第一章15 虚実的打算愛
ーーあれ…私…何をしていたんだっけ…
「あひゃひゃひぃひゃひゃはひッ!」
…え?何…?これ…
私が目を覚ますと、辺りは生臭い香りが充満していた。ベタベタした赤い糸のような物が同胞を包み込んでいる。
彼は苦しそうに
「助け…てくれぇぇぇえええ!痛いッ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
と叫んでいた。
なんなんだ。これは。
中には私の顔見知りもいた。
幼馴染もいた。
だけど…"私にはそんなものはどうでもよかった"
木の下で隠れるようにうずくまっている2人のエルフから異常なほどに目を背けることができなかった。
「お父さん…? お母さん…?」
「アリシラ…なのか…?どうして…来たんだ。来るなって手紙を送ったはずだ。馬鹿が…………いや、あいつも呪われていたのか……クソ!!!」
「……アリー…早く逃げて…ここはもうダメよ」
そこには"ナイフ"を持ったお母さんに弓を背負ったお父さんがいた。
お父さんは声を荒げると、私の頬を叩いた。
ーー初めて叩かれた……でも、痛くない。
…あれ?左手?
「ねぇ!何があったの? それに、その傷…」
お父さんは片腕がなかった。まるでねじり潰されたような腕の断面からは血が滴っていた。
「精霊様にやられたんだ…まさか、精霊様に影響を及ぼすような精神支配のスキルがあるとは…な。恐ろしい限りだ。」
お父さんは苦い顔をしながら言った。その顔からは血の気がない。このままでは不味い…せめて、エルがいれば……彼の《ヒール》さえあれば…
「ッ!お母さん!!!」
私はお父さんの影に隠れるようにいたお母さんの体を"見てしまった"
お腹に深い傷を負っていたのだ。
お母さんのお腹にぽっかり空いた穴からは"私の愛用していたコップが見えた"
ーーどういうことなの?
ーー何が起きているの?
ーー助けて…エル…
「助けて!エルーー!!!」
私は彼を信じてる。
私を救ってくれたあの《ヒール》は私の救世主なのだ。
いつも…彼は救ってくれた。ニンゲンからなぶられていた時は守ってくれた。私が死にかけた時には《ヒール》で癒してくれた。
時にやさしく、時に厳しく、正義感のある強い彼が好きだ。
彼に比べれば私は……臆病者だ。
不釣り合いな彼との関係…
それでも、私は彼を愛してる。私達はそれでいいんだ。不釣り合いでも両者にできないことを補う。
だから
"エルなら来てくれる!"
私はそう確信していた。
ーーはずだった。
「おい!アリシラ!声を出すな…奴らに気づかれるだろ!」
お父さんが声を荒げた。
「あ…ない…!!!」
お母さんがどこからか飛んできた"槍"をナイフで弾いてくれた。
ーーお腹に穴が空いてるのに凄いなあ……?っ?
「ご、ごめんなさい…で、でも…彼が来てくれれば私たちを助けてくれるよ!私の英雄なの…」
ーーあれ?なんで…私はこんな危険な場所に彼を呼ぼうとしてるの…?
ーー逃げて欲しい…いや、助けて欲しい。守って欲しい。なんで?
「クソおおおおお!」
「っ…!」
空から何か槍のようなものが降り注いでいる。が、私は一切痛みが感じなかった。
なぜなら
お父さんとお母さんが私を庇ってくれていたからだ。
でも
大丈夫
私のお母さんは元武神だったのでとても強いのだ。
私のお父さんはとっても、力持ちなのだ。
お母さんよりは弱いけど…って言うといつも怒るから…
私はこっそりお母さんと笑い合っていた。
だから、死なない
そして、エルが来てくれるから死なない。
私も助かって…お母さんもお父さんも同胞の全員を守ってくれる。
だよね…。
「エル……やっと来てくれたんだね」
私は雨のように涙を流していた。
「私の救世主さ…ま…?」
「やめろ!ゲス野郎共!!『セリオスフレア』」
…え?
…え?
…え?
何をしてるんだ? こいつは
私のお父さんとお母さんは足以外の全てを"蒸発"させていた。
辺りには焼け焦げた肉の臭いが充満していた。
「アリーちゃんは僕が守るよ…絶対に見捨てたりしない…だからもう離れないで…」
"何か"は私を抱きしめようとしていた。
私は咄嗟にお母さんが持っていたナイフを手に彼を刺した。
ーーエルはこんなことしないッ!
ーーこの人は偽物だ!!
私はお母さんとお父さんを殺された怨みに何度も"何か"を刺した。
「嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!偽物のお前なんか嫌いだ!化けの皮を被ったニンゲンだろ!お前は!!あの時みたいに…私をッ!!!………本物のエルはどこにいるの…早く助けてよ…」
刺すたびに彼の傷口から血が溢れでる。臭い…ニンゲンの血はやっぱり臭くて汚い。
やっぱりお前は偽物だ。
彼を突き刺す手が止まった…流石に死んだだろう……
「え…?」
まるで、こいつはアンデッドのように自分に突き刺さったナイフを引き抜き、私の胸とお腹をぐちゃぐちゃに引き裂いた。
彼を刺したはずの傷は"癒えていた"
……どうしちゃったの…?私
私にはもう感覚はほとんど残っていない…
あるのは内臓が果実のジュースにされたような感覚だけだ。
私は自分にできる精一杯の力で目を動かした。
偽物の彼は…辺りを燃やしていた…
その炎は粘液を、虫を燃やしていた。
「あひゃひゃひゃひゃ!」
「ひぃひゃひゃはぃひいひぃひひ」
何あの化け物…
彼は何かと戦うように化け物を、同胞を見境なく攻撃している。
いや…違う。
同胞を刺した後の傷口は塞がっている…
どう言うこと…?
私はふと、自分の体を見た。
完全に塞がったわけではないが《ヒール》がかけられている跡がある。
ーーもしかして……
私は立ち上がった。可能性に賭けることにした。
もうお母さんもお父さんもいない。私が最後に言い残す相手は1人しかいない。
「痛い…でも、ここが女の見せ所だよね。"お母さんがそう言ってる気がするの"」
「ねぇ、正気でいる精霊さんがいたら…私が彼のところまでいくお手伝い…お願いしてもいいかな?」
…
…
…
返事はなかった。
でも、感じる。精霊の加護を…
「《エアブラスト!》」
「勇者は俺がなってやる。俺は世界を救う勇者だっ!魔物をぶっ殺して〜ニンゲンを滅ぼして〜勇者だっ!世界は勇者だっ!」
彼の炎に焼かれ、手足の長い"怪物"は何処かへ逃げた。
ーーそうね…あなたは私にとっての勇者様だよ…
だから
「もうやめて!!…エル…!」
私は必死に彼の肩を揺さぶった。
「殺してやる」
彼の冷徹な怒り顔は怖かった…
「痛ッ!」
私のお腹に再び鉄の刃が突き刺るが…
ーーやっぱり…エルなんだね。
ナイフには《ヒール》の効果が付与されていた。
鉄の塊は私のお腹を何度も突き刺した。
何度も…
何度も…
彼の手は止まない
「もう…終わったよ。あなたが…あの怪物を燃やしてくれたから…………さ、だか…もう、や…て?」
「もう終わったんだよ…エル」
痛い痛い痛い
痛い痛い…
痛い…………
ーーあぁ…やっと…
ーー戻ってきてくれたんだね…エル…
痛いよ
痛いけど…
もう殺し…いや…
まだ、このままでいさせて…
治り続ける傷口はむしろ彼の愛情を感じさせてくれる…
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