⑥ 手下を作ろう
「聖女さま! おかえり」
部屋に戻ると、ごちそうの山が見えた。
テーブルの横で、青い鳥の精霊がにこにこしている。
「ルリ! さすがね。私の好きなリンゴパイにチェリーケーキ!」
小さいテーブルの上に並んだスイーツに歓声をあげる。
「一生懸命探してきたよ。このリンゴパイは貴族の館から盗んできたんだよ」
「よくやったわ!」
ちょっとだけ、盗むことに罪悪感はある。
でも、このお皿に描かれてる紋章は、レドリオン家のものだわ。
じゃあ、いいわよね。
書類上の祖父の家には、何度か招かれたけど、私にはお茶すら出してくれなかったんだから。
「おいしい! 久しぶりよ。デザートなんて」
「人間って変なものを食べるね。僕は肉食だから、こんな甘いものは、オエッだよ」
100年前に習ったマナーで、優雅にスイーツを口に運ぶ。でも、ルリに返事をする暇もないくらいすばやく胃におさめた。
「聖女さまの神聖力で、ぼく、すごく元気になったよ。魔物蜘蛛を10匹も食べちゃった。でも、人間ってほんとに弱いよね。あんなよわよわな魔物が出たぐらいで、大騒ぎ。笑っちゃった」
「……魔物蜘蛛が王都に出るの?」
精霊の結界は王都を中心に広がる。ここに魔物が出るはずはないのに……。
「うん。たくさんいるよ。結界は、いっぱい壊れちゃったね」
私が犠牲になって守った結界は、不完全なのね。でも、きっと大丈夫。国民は精霊の力なしで生きる方法を学んだはずよね。文明は進歩しているわ。
だって、こんなにおいしいスイーツは、100年前にはなかったもの!
ぺろりと皿の上の料理を片付ける。
あ、おなかが痛くなってきた。
粗食で生きてたから、こんなおいしい物を急に食べたら、おなかに悪いわね。
≪治癒≫
心の中で呪文を唱える。これでよし。治った!
「ルリ、食器を元の場所に返してきて。誰か来るみたい」
廊下で足音が聞こえたので、精霊に命じてから私はいつもの椅子に座る。人形姫は、いつも窓際の椅子に座ってじっと動かないのだ。
扉がノックされて、返事も聞かずに開かれた。
「食事の時間でーす。あれ?」
ベッドに寝てると思った私が、椅子に座っていたので驚いたようだ。
若いメイドは、持ってきた食事をテーブルに置いて、近づいてきた。
「もう起き上がれるの? めんどくさいから着替えはしなくていいですよね。食器は、明日の朝ごはんの時におさげします。じゃあ失礼しまーす」
いつものように義務的な挨拶をしてから、メイドは背を向けて出て行こうとする。私は彼女の紺色のワンピースの裾をはしっと掴んだ。
「ひぃっ!」
急に私が動いたことに驚いて、メイドは悲鳴を上げる。
「お待ちなさい」
「いやー! 人形がしゃべった?!」
失礼なメイドね。
使用人の無礼な態度にむっとするけれど、今の私の立場なら仕方ないのかもしれない。世話をするのが侍女じゃなくて、平民のメイドっていうのもね。
「私の質問に答えなさい。マリリン」
「え、どうして、私の名前を?」
半年前から私の担当になったメイドのマリリンは、今までの侍女よりはマシだった。必要な世話しかしないところがね。
それまでは、飲み水が濁ってたり、入浴時には冷水を頭からかけられたり、手足をつねられたり。憂さ晴らしのような嫌がらせをする侍女が付いていた。でも、その侍女が結婚を機に仕事をやめてから、この平民メイドが代わりに世話しに来た。
「知ってるわよ。あなたはお金が欲しくて、清掃メイドをしながら、副業として私の世話係をしているんでしょう」
「は、はい。あ、私が愚痴ってたことが聞こえてたんですね。人形だと思ってたのに」
そう。彼女は、私がぼうっと意識を飛ばしている時に、一人でぐちぐちとつぶやいていた。実家の借金を返すために必死で働いてるとか。「恋愛なにそれ? 貧乏人にはそんな暇ないっての」とか。「働きすぎて死ぬ。でも、金がないから働くしかない」とか。
「ああ、もう、これだから。侍女様からは、生きた人形の世話をするだけの簡単で安全なお仕事ですって言われてたのに。もうっ。また、うまい話に騙されたってこと? 人形じゃないじゃん」
