第一章16 本物の愛
何日が経ったのだろう…
僕は何日も何度も彼女を"殺している"
いつになったらこの術は解けるのだろうか
この術が解ければ……僕は
彼女を刺すたびに血が口に入る。
ここ数日は喉の渇き、食欲を血肉で補う生活だった。
頭がおかしくなりそうだ
僕は何をやっているんだ。
早くその刃を自分の首は持っていけ…
アリーちゃんをこれ以上傷つけないでくれ…
「お前、中々にイカれてるな」
ここらではあまり見ない黒髪黒目…仕立ての良い黒い服にその上からゴツゴツした鎧を被っている。
それは鎧の意味があるのか分からないぐらいに隙間が空いていた。
ただ、そいつには"ツノ"が生えていた。それだけで何者なのか分かる。
「魔族だな……」
僕は呟いた…コイツが全ての元凶だ………。
「お前はもう幻想を見ていないんじゃないのか? なぜその子を痛ぶる? 死なせないように何度も痛めつけて何が楽しいんだ?」
魔族は吐き捨てるように言った。その目は僕を何か哀れな生き物を見るようだった。
「幻想を見ていない…? どういうことだよ!!僕の手はいまだに…あの怪物の影響を受けている! だってこの手が止まらないんだ!! いや…お前の仕業なのか?」
僕は間違ってない…だって…手が止まらないんだ。きっとまだ幻想の類の影響を受けている。
「なるほど…な。 これもまた"勇者召喚"の影響か………まあ、お前みたいなクズに構う暇はない」
そう言うとアイツは空間の切れ目のような場所に手を突っ込むと、鉄の格子を取り出した。
内部には複数の鎖が垂れ下がっている。
「亜空間魔法………何をするつもりだ!」
ーーまさか…魔族の魔法技術はそこまでの進歩をしているのか…空間を操作する魔法…恐らく魔族以外には使えない。アイツから溢れでる魔力が恐ろしい…
ーー僕じゃ勝てる気がしない…
「死体、借りるぞ」
魔族は悲しげに言うと、死体を雑に鉄格子の中に放り込んだ。
「やめろ! 何が目的なんだ!」
全く意味が分からない…僕にはコイツの行動が全く読めなかった…
あ……
「グポッ」
感情が入ってしまい、またアリーちゃんを大きく傷つけてしまった。
まだ、彼女は生きているのだ。苦しめたくない。
「《ヒール》」
僕は魔族のアイツに負けないぐらい悲しい顔をしてみせた。
「殺してやりたいが…余計なことはしないでおこう」
アイツはそう言うと、仲間を檻に閉じ込めて空へと飛んだ。
ーーなるほど、アイツは罠を張ったのか…
魔力を感知すると発動する魔法だろう…何が起こるのかは全く分からない。
でも…きっと危ない魔法だ。
ーーあぁ…そんなことを考えている場合ではなかった。
僕は続きを始めることにした。
「アリーちゃん!起きてくれ!!」
「《ヒール!》」
「《ヒール!》」
「《ヒール!》」
僕は悲しい声をあげながら何回も"そう叫んだ"
***
それからどれくらい経っただろう…
僕の体液の大半はきっと彼女で満たされているだろう
それが…愛に違いない。
彼女の愛情を液体で感じ、僕の愛情を痛みで感じさせる。
ーーこの時間がずっと続けばいいのに
ふと、後ろからすごい魔力を感じた…
振り向くとそこには海のように深い藍色の子供のようなモノがいた。周囲には精霊が飛んでいる…スキル持ちだろうか?
見た目はニンゲンだが…格が違う……
はたして
何をしにきたのだろう?
ーー愛の育みを見られるのは些か不愉快なのだが
子供のようなモノは罠があるとも知らずにこちらへ寄ってくる。
アイツの目的はこの小娘だったのか…?
