第一章12 虚実的打算ー2
森の奥から現れたのはとても小さな、透明感のある動く水色の液体……スライム…だと思う。
こう言う時は…先輩を頼ろう私は脳内に尋ねてみることにした。
「ねぇ、あれってスライムだよね?」
《はい。あれは個体名 : 水スライムです》
『うん あれは 個体名 スライムだよ』
合唱をするように彼女達は答えた。頭が痛い…2人で話しかけられると少し聞き取りづらい。
だけど、スライムって…剣と魔法の世界って感じだね。
「あ、あはは…うん。スライムですだよ」
私は頭がバグって復唱してしまった。
っていうか…システムさん、普通に聞いたら答えてくれるんだ。
スライムは特に何もしてこなかった。ただ、たまに跳ねたり葉っぱを吸収したり、特に害はなさそうだった。
『水篠はスライムという生き物に対して どう思ってる?』
ノープルさんは機会的な声で尋ねてきた。スライムに対してどんな感情を持っているのか…
「可愛いの一言!動くスライムって…愛好家絶対いるよね。私だけじゃないはず」
『へぇ 可愛い? それは言葉の通りで 可愛いの? 何かの隠語?』
珍しく食い気味なノープルさんの反応に驚きつつも私はスライムの体を持ち上げた。
「うん? 言葉の通りだよ…隠語ってどこかのヤクザと勘違いしてるのかな」
私は弾力のあるスライムを見つめながら答えた。このスライム…可愛い……
「私、スライム作るの好きなんだよね…あの触り心地…ふふふ、それに、このスライム…ちゃんと動くし、めっちゃ可愛い…」
私はこの世界のスライムに魅了されながら呟いた。
確か、ホウ砂を小さじ一杯…お湯を350ml入れてかき混ぜる。
洗濯のりにホウ砂水を少しづつ入れて混ぜて…タッパーに入れて気泡が抜けるのを待つと透明感のあるスライムになったよね。
『ははは スライムを 創る…?』
《………》
ノープルさんの声は笑ってないけど、その言葉は笑っていたように感じた。
ーーいつかノープルさんと一緒に作りたいな
こんなことをしている場合ではないことに気付き、私は丁重にスライムを森に帰した。
あ、そうだ。
「ねぇ…ノープルさん脳内じゃなくて、こっちで一緒に話さない?」
システムさんか、ノープルさんどっちかこっちに来て欲しい。一人旅も寂しいし……かと言って、システムさんは普通に考えて肉体はないだろうから
必然的にノープルさんしかいない。
『私がそっちにいくと 多分 水素麺野郎以外の生き物は死ぬと思う』
ノープルさんは感情のカケラも感じない声で言った。しかし、その言葉の内容には刹那さを感じる。
「どういうこと…?」
内容からしてきっと聞いてはいけない心の闇なんだろう…でも、好奇心を抑えきれなかった。
『私は…… 未来は見えないけど 未来を予測できる それだけだよ』
やっぱり聞かれたくなかったのだろう。彼女から発せられた言葉は今までの彼女とは考えられないほど曖昧な答えだった。
「じゃあそのうち、一緒に手を繋いでこの世界を旅しようね! 私がそんな未来にしてあげる!」
私がノープルさんの立場なら…どんな言葉が嬉しいか。そんなことを考えながら私は笑顔でいった。
『それはとても難しいかもしれない』
ーー肝心なところは話してくれない…友達との付き合いは大変だよね。
ぼんやりと空を見上げながら、私は足を進める。険しい道のりの果てに見えるのは、目指していた山の麓だ。
「あ、山の麓までもう少しだね…」
そう呟いて前を見た瞬間、私は立ち止まった。
「え?」
山の麓が見え始めたかと思うと、思いも寄らない光景が広がっていた。
目の前には、大きな木がそびえ立っていたのだ。大木の近くには村のようなものが見える。
ーーあれ…山じゃなくて大木だったの?
その存在感に圧倒されるように、私はしばらくの間、息を呑んで立ち尽くした。
『あれは シルヴァリエン エルフ族の国だ あの世界樹と呼ばれる大木には人避けの結界があったからここに来るまで見えなかったんだ』
ーーやっぱり、ノープルさんはなんでも知ってる…おばあちゃんの知恵袋みたい。
『エルフの国…やっぱりあったんだね!確か創象でエルフは一度だけ見たことがあったんだよね…早速見に行ってみよっと!』
私は初めて見る大木に心躍らせながら、エルフの国へ向かって歩き出した。
しかし…国へ向かう途中の道端に違和感があった。
ーー思ったよりも防壁的なものがないんだね
それに、なにかが焼けこげたような跡が…いたる所にあった。
私は国へ向かって走り続けていると、前方に黒い石のような物が見えた。
「え!?あ、だ、大丈夫ですか!?」
それは、耳の長い銀髪の青年だった。私が必死に声をかけるが反応はない。
「返事できますか!脈は……って、冷たッ!」
この冷たさ…恐らく、死体だ。それに、よく見ると、お腹には大きな傷があり、中には蛆虫のようなものが湧いていた。
「再生の波!」
念の為に回復処置をしておいた。もしも、生きていたら…と思うと放ってはおけない。
っていうか…私、精神的に成長してる気がする…昔の私だったら気絶してたと思うよ…
《死者を蘇生する魔法を使用しますか?》
ーーえ?
いやいや、何を言っているんだ?システムさん……死者を蘇生する…?そんなことが出来ていいと思っているのだろうか?
私、そんなスキル持ってないし…
そもそも魂はどうするのだろう、死者を蘇生したとして、そこに宿る魂は別人ではないだろうか?
何にしても答えは明白だ。
「"いいえ" ところで、死者を蘇生できたとして魂はどうするの?」
《魂は篠原蜜葉の魔力から擬似的に作られます。脳、体に記憶された行動パターンをコピーし、魔力回路を構築する仕組みです》
よく分からないが、それはダメだ。彼と全く同じ存在が生まれたとしても、私の魔力から作られた存在でしか無いのだ。
そして、それは死者への冒涜だ。
ふと、彼の周囲を観察すると周囲には彼が傷つきながらも這いずっていたような跡がある。
ーーどこに行こうとしていたんだろう。いや、知りたくはないけど
「ふぅ…意外と軽いじゃない」
私は彼を近くの木陰に寝かせてあげることにした。あんな道端に置いておくのも可哀想だからね。
ーー死者蘇生……
私はもうすぐそこにあるエルフの国へ向けて再び歩き出した。
***
「やっぱり、この国…戦争に巻き込まれたのかな」
到着して早々、私は絶望していた。自然を感じない風景だ。焼けこげた建物、エルフの死体の山…
「ん?これって…ツノ?」
『それは鬼だ 魔族に分類される種族だ エルフとの戦闘で死んだのかもしれない』
赤髪、褐色の肌にツノの生えた人が居た。ノープルさんが言うに、魔族らしい。しかし、ツノが生えていること以外、人間との見分けが全くつかない。
果たして…彼らはなぜ、争っていたんだろう。
その時、どこからか声が聞こえてきたような気がした。
「ーー!、ーーーー!」
「んん?」
耳を傾けると微かに聞こえた。
「誰か!たすけて…!アリーちゃん!!」
ーー誰かいるの!?
私は声のする方へ全速力で走った。