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がんばって、いきている

作者: はやはや
掲載日:2024/11/25

 僕の体は昔から言うことを聞かない。


 幼稚園の頃からそれは際立っていた。


 砂場で遊んでいた時に、僕の前にいたニナちゃんが使っていたバケツを祐二君が無理矢理取って、二人が喧嘩を始めたから、止めようと思って祐二君をスコップで叩いた。

 祐司君のおでこにぱっくりとした傷ができ、赤い血が水道の水のように流れた。裕二君は病院に行き、二針縫った。


 みんなで集まって先生の話を聞いていた時。

 ふと二列前にいた、花ちゃんの髪ゴムについたリボンが縦になっていることに気づいた。直してあげようと思って立ち上がり、友達の列を踏み分け、花ちゃんの髪ゴムを力一杯、引っ張った。


 そのほかにも、散歩中に気になるもの(ポストとか植え込みにある花とか)があると、僕の体は吸い寄せられてしまう。


 上り棒のてっぺんが大好きで、お弁当の時間になってもなかなか下りることができなかった。


 小学生になってからも相変わらずで、先生が授業で使う教材を職員室に忘れ、僕たちに「席から離れないように」と言い残して、職員室に戻ったことがある。

 五分後、教室に戻ってきた先生に、ひどく叱られた。


「席から離れないようにって言ったでしょう!」


 僕はぽかんとした。席から離れていない。現に椅子に座っている。とはいえ、窓際まで椅子ごと移動して校庭を見ていたけれど。

 クラスメイトは、くすくす笑っていた。

 ちゃんと椅子に座ったまま待っていたのに、叱られる理由がわからなかった。


 そんな僕は先生にとっても両親にとっても困った子どもだっただろう。



 ¨‥


 幼稚園時代に話を戻すと、僕が通っていたのは、私立のマンモス園だった。体操とか英語とか、いろんなことに力を入れていた。行事も目白押しだった。

 そして、週に一度は子どもの足で三十分はかかる、遠い公園に散歩に出かけた。足腰を鍛えるためだったのだろうか?


 僕は小学校入学と同時に引っ越したので、幼稚園時代の友達は小学校では誰も側にいなかった。

 いろんな行事があったからか、幼稚園の頃のメンバーとは今でも仲がいい。大人になってからも年に一回は集まる。



 今年も例年通り、食事会を催す案内が先日、届いたのだった。

 その食事会の前に僕にはやるべきことがある。それは卒園アルバムを見て、友達の名前を事前に確認しておくこと。僕は人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。

 だから一夜漬けで顔と名前を覚え、食事会を乗り切っている。


 卒園アルバムをめくっていると年長組の時、散歩先の公園で撮った写真が目に留まった。アスレチック遊具の前で、並んで撮ったものだ。僕の視線はカメラに向いていることは少ない。その写真の僕も斜め上を見上げていた。



 ¨‥


 その写真を見ていて、あるものに気づいた。アスレチック遊具越しに見えるベンチに女の人が、俯いて座っているのが写っていた。遊具越しに写っているから女の人の姿は小さい。


 次の瞬間、記憶のフォルダが、ぱかっと開いた。その日のことを思い出したのだ。



 その日も、週に一度の三十分はかかる、遠い公園に散歩に出かけたのだった。

 公園に到着し、先生が話す注意事項をそわそわしながら聞き、自由行動になった。

 友達のほぼ全員がメインのアスレチック遊具に向かう中、僕は走って石段で囲まれた花壇へ向かった。石段の上を平均台のようにして渡ってみたかったのだ。


 気の済むまで、ぐるぐると繰り返し石段を渡った。満足して石段からジャンプして下りた時、近くのベンチに女の人が座っているのが見えた。

 リュックサックを抱え、忙しなさそうにスマホをいじっていた。僕はリュックサックにぶら下げられた変わった形の赤色のキーホルダーのようなものに目を奪われた。僕の好きな色は赤色だ。


 それを触ってみたくて、僕は女の人に近づき、その隣に座った。



 ¨‥


 突然、隣に座った僕に女の人はぎょっとした表情を見せた。僕は緊張も遠慮もせず尋ねた。


「これ何?」


 僕はリュックサックについている例の赤いものを触りながら言った。女の人はリュックサックと僕を交互に何度か見てから、静かな声で言った。


「困っていたら助けて下さいっていう目印」

「ふーん」


 説明してもらっても僕には最後の部分しか届いていなかった。目印という赤いそれを指先で弄んだ。


「あさひ君!」


 突然、名前を呼ばれた。顔を上げると担任の先生が、眉毛を下げ、困ったような顔で僕を見ていた。


「みんな、あっちにいるよ」


 と僕の腕を引っ張ってベンチから立たせた。そして、女の人に「すいません」と言った。その時、僕はもうちがうことに目が向いていて、確かベンチから走り出したはずだ。


 記憶はそこで終わっていた。



 ¨‥

 

 一夜漬けで覚えた友達の顔と名前を頭の中で何回も復習しながら電車に揺られている。食事会が開かれるバイキングレストランは、ここから二駅先だ。


 駅に着いた電車の扉が開いて、新たに人が乗り込んでくる。と、その時、目の端で赤いものが揺れた。


「あっ!」


 思わず小さく叫んでしまう。それは何年も前に公園であった女の人が、リュックサックに付けていたものだった。

 何か名前があったはず。車内にヒントになるものがないか、きょろきょろ見回す。そして、優先座席の窓にいくつかの絵と、その赤いものが書かれていた。


――ヘルプマーク


 とあった。そう、確かにそんな名前だった。


『目印』


 と女の人が言ったのを思い出す。

 見た目にはわからなくても、援助や配慮の必要な方がいます、というようなことがヘルプマークの下に書き添えらていた。

 それを見た時、なぜかそわそわとした。



 僕は高校卒業後、地元のメーカーの営業職についた。

 自分では一生懸命やっているのに、商談の資料を忘れる、約束の日にちや時間を間違える、資料を最後まで、なかなか仕上げられない……散々な日々を送っている。

 僕ももしかして、誰かに援助を求めてもいいのではないか?

 今日だって、普通に振る舞うために、卒園アルバムで友達のことを予習して電車に乗っている。

 しなくてもいいことをしてしまったり、本来ならしなくていいことをしなければならない。

 僕は今まで、それが当たり前だと思っていた。僕はそうするべきなんだと。


 もっと力を抜いて生きていいんじゃない。


 心にそんな言葉が過ぎる。そっか。そうだよな。僕が苦手なことや上手くいかないことを人に伝えてみてもいいのかもしれない。

 そう思うとみんなに会うのが、余計に楽しみになってきた。

 僕が降りる駅名を告げる、アナウンスが流れた。

読んでいただき、ありがとうございました。

多様性に目が向き始めるようになってきた昨今、いろんな人がいていい、お互いを大切に認め合うということが自然にできる社会になってほしいと切に願います。

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