失礼なメイドはピンク色の髪をガシガシとかき回してから、頭を下げた。
どうやら、私の世話を命じられた侍女の代わりに仕事をして、小金をもらっているらしい。
無礼な平民なうえに、頭も悪そうね。
でも仕方ない。他にはいないから、彼女を手下にしましょう。
「おまえに仕事を与えます。私のドレスと靴を用意なさい」
「へ? 無理ですよ」
私のごく簡単な命令すら、このメイドは聞く気がないらしい。
ちょっとイライラする。
「なぜ?」
「なぜって、分かってます? 王女様の予算はないんですよ。会計書類の計算を手伝ってますけど、そもそも王女様用の予算は計上されてません。人形には必要ないからって」
人形、人形って。なによ。もう。
「でも、わたくしはこの国の王位継承者よ。国を代表する者として、国民のために、王女にふさわしい装いをする必要があるわ。予算をもらってきてちょうだい」
「はあ?」
メイドは、ぽかんと口を開けた。
「そうね。平民のあなたには無理でしょうね。国王に面会予約をしてちょうだい。急いでね」
でも、メイドのマリリンは立ったままで動こうとしない。
早くしなさいと手をふって急かすと、彼女はあきれたように肩をすくめた。
「無理だと思いますよ。王様は王女様にはぜんぜん興味ないですし。それに、そもそも、王家は借金ばかりで、うちよりずっと貧乏です。王女様のドレス代は出せないです」
「……貧乏?」
「はい。ものすごーく貧乏です。私たちの給料も、貴族の家から借金をして払ってるそうですよ」
まあ!
なんてこと。
国だけでなく、王家も借金だらけなのね。
宝物庫のからっぽの宝箱を思い出す。
あの中に宝石が残っていたらいいのに。
あ、待って。
「ねえ。これは売れる?」
私はさっき作った治癒石をワンピースのポケットから取り出した。
「!これは!!」
手のひらの上に置いた銀色の石を見て、マリリンは固まった。
「治癒の石よ。手足の再生ぐらいならできるわ。頭部は生えてこないけれど。あと、死んだ人は生き返らないわね。それはちゃんと売る前に伝えてね。でも死にかけなら有効よ」
私の神聖力は100年の間に熟成されてるもの。以前作ったものよりは効果はあるはずよ。
「もしや、もしやこれは、100年前に聖女フェリシティ様が作られたと言う伝説のレアアイテムでは!?」
「え?」
それは、ついさっき作った治癒石だわ。でも、100年前も、たしかに作ったわね。精霊界に行く前に、国民のために。あわただしかったから30個ぐらいしか作れなかったけど。
「すごいです! しかも、これ完成度高い! 純度120%じゃないです?! 神聖教国の聖女が作ってるのは、白くて濁ってるのに。なにこれ? 銀色! さすが聖女フェリシティ様の遺産!!」
急に饒舌になったマリリンがしゃべり出す。
「なんってお宝! ああ、売るなんてもったいない。私の一生の宝物に、あああ、でも、これを手に入れるためには、後どれくらい借金すればいいの?!」
「ちょっと、ねえ、落ち着いて?」
「聖女フェリシティ様の治癒石!! ああ、王女様は知ってますか? そういえば王女様もフェリシティってお名前ですよね。しかも血縁者。私は、この副業するって決めたのは、聖女様の血筋で、同じ名前ってとこに運命を感じたんですよ。私の歴史人物イチ推しの聖女様(子孫)にお仕えできるなんてって。まあ、現実は、聖女様と程遠い人形姫でがっかりしたんだけど……」
最後の方、小さくつぶやいてるつもりだろうけど、全部はっきり聞こえてるわよ。
私は、マリリンを落ち着かせようと、ポケットから治癒石を追加で5つほど取り出して、手のひらに乗せた。
「!!」
目を見開いて驚くマリリンに告げる。
「これを売って、代わりにドレスを買ってきてちょうだい。いいわね」
マリリンは頭をこくこくと動かしてうなずいた。
「私に仕えるのなら、この聖女フェリシティの治癒石を一つあげてもいいわよ」
返事の代わりに、キラキラしたこげ茶の目で見上げるメイド。
私は手下第一号を手に入れた。