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悪魔の足ー麻子と真司の物語短編ー

作者: 村松希美

 「今日の授業はここまで」


 チャイムが鳴るとともに、今日の最後の数学の授業が終わった。


 麻子は教科書をしまおうと、カバンを開けた。教科書やノートに混ざって、赤い袋が見えた。


 「いよいよよ!」

 麻子は袋を少し見て、周囲を見た。本日2月14日、stバレンタインデーは、いつもの雰囲気とは違う。朝から、男子も女子もみんな心ここにあらずという感じだったが、放課後は、教室全体が、ますます、そんな、そわそわした感じだった。


 終わりのHRは、麻子の心は、完全に1年D組の教室には存在しなかった。HRが終わると、麻子の足は、真司の教室1年A組に向かった。カバンを握りしめて、ドキドキしながら。


 麻子の頭の中は、真司にチョコを渡すことばかり。でも、渡すところをイメージするのだが、中々、確かなイメージは湧き上がって来なかった。


 とにかく、渡すのよ!


 麻子の頭の中は、それ以上のことが思い浮かばないくらいいっぱいだった。真司とは図書室でいつでも会えると思っていたので、麻子は図書室に急いだ。


 「今日は、バレンタインデーよね」

 「二宮、仁川君にチョコ渡すのかな?」

 綾乃と理香が麻子を目で追いながら、ひそひそしていた。


 「後をつけよう!」


 麻子はそんなこと思いも寄らずに、図書室の中に入って行った。


 ー☆ー


 真司は、まだ来ていないようだ。


 あとは、チョコを渡すだけ。


 と少し安心したように、麻子は窓際のいつもの席に座った。


 いつもの席は、真司が窓の外が見える側で、麻子が入り口の方が見える側だった。


 放課後、図書室に来る生徒は少ないので、安心した気持ちで、麻子は、そちら側に座った。


 麻子が入り口の方を見ていると、綾乃と理香が入ってきた。


 麻子は目を疑った。この2人が放課後に図書室に現れるのは、今までになかったから。


 まさか、つけられたの?


 麻子は咄嗟に目を伏せ、自問自答した。頭の中はパニックで、何も良い考えが浮かんでこなかった。


 真司が来たら……。図書室では会えなくなる。


 ー☆ー


 真司はHRが終わると、真っ直ぐに図書室に向かった。勿論、今日が何の日だか分かっていた。


 年末のことがあったので、少し期待していたが、不安もあった。


 あの時の帽子は、お礼……?


 ただのお礼なら、今日に期待してはいけないと、弾む心を抑えた。


 廊下や中庭で、チョコを渡すシーンを何度か見かけた。


 俺はどうだろう?


 って、そのシーンを見ながら、ワクワクしたり、不安になったり、全く落ち着かなかった。


 ー☆ー


 図書室に着くと、麻子の姿がすぐ目についたが、何だか様子が変だった。いつもの元気な麻子とちがい、何かにオドオドと怯えているような。


 真司は、咄嗟に図書室の周囲を見回すと、綾乃と理香の姿が目についた。


 そうか、そういうことか。


 真司が図書室の入口から遠ざかろうとすると、


 「仁川君」


 と、後ろから声が掛かった。真司が後ろを振り向くと、ショートボブと髪を2つに分けてくくった2人の女子生徒がいた。


 髪を2つにくくった女子の方が、後ろから、ピンク色の包みを差し出した。


 「えっ?、俺に」


 真司は想定外のことに驚いた。こんなことは考えてもいなかったから。


 でも、泣きそうな女子生徒を見て、その包みを受け取った。


 その2人組の女子生徒は、真司がチョコを受け取った瞬間、逃げるように走り去って行った。


 受け取るのは仕方がないよ。みんな、想いがこもっているのだから。後から、断ればいい。でも、麻子は……。今の見てた?