邪魔するなよ…
「こっちに来るな! ニンゲン!」
罠を警告するためなのか
それとも、この快楽を邪魔させないための威嚇なのか
ーー今の俺には分からないのかもしれない
ただ
今もなお、混雑した記憶のカケラは彼女の温かい心を欲しがっている。
もしかしたら
それが"答え"なのかもしれない
***
さて…この状況をどう切り抜けよう…
私は未だかつてないピンチだった。
助けにいくつもりだったのに…よく見ると翠髪の少女に血まみれのナイフを突き刺して《ヒール》をかけて遊んでいる狂人だったし。
どこからか飛んできた槍は私の体を貫通させていた。
私の体は100%水で出来ているおかげなのか…痛みはない。
ただ、
ーーグロすぎる…血が溢れ出てる………水だけど。
まるで槍を使って私の体で裁縫をしているような感覚だ。
もしかして、とんだ悪趣味なエルフがいるのか………?
それとも…目の前にいる狂人以外に何かの意思が働いているのか。
私には分からない
ーーこの人、めちゃくちゃ怪しいんだよね……
私が刺されたあとはまるで無かったことのように彼女の方に集中しているし…まともではないだろう
死んだふりしておく…?
「グポッ…」
翠髪の少女の口元から血が流れ出ている。
ーーまだ生きているんだ…《ヒール》って結構凄いスキルなのかな…
でも
ーーまるで拷問じゃないか
見捨てるなんて…できない。
こうしている間も彼は4回以上彼女のお腹をナイフで突き刺していた。
どれだけの痛みを感じているのか分からない。
彼は彼女のお腹の血をすすりながら《ヒール》を連呼している。
早くこの"化け物"を止めないと…
この人間串刺しの槍から逃げるのは簡単だと思う。
考えている手は二つある。
無理やり皮膚を引きちぎるか、水霊化を使って大気中に逃げる。
どうしようか…
そんなことを考えていると
『水蛸野郎 この世界の敵は なんだと思う? あなたが見てきた世界の中で判断するなら…どういうやつが敵なのか?』
ノープルさんが何か機械的な声で問いかけてきた。
ーーこの世界の敵…?目の前にいるやつじゃないの?いや、だとしたら簡単すぎる。今聞く内容じゃないよね。
ーー世界の敵……………なんているの?
ーーノープルさんは少し前にどの種族も平等かつ平穏に暮らせる世界になって欲しい…と、本当か嘘か言っていたような気がする。
分からない…
ーーどういうやつが敵なの?
彼女はこう言った。
だが、
それは本当なのか?平等な世界を目指すつもりなら"どういうやつが敵なのか"なんて言ったりはしない。仲間外れを作るのが前提条件になっている。
例えるなら
ーー私にはどう言う性格をした人が敵なのか? という質問に聞こえる。
いや、間違ってはいないんだろう…
性格の悪い人は世界にとっては害悪だ。
そういう共通認識が"まるで宇宙という存在が"ある"のと同じように根源としてそこにあるんだ。
誰も性格の悪い人を排除しないといけない根本の理由を理解できない。
それでも、人は排除しようとする。何かしらの理由をつけて…
それが戦争が止まない理由だと私は考えている…
皆平等じゃないから仲間外れを作ることで平和を保とうとする。彼女もそんな思考なのだろうか?
ーーじゃあ教育とか…法や治安を維持したり…この世界に完全無欠の中立の国家を作って、全種族を受け入れるとか…?
ーー私のように勉強に追われて…本来の生き方を忘れてしまう…そこまでいくとダメだが…
ーーそれが一番確実だよね
結局は"武力"がないと平等的な平和は作れない。
ただ、必ず仲間外れが出てくる。人間は完璧ではないんだから…
武力を使わずに解決したい?それは理想論だ。
じゃあ例えば
どこかのお金持ちが貧乏な人をお金を使って幸せにしようとしても人口が増えれば"食料"がなくなり、争いが起こる。
同じように誰かが数万人、数億人の人々を救ったとしたら人が住む土地がなくなり、争いが起こる。
普通に解決しようとしても不可能。
残酷な世界には正しさなんて存在しないんだ。
しかし、
どんなにどうしようもない世界でも…残酷な世界でも…"治せない病気はない"のと同じで…
ーー"全てを治す方法がある"
全員を幸せにする方法が実在するのだ。
私はノープルさんの質問に対して曖昧に答えることにした。
「簡単な話だよ…でも、今は内緒にしておくね」
私はそういいながら槍で串刺しにされた体を無理やり動かし、皮膚を引きちぎった。
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