僕があなたに会いに来た理由
僕があなたに会いに来た理由
中島 美也子 屋上に立っている女性、成人済み
八咫 京 屋上にやってきた少年、17歳
健吾 京の知り合いの男性、おっさん
台本形式です。
改変・再配布や商業利用などはお辞めください。
使用した際はコメント等で書きこんでいただけると助かります。
健吾「最近、巷で話題になってること知ってるか?」
京「なんのことですか?」
健吾「知らないか、美しい女性がショッピングモールの屋上に突っ立ってるんだ、四六時中一人で。しかもここ数日毎日だ。不思議だろ?」
京「それは不思議ですね、一人屋上にいるなんてまるで・・・」
健吾「そう、まるで。」
ショッピングモールの屋上 女性が一人立っている。
美也子「・・・」
美也子「今日は人、少ないな。普段はもう少し多いんだけどな。」
美也子「よし、こういう日こそ、チャンスじゃん。今更怖がることなんて・・・」
美也子「・・・」
美也子「・・・よし。」
美也子、柵に手をかけ、登ろうとする。
京「何、されてるんですか?」
美也子「・・・!?」
美也子、振り返る。
京「ああ、すみません。急に声をかけてしまって。驚きましたよね?」
美也子「ええ、とっても」
京「ああ、冗談を言えるぐらいの余裕はあるんですね。」
美也子「驚いたのは本当なんですけど?」
京「それもそうですよね、すみません」
しばし無言
美也子「・・・」
京「今日は何しにここに?ショッピングとかですか?」
美也子「・・・いや、違います。」
京「そうですか。今日はお買い物には都合がいいんですけどね。ここのショッピングモール、普段は結構賑わって混んでるんですけど、最近空いてるんで助かってるんですよ。」
美也子「・・・そうなんですか。」
京「そうなんです。でも、あなたにはあまり関係ないのかもしれませんね。全く興味が無さそうですし。」
美也子「・・・おっしゃる通りです。」
京「そんなにかしこまらなくても。多分僕の方が年下ですし、もっとフランクに話してください。」
美也子「確かに制服着てますもんね。今日は平日ですよね?土日ならもっと混んでるし。学校はいいんですか?学生の本分でしょ?」
京「学校は今日は創立記念日で、休みです。なので大丈夫です。」
美也子「・・・」
京「どうかされました?」
美也子「そんなあからさまな嘘、信じると思いますか?」
京「え?いや、本当なんですけどね。」
美也子「制服」
京「はい?」
美也子「その制服、東常盤でしょ?母校なの、そこ」
京「ああ・・・」
美也子「3年間しっかり通ったけど、創立記念日は9月4日。今日はもう9月5日。」
京「・・・なるほど。これは、一本取られました。完敗です。」
美也子「分かったら早く学校に行きなさい。こんなところで油売ってないで」
京「・・・」
美也子「・・・何よ。」
京「あんまり、行きたくないんですよね。学校。」
美也子「なんで?」
京「僕、昔からよく虐められてたんです。小学生のころからずっと。」
美也子「え?」
京「地元の高校に進学してしまったこともあって、僕のことを知ってる人も多いんです。昔みたいに虐められてる訳ではないのですが、それでも若干居心地が悪いんですよね。クラスでも浮いてるというか、疎外感みたいなものを勝手に感じてしまっているんです。」
美也子「・・・そう、ごめん。」
京「という口実で、ただサボりたいだけなんですけどね?」
美也子「君、喧嘩売ってる?」
京「いやいや、そんな、滅相もない。」
美也子、一つため息をつく。
美也子「それで、本当は何をしに来たの?」
京「え?」
美也子「サボりに来た、だけじゃないんでしょ?」
京「どうしてそう思うんですか?」
美也子「なんとなく、じゃダメ?」
京「ダメ、って言ったらどうしますか?」
美也子「君って性格が悪いのかもね。モテないよ、女の子に。」
京「ええ、モテないですね、全く。」
美也子「・・・」
京「・・・」
美也子「ごめん。」
京「そんなマジな感じで謝られても困ります。」
美也子「うん、ごめんね。」
京「重ねないでください、僕でも傷つくことはあるんですよ?」
美也子、背中を向け、柵の方を見る。
美也子「勘違い、だったら悪いんだけどさ。」
