラジオが伝えたニュースは、伊藤と工藤が耳を疑うものであった。

「うそ~」

「ほんとかよ」

「ひとつの国が崩壊したって」

「原因はミサイルの誤発射か」

「伊藤がタッチの名前を上げた瞬間に時間は同じくする」

「それじゃまるで僕が原因みたいじゃないか。それに最初にタッチの名前を上げたのは工藤、君じゃないか」

「そうだったかしら。どっちでもいいわ。謎がわかりかけてきたのだから」

「試しにまた別のファミコンゲームの名前をあげようか」

「本当にいいの? 国一つなくなったのよ。名前も聞き覚えの無いどこかの小国だけどさ」

「小国だからといって区別するのは辞めてくれないか。小さなゲームメイカーでも優れたゲームを出せたのが当時のファミコン業界。キグナスナイトを知っているかって話だ。まさかあのキグナスナイトがすべての始まりとは誰も思わないだろう

 工藤と伊藤はその会話に収拾をつけることなく、壁を見上げた。するとランプにまた一つ明かりが灯ったのだ。

「これでわかったわ」

「間違いないね」

「あたしたちが、いやあたしたちだけじゃないかもしれないけど」

「ファミコンのゲームの名前をあげるたびに、ランプに明かりがついていく」

「そしてランプに明かりがつくことは、どこかの場所で、人命が失われるのに等しい」

「ずいぶん物分りがいいな、僕たち。まるで英語遊びで英語の薫陶を受けたようだ」

「伊藤、ただいたずらに名前をあげてもランプは反応しないわ。特定できるほどの情報がないとダメみたい。英語遊びじゃダメみたい。、どういう英語遊びであるか。ちゃんとしたタイトル名を言わないと。英語遊びは、ポパイの英語遊びでしょ?」

 工藤の説明に満足したのか、壁のランプは三つ目の明かりを発した。 

「ほらみて。あたしの思ったとおりよ」

「僕らの性をついた、実にいやらしいルールだ。ファミコンソフトの名前をあげるたびに、どこかの人々の日常が崩壊するんなんて、僕らは耐え切れるか」

「耐え切れるわけないじゃないのよ。ラサール石井のチャイルズクエストで、キリコにおしっこ行かせずにフマンドを貯めるようなものよ

「ラディア戦記 黎明篇と名付けつつ、その続きがないようなものじゃないか」

「いい度胸をしてるわ、本当に。スーパーファミコンが世に広まった1991年に、あえてRPGの大作風味をファミコンに投入してくるとは。テクモもやるわね」

「ボン、ボン、ランプはまた灯った」

 そして、伊藤のラジオは、矢継ぎ早に世界の崩壊を伝える。

「いいのかしら、滅亡のスイッチなるあたしたちがべらべらと安易に口にして」

「しょうがないじゃないか」

「ランプの数をざっと数え上げあところ、思ったとおりよ。この壁のランプの数は、ファミコンソフトに等しい」

「そうすると、おそらく僕らが、いや地球の誰かの協力を仰ぐかもしれないが、やがてすべてのファミコンソフトの名前を口にしたとき世界は終る」

「かもね」

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