命を巣食う
看護師のれいは、地方の古い病院に勤務していた。病院は小さく、患者も少ないが、その夜勤は特に静かで、いつも不気味な雰囲気が漂っていた。
ある夜、れいは夜勤中に偶然、病院の倉庫で古い書類の山を見つけた。興味をそそられた彼女は、倉庫の隅で古い患者記録を見つけた。その中には、二〇年以上前に亡くなった患者のカルテがあり、詳細な治療記録が書かれていた。しかし、その記録には奇妙な点があった。全ての患者の死因が「心不全」とされており、同じ医師の署名が記されていた。
「こんなに多くの心不全患者が一度に出るなんておかしい…」れいは疑念を抱き、その医師の名前を確認した。そこには「Dr.井上」と書かれていた。しかし、現在この病院にその名前の医師はいなかった。
れいはさらに調査を進めることにした。翌日、病院の古参看護師である田村さんに話を聞いてみた。
「田村さん、この病院にDr.井上という医師がいたことがありますか?」れいが尋ねると、田村さんの顔色が変わった。
「井上先生のことは誰も話したがらないわ。二〇年前に何か恐ろしいことがあったみたいで、それ以来彼の名前は禁句になったの。それに…」
田村さんはためらいがちに続けた。
「井上先生は遺体として見つかったのよ。原因は心不全だったらしいわ」
恐怖に駆られつつも好奇心を抑えられなかったれいは、夜勤が終わった後、病院の地下にある古い倉庫に潜り込んだ。暗闇の中で古いファイルを探していると、ついに井上先生に関するファイルを見つけた。
そこには、井上先生が担当した患者たちが次々と亡くなっていく記録が残されていた。しかし、そのファイルの最後のページには、「井上医師による不正行為の疑い」と書かれており、彼が不審な治療を行っていた可能性が示唆されていた。
その瞬間、部屋の電気が突然消え、れいは闇に包まれた。懐中電灯を取り出し、周囲を照らすと、目の前にぼんやりと人影が浮かび上がった。それは白衣を着た年配の男性だった。
「君はここで何をしているんだ?」その声は冷たく響いた。
「あなたは…井上先生?」れいは震えながら尋ねた。
「そうだ。そこで何をしている?」井上先生の顔は無表情だったが、その目は冷酷な光を放っていた。
れいはパニックだった。「だって井上先生は亡くなったはずじゃ…」次の瞬間、れいは何かに背中を押され、倒れ込んだ。井上先生は彼女に近づき、冷たい声でささやいた。「ちょうどいい」
その後、れいは何が起こったのか覚えていない。気がつくと、病室のベッドに横たわっていた。
「れいさん、大丈夫?」と田村さんが声をかけてくれた。「あなた地下の倉庫の中で倒れてたのよ」
数日後、れいは恐怖を覚えながらも何かに追い立てられるかのように井上先生のことを調べ始めた。
井上先生は、二〇年以上前にその病院で勤務していた内科医だった。彼は当時、病院内で非常に尊敬されていた名医として知られていたが、実際には多くの謎に包まれていた人物だった。
井上先生は優れた技術と豊富な知識を持っており、多くの患者を治療していた。しかし、彼の治療法にはしばしば疑問が持たれていた。彼は実験的な治療法に熱心で、いつか必ず不老不死の人間を作ってみせると豪語していた。そしてそれを試すために患者に対して危険な治療を行っていたと噂されていた。
井上先生が担当する患者たちの間で、心不全による死亡が相次いでいた。当時の病院の記録によれば、彼が担当した患者の中には、比較的軽症であったにもかかわらず突然亡くなるケースが多かった。特に、特定の薬剤を使用した後に急速に病状が悪化するパターンが見られた。
病院の上層部は、井上先生の不審な行動に気づいていたが、彼の名声と病院の評判を守るために、問題を隠蔽することを選んだ。彼の医療ミスが公にされることはなく、井上先生はそのまま病院での地位を維持し続けた。
しかし、ある日突然、井上先生は亡くなってしまった。原因は田村さんの言う通り心不全によるものだった。あまりにも唐突で不審な井上先生の死は、病院内に衝撃を与え、一部のものには亡くなった患者達の呪いなのではないかと噂されていたようだ。
「でもどうしてあのとき井上先生が…」
れいはもう一度あの倉庫に行かなければならないと感じた。それは以前のような好奇心ではなく使命感にも似た感情だった。
次の夜勤の際、れいはもう一度使われていない古びた倉庫に入った。しかし以前のように井上先生が現れることはなかった。そしてれいは嫌な予感がした。「まさか…」
その後のれいは井上先生のことを調べることをやめ、淡々と看護師としての業務を全うしている。