京「はい。」
美也子「・・・君は、私に会いに来たの?」
京「・・・」
美也子「・・・どうなの?」
京「・・・どうして、そう思われたんですか?」
美也子「そりゃ変でしょ、屋上で女が一人ぼーっと突っ立ってたら。」
京「たしかにですね。」
美也子「だから来たのかなって。私を止める為に。」
京「・・・」
美也子「違う?」
美也子、振り返る。
京、少し考え込む。
京「ええ、おおよそは合ってます。僕はあなたに会いに来た。」
美也子「やっぱり。」
京「数日前、偶然見かけたんです。買い物に来た時に。だって不自然でしょ?屋上で女性が一人でずっと立ってるなんて。」
美也子「それは、そうね。」
京「だから気になったんです。何してるんだろうなって。」
美也子「・・・」
京「もし、良くないことをしようとしているのなら、止めようと思ってました。」
美也子「良くないことって?」
京「直接的な表現は控えさせていただきます。」
美也子「・・・」
京「怒らないでください。」
美也子「怒ってなんかない。」
京「そうですか、でもそうですね。強いて言うならば、苦しみからの逃避、ではないでしょうか?」
美也子「苦しみからの逃避、ねえ」
京「臭い言葉ですかね?でも、僕はそう思っているんですよ。」
美也子「実感がこもっているように感じたけど?」
京「ええ、昔少しだけですけど考えたことがあったんです。でも止められました。まだ早いって。」
美也子「そう。」
京「今思えば、早いって言ってるけど、じゃあいつならいいんだろうなって話なんですけどね。いつでもダメだろうと思うんですけどね。」
美也子「それは、どうして?」
京「んん?」
美也子「君はどうしてダメだと思うの?」
京「だって、悲しいじゃないですか」
美也子「悲しい?」
京「はい。僕はそう感じます。知り合いなら尚更、そう感じます。」
美也子「ふーん」
京「なんですか、少しだけ嬉しそうですけど。」
美也子「いや、別に。」
美也子「私さ、飛ぼうと思ってるんだ。もう分かってるとは思うけど。」
京「はい。」
美也子「でもさ、いざ来てみたらめちゃくちゃ怖くてさ。何度来ても、何回来ても怖くてさ、この柵の向こうに行くことすら未だ出来てない。怖いんだ。」
京「・・・当然だと思います。」
美也子「飛ぶことも怖いよ?でもそれ以上に忘れられることが怖いの」
京「はい。」
美也子「私、早い内に両親が他界しちゃってさ。母方の兄弟の家に預けられたんだけど、子供を養うのって大変だからさ、すごく疎まれたんだよね。」
京「・・・」
美也子「子供って敏感なんだよ。私自身も私の周りも。君になら分かるでしょ。」
京「ええ、とても」
美也子「友達も禄に出来ないし、家に帰っても居場所なんてないし。高校卒業したらとっとと自立しちゃおうって、自由に生きようってそう思ってたんだ。」
京「はい」
美也子「つまらなかった。苦しかった。何もなかった。そんな生活から脱却して私の幸せを掴むんだって、そう思ってたんだ。」
京「・・・」
美也子「だから、焦っちゃたんだ。」
美也子「知り合った男の人といい雰囲気になった。仲良くなった。私に愛してるって言ってくれた。私は生まれて初めて愛を感じた。生まれて初めて幸せだった。生まれて初めて、生まれてよかったとそう思った。あの時までは。」
京「・・・」
美也子「仕事から帰ってきたら知らない靴が置いてあった。見るからに女性用の靴だった。友達くらいいるしねって、そう思いながらもさ、私、彼女なんだから事前に連絡とか欲しかったなとか思ってたんだ。でもそういう話をしてなかった私も悪かったかなとか思いながら、リビングに入ったら・・・」
京「・・・もう、大丈夫ですよ。」
美也子「はぁ・・・はぁ・・・」
京「これ以上、辛いことを話さなくても大丈夫です。大丈夫ですから。」
美也子「・・・気づいたら、ここに居た。生まれて初めて、死にたいって思った。」
京「・・・辛いことがあったんです。仕方ありませんよ、そう思うのも。」
美也子「君は分かってくれるんだね。」
京「心の痛みは、他の人より理解出来ているつもりです。全てを分かっている訳ではないですけど。」
美也子「おかしいな」
