㉙ 精霊界
「で、なんで精霊界なの?!」
エヴァン王国の結界を抜けて、どこにだって行ける。
それなのに、ルリが私を転移させたのは、精霊界だった。
100年の間、ずっと囚われていた小さな部屋の中。
「ルリ! どこに行ったのよ。説明して!」
冗談じゃない。せっかく自由になれたのに、なんでまたここに戻ってくるの?
部屋の中は、出て行った時と変わらない。大きなベッドとクローゼット。小さなテーブルに一つだけの椅子。
出て行った時のまま、やりかけの刺繍が置いてある。そして、棚からあふれる本。
金色の卵だけがない。
「たまごちゃん。もしかしてエヴァン王国に来てないよね」
私はもう、あそこに帰るつもりはないのに。
外から鍵を掛けられている扉を恨めし気に見ていると、後ろから声が聞こえた。
「フェリシティ! やっと会えた」
この声は……?
アスラン様?
夢で聞いていた大好きな声。
私は今も、夢を見ているの?
ドキドキしながら振り向いた先には、アスラン様とは似ても似つかない人がいた。
ううん、人じゃない。
金色の髪に、金色の瞳。そして背中には、大きな金色の翼。
神々しい美しさを持つ。彼は、
「精霊王?」
カルミラに一目ぼれして、彼女を伴侶に選んで、そして死んだ精霊王に少しだけ似ている。
顔立ちは違うけど、金色の光は同じだ。
でも、あの精霊王は青年の姿をしていたのに、今、目の前にいるのは、少年だった。
ああ、たまごが孵ったのね。
新しい精霊王が誕生したんだ。
「フェリシティ。約束だよ。さあ、僕と結婚して!」
キラキラした美貌の少年は、意味不明なことを言った。
「は?」
なにそれ? 約束って何? 結婚?
先の精霊王は、カルミラと結婚の約束をしたけど、そのせいで死んだ。
そんな恐ろしい性質の精霊となんか、結婚するわけない。
「ずっと一緒だって約束したよね。いっぱいキスだってしたよ。僕のことを愛してるって言ってくれたじゃないか」
「そんなこと言ってませんけど」
私が愛しているのは、今も昔もずっとアスラン様一人だけよ。
「言ったよ! 生まれ変わっても、ずっと一緒だって誓ったよ! なんでそんな意地悪言うのさ」
生まれ変わっても一緒?
精霊の愛が重いのは知ってるけど、そんなこというわけない。
私が生まれ変わっても一緒にいたいのは、
「……アスラン様?」
「そうだよ! 僕のここには、アスランの魂があるんだ!」
美少年は自分の胸を指さした。
「アスランの魂は、フェリシティへの愛であふれてたんだよ。僕は、それを取り込んで生まれて来たんだ。だから、僕は君の運命の相手だよ!」
精霊王の中に、アスラン様の魂があるの?
どういうこと?
「アスランは、精霊王の石像の前で、焼身自殺したんだ。君の所に行きたいって願って。だから、アスランの魂は、精霊界に飛んで来て、君のそばにあった卵の中に入って、僕と融合した。僕は精霊王で、そして、君のアスランだよ!」
めちゃくちゃな話だ。アスラン様は、精霊王の中にいるというの?
すぐには信じられない。
でも……。
夢の中での彼は……。
「アスランは、卵の中でずっと君といられて幸せだったんだよ。まあ、アスランは僕でもあるんだけど、僕の一部はアスランでできていて、それでいて、僕は精霊王で、で、たまごちゃんなんて呼ばれて、君のぬくもりを感じていて。とにかく、僕は君が大好きなんだ。だから、僕と結婚して!」
金髪の美少年は、ぐいぐいと私にせまってくる。
ちょっと、待って。
頭が働かない。
精霊王がアスラン様?
だって、全然ちがうじゃない。
大好きだった青銀の髪も、紺碧の瞳もない。
それに、アスラン様は、こんな子供みたいなこと言わない。子供じゃないから。アスラン様と似てるところなんて、全然ない。
「さあ、早く。結婚して番になろう!」
私に抱きつこうとする美少年から逃げて、助けを呼んだ。
「ルリ!」
青い鳥が現れる。口には何か緑色のものをくわえていた。
「なんだよ。鳥精霊。邪魔をするな」
精霊王は乱入者に顔をしかめた。
「ぴぃ」
ルリは、くちばしに挟んでいた緑の生き物を、精霊王の前に放り投げてから、小さく鳴いた。
ひっくり返って、バタバタと短い足を動かしているのは、小さなミドリガメだった。
「ああ、そいつをつかまえてきたのか」
「王さま~」
青い鳥は、少年の姿になり、精霊王の前にひざまずいた。
「今まで、フェリシティの護衛ご苦労だった。今後は僕が守るから、おまえは好きなだけ魔物を食べに行っていいよ」
「はーい。カメも食べていい?」
「それは食うな。同族を食べたら腹を壊すぞ。適当に遊んでから放り出せ」
「りょうかーい」
ルリは再び鳥の姿に変わって、逃げる亀を追いかけた。そして、くちばしでつついてひっくり返す。
ちょっと、今そんな場合じゃないけど、亀をいじめるのは、やめてあげて。弱いものいじめは、かわいそうよ。
「あれは宰相だよ」
「え?」
ルリに声を掛けようとしたら、金髪美少年にとめられた。
「フェリシティを僕から引き離すという大罪を犯したからね。力を取り上げて、元の姿に戻してやったよ」
「これが精霊宰相なの? 元の姿って……」
亀なの? それもすごくちっちゃい。あの冷たい美貌の宰相は、ミドリガメの精霊だったの?
「長生きして力をつけただけの精霊だ。今まで、精霊界を好き勝手に牛耳っていた。先の精霊王も、彼の教育のせいで、世間知らずに育ったから、あんなふうに死んだんだ」
うん。先の精霊王は、カルミラの演技にあっさりと騙されるほど純粋だった。
「僕は違うよ。アスランの魂が、人間の知識を持っていたからね。人族の狡猾さをしっかり学んだよ。だから、僕の敵になりそうな精霊は、全部、さっくり始末しといたよ」
金色の精霊王は、キラキラした金色の瞳で私を見た。
「さあ、結婚しよう!」
うっ……。
本当に、アスラン様なの?
姿も、口調も、考えも、何もかも違うけど、これはアスラン様といえるの?
「もう、仕方ないなぁ。ほら、これでどう?」
金色の美少年は姿を変えた。
私の大好きだった青銀の髪の青年に。
ひざまずいて、深い湖のような紺碧の瞳で私を見つめるのは、
「! アスラン様!」
「僕と結婚してくれるね。フェリシティ」
「はい!」
思わず返事してしまった。
だって、いつも夢で見ていた大好きなアスラン様だもの。
「うん。よかった。これで君は精霊王の花嫁だ。ずーっと一緒だよ!」
こうして、私は精霊王の伴侶となり、幸せに暮らしました。
って、これでいいの?!
あと1話で終わります。次がエピローグです。