 麻子は(うつむ)いていたが、廊下からの「仁川君」という声で、真司が図書室に来ようとしていたことや、真司が後輩からチョコを受け取っていたことに気づいていた。


 でも、綾乃たちが近くにいるプレッシャーや真司にチョコを渡した、自分は知らない女子生徒のことやこれからのことを考えると身体は堅くなり、心は暗い穴に沈んで行くようで、何も考えられなかった。


 ただ、チョコを真司に渡すだけなのに、どうして、こんなことになるの?


 麻子の胸に浮かんでくる想いはこのことだけだった。


 麻子が顔を上げると、綾乃と理香が、面白いものでも見るかのように、麻子を嘲笑して、去って行った。でも、麻子は、しばらく、そこから動けなかった。


 麻子が気がつくと、司書の女性が図書室を閉める準備をしていた。麻子は促されるままに図書室を出て、帰路についた。


 ー☆ー


 バスに乗り、沈んだ心で、カバンの中の真司に渡そうと思っていたチョコを見ていると、涙がひとすじ、ふたすじと、止めどもなくあふれてきた。


 どれくらいそうしていただろうか。乗内アナウンスに気づき車窓から外を見ると、辺りは一面真っ白な銀世界になっていた。


 バレンタインデーに雪がこんなに降るなんて!?


 少しの慰みにはなったが、麻子の心は晴れなかった。


 ー☆ー


 家の近くの桜ヶ丘一丁目になったので、前を見る元気もなく、俯いたままバスを降りた。


 「遅いぞ!!」


 「えっ?」


 麻子が顔を上げると、そこには、かなり雪に濡れた真司が立っていた。


 「何で?、何で真司がここに?」


 真司は、ただ、このバス停で麻子を待っていることしか頭になかったので、一瞬黙り込んだ。


 俺、何やってんだ。こんなことして、麻子がチョコをくれるかどうかもわからないのに。


 「えっ、その、ホームズのことで。……、ホームズにバレンタインの頃の話はないんだ」


 バレンタイン? 真司?


 麻子は、カバンを開けて、チョコの包みを握りしめた。真司は続ける。


 「バレンタインに近い頃の話はいろいろあるけど。アベイ農場と悪魔の足」


 桜小路さんがいたこと、真司、気づいていたの?


 「あの、これ、真司に!」


 麻子は、これ以上言葉が出なかったので、チョコの赤い包みを強く握りしめ、真司に差し出した。


 真司はとにかく受け取った。嬉しすぎるくらい嬉しいのだけど、さっきの女子生徒たちとは違い、すぐに言葉にはならなかった。


 「ありがとう」

 麻子が先に言った。


 「ずっと、待っててくれて、ありがとう」

 もう1度、麻子は心から感謝を込めて言った。


 「1番欲しかったチョコは、これなんだ」


 真司はそういうと、なぜだか、そっぽを向いた。自分でも、どうして、そんな態度をとったのか分からなかった。


 「えっ?」


 その言葉に、麻子の心が風船に空気が入って行くように、温かいものが広がっていくようでだったが、真司がそっぽを向いているので、何だかよく分からなかった。


 2人は黙って、滅多に積もらない雪の道を踏みしめながら歩いた。


 2つの足跡は、重なるように続いた。




        ー了ー






 

 読んでいただき、ありがとうございます。バレンタインデーに雪が積ったことにヒントを得て、創作しましたが、暑い夏に少しは涼しくなったでしょうか?


 本編のタイトル「悪魔の足」 は、ホームズ正典の短編からいただきました。内容はまるで違いますが。



① シャーロック・ホームズ未来からの依頼人ー麻子と真司の時空旅行ー(シャーロック・ホームズパスティーシュ長編)


② 青いガーネット(クリスマス短編)


③ 悪魔の足(バレンタインデーの短編)


④ 青いガーネットの奇跡(学園もの長編)


⑤ ドキドキサマーデート(夏休み短編)


⑥麻子と真司の物語(四季折々のショートショート)



⑥以外は完結投稿済みです。⑥は不定期投稿連載中です。



の、シリーズの順になります。


 感想、評価、ブックマークをいただけたら、ありがたいです。


よろしくお願いいたします。

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