京「え?」
美也子「今日も飛ぼうと思って来たはずなのに、今はあんまり飛ぼうって思わなくなってる。」
京「・・・」
美也子「君に会えたからかな?」
京「そんな、僕は何もしてませんよ?」
美也子「私に会いに来る為に学校さぼったのに?」
京「うぐ・・・」
美也子「それを創立記念日だーって分かり易い嘘までついたのに?」
京「ぐっ・・・」
美也子「ふふふ」
京「もう、勘弁してください。」
美也子「(笑う)うん、勘弁してあげる。」
京「ありがとうございます。」
美也子「なんか、スッキリしたよ。少しだけかもしれないけど。」
京「はい」
美也子、伸びをする。
美也子「そろそろ、帰ろうかな。」
京「・・・」
美也子「わざわざありがとうね。私に会いに来てくれて。」
京「・・・」
美也子「どうしたの?急に黙りこくっちゃって。」
京、うつむいたまま無言
美也子「おーい、君、話を・・・」
美也子、京の目の前で手をブラブラしようとする。
美也子「えっ・・・?」
美也子、自分の手がうっすらと消えかかっていることに気付く。
美也子「なに、これ?手が、透けてる?」
京「・・・ごめんなさい。」
美也子「え?」
京「実は、嘘なんです。」
美也子「いや、今は創立記念日の話よりこっちの・・・」
京「違うんです!」
美也子、驚く
京「嘘は、全部です。」
美也子「ぜ、んぶ?」
京「今日あなたに合ってから話したこと。そのほとんどが、僕は嘘で話してたんです。」
美也子「どういうこと?」
京「中島 美也子さんですよね?」
美也子「え、はい。あれ?私、名前言ったっけ?」
京「あなたのことは最初から知ってました。名前も含めて。いや、少し違うな。僕はあなたと会ったことがあるんです。今年の、9月5日に」
美也子「9月、5日。何言ってるの?9月5日って今日じゃない」
京「今日は9月15日です。」
美也子「え?」
京「その日は、9月5日は、中島美也子さん。あなたがこのショッピングモールの屋上から飛び降りた日です。そして僕が初めてあなたに会ったのは、あなたの・・・」
美也子「う、そ」
京「あなたは、もう既に目的を果たしていたんです。苦しみから逃げ切ってしまったんです。」
美也子、茫然とする。
京「しかし、美也子さん。あなたは苦しみに後ろ手を掴まれてしまった。あなたはここから飛び降りた。でも何かが心残りだった。だから飛び降りた後もこうして飛び降りる為に屋上にいる。僕はあなたを救いに来たんです。苦しみから逃げ切る為に、あなたを成仏させに来た。それが僕があなたに会いに来た理由です。」
美也子「・・・」
京「ごめんなさい、最初から全部知ってたんです。あなたの身の上も、名前も、心の傷も、全て。だけど確認する必要があった。あなたは何に苦しんだのか、今もなお何に苦しんでいるのか。それを知らなければあなたを救うことが出来ないから。」
美也子「・・・」
京「少し、昔話をしてもいいですか?」
美也子「・・・え?」
京「今日の僕は嘘つきです。でも本当のこともいくつかあります。僕が、小学生のころ虐められていたことです。僕は他の人と少し違う特徴がありました。それは、幽霊が見えることです。」
美也子「幽霊が、見える?」
京「子供って敏感なんですよね、本当に。何もない場所に楽し気に話かけていたり、何にもない道を異様に怖がったり、気味の悪い子供だったんです。そしたら瞬く間に、僕は一人になりました。」
美也子「・・・」
京「孤独は本当に辛いです。誰からも必要とされていない苦痛は耐えがたいものがありました。だから僕も飛ぼうと思ったんです。もう嫌だと、こんな世界からオサラバしてやるんだって、家にあった包丁でね、自分を刺そうと思いました。その時です、見ていた両親が強い力で僕を止めたんです。」
美也子「親が、ね」
京「そして、こう言ったんです。京、お前にはまだ早いって。」
美也子「・・・・・・もしかして」
京「ええ、両親は、子供のころに亡くなってます。」
美也子「(驚く)」
京「僕は嬉しかった。、記憶にほとんどない、写真でしか見たことがない両親が会いに来てくれたんだと。安心して眠ったらもういなくなってました。そしてもう一度、両親の死を痛感しました。人生で一番泣いた日です。」
美也子「・・・」
京「だから、美也子さんのことを知った時、僕は他人事に感じれなかったんです。どうにかしてあなたを助けようと思ったんです。この世界における未練を無くす為、そして次の世界が少しでも幸せなものになるように。」
美也子「君は、私を、助けてくれるの?」
京「そのつもりで来ました。似たような境遇の美也子さんを見過ごせないとね。」
美也子「そう。確かに君だから、君と話せたから私の身体は消えかかっているんだろうね。」
京「心のどこかでこの世界への未練が無くなったから成仏をしようとしているんだと思います。」
美也子「はぁ。」
京「・・・ごめんなさい。騙してしまって。」
美也子「違う。」
京「・・・え?」
美也子「飛ぼうと思ってたのにさ、飛びたくなくなっちゃったじゃない。君みたいな人ともう少し早く出会ってたらって、そう考えちゃうよ。私のことを理解してくれる人、私のことをちゃんと見てくれる人。どうして飛んだ後に出会うんだろうね。やっぱりこの世界は残酷だ。」
京「そうかもしれません。でも・・・」
京「最後にそういう人物に出会えた幸福もまたこの世界の事実です。」
美也子「・・・それは本当なのかもね。」
京「はい。」
美也子「飛び降りたからこそ出会えたんだもんね、そこが違ってしまったらこの出会いはなくなっちゃうんだもんね。はぁ、まるで私の人生だ。思うように進まない。」
京「それは、冗談でいいんですか?」
美也子「うん、そうだよ、ジョークだね。」
京「笑いにくいジョークですね。」
二人、笑う
美也子「・・・」
京「・・・」
美也子「そろそろ、かな」
美也子、身体が消えかかっている。
京「そうですね、お別れです。」
美也子「私、君と会えてよかったよ。もう少し前に会いたかったのも本当だけど、会えたことが何よりよかった。だから、良しとしておくよ。」
京「ええ、僕も美也子さんに会えてよかった。」
美也子「ねえ」
京「はい?」
美也子「君、名前は?私のだけ知られてるのはさ、不公平じゃない?」
京「確かに、そうですね。京、って言います。京都の京です。違う読み方をすればミヤコですね。」
美也子「京、ミヤコ。なるほど、確かに。」
京「少し、運命的ですね。」
美也子「・・・」
京「あれ?」
美也子「君、モテないでしょ?」
京「なんでもう一度傷を抉ったんですか?」
美也子「ああ、やっぱりそこは嘘じゃなかったんだ。」
京「・・・」
美也子「ふふ、ごめんごめん。」
京「笑いながら謝らないでください。」
美也子「確かに、失礼だね。」
京「・・・」
美也子「京」
京「はい」
美也子「あなたに今日ここで会えたこと、あなたが会いに来てくれたこと、本当に嬉しかった。私の人生の最期に、幸せな記憶をくれて・・・」
美也子「(笑顔で)ありがとう。」
美也子、成仏し消える。
京「・・・」
京、空に手を振る。
健吾、屋上に入ってきて、京に近づいていく。
健吾「終わったのか?」
京「ええ」
健吾「いつもすまないな。」
京「今回は情報提供頂いてたのでお互い様じゃないですか。」
健吾「いつもと違ってお前から、資料を寄越せって言ってきたからな。よほど思うところがあったんだろ。どうだった?彼女の最期は?」
京「ええ、笑顔でした。とても素敵な。」
健吾「そうか」
京「また、どこかで。」
京「数日後、健吾さんから連絡があった。屋上の幽霊の噂は最近無くなってきたらしく、ショッピングモールには活気が戻りつつあるそうだ。あの人が居なくなったおかげで、ね。」
京「彼女は最後本当に幸せだったのだろうか、僕には分からない。ただ僕が願うのは彼女の幸せだ。この世界で得られなかったものを来世では手に入れてくれることを願っている。来世なんてあるのかって?・・・あるよ、きっと。彼女と僕を最期に引き合わせてくれた世界だ。そこまで残酷じゃないって僕は信じてるから。」
終わり
ご覧いただきありがとうございました。
今作が私の処女作となります。
今後も投稿はしていきたいなぁと思いつつ、現在右往左往している最中でございます。
出来ればではありますが、今作はシリーズ化していきたいと考えておりますので、よろしかったらご覧ください。