㉘ 婚約破棄
今日は婚約者とのお茶会だ。
どうせ、カレンとイチャイチャしてるだろうけど、仕方ないから行ってみる。
離宮の庭は、あちこち掘り返されて穴が開いていた。
私が見つけたことになっている結界石を探すのは、ようやくあきらめたようだ。これだけ掘り返しても、見つけられないものね。
「遅いぞ!」
アーサーとカレンが並んで私を待っている。
珍しい。今日は遅刻しなかったのね。
テーブルには、二人分のお茶の用意がしてある。そして、二脚だけ用意された椅子に座って、二人は親密そうに笑いあっていた。
私の場所なんてないじゃない。もう帰っていい?
「フェリシティ! おまえとの婚約破棄をする!」
自分の部屋に戻ろうとしたら、アーサーがまたバカみたいなことを言いだした。
「俺たちは、賢者アスランと聖女フェリシティの生まれ変わり。真実の愛の恋人たちだ。偽物の王女のおまえとは結婚しない!」
「ごめんなさーい。お姉さま。私が次期女王に決まったのよ」
カレンは心底嬉しそうな顔をして、私に駆け寄ってきた。
「真の王女の私が、この国を導いていくのよ。ブルーデン家は私に付くことになったのよ」
私を見下すカレンの赤茶色の瞳は、優越感に光っていた。
「やっと、私は自分の居場所に戻れるんだわ。王位も婚約者も全部返してもらったわよ」
私の耳元で囁くカレンの声は、憎しみに満ちていた。王妃と同じだ。
「偽物は退散してちょうだい」
私は何もしていないのに、逆恨みもいいところだわ。それに、私は偽物だけど、本物。だから逃げられないっていうのに……。
「役立たずのおまえに、レドリオン家が新しい結婚相手をみつけてくれたぞ! 喜べ、おまえは帝国へ嫁ぐのだ!」
「うふふ。おめでとう。お姉さま」
帝国? 私が?
「かわいそうなお姉さま。何にも知らないお姉さまに教えてあげる。帝国人はね、妻を何人も娶るのよ。お姉さまは、ハーレムに入れられるんだわ」
「妻がたくさんとは、うらやまし……いや、いや、真実の愛に対する冒とくだな」
ハーレム、ね。
帝国では女性の地位が低いことは、知っているわ。
女は男に従属して、自分の意見を言うことは許されない。男の欲を満たし、子供を産むための道具にされる。
その点では、女王が建国したこの国は、女性にとっては恵まれているわね。カレンは、この国の女王になって、自分の好きなように生きられると思っているのね。
「婚約破棄は受け入れました。二人を祝福して、一言教えてあげます」
私は、笑みを浮かべて見せた。
「離宮の庭では、結界石は見つからなかったでしょう? あれはね、本当はね、別の場所にあったのよ」
「なんだと! 俺の部下がどれだけ捜索したと思ってるんだ!」
「どこで見つけたの! 言いなさいよ! 聖女の遺産は、本物の王女の私のものよ!」
アーサーとカレンが詰め寄ってくる。
私はにっこり笑って告げる。
「建国の炎よ。あの中に入れば、結界石も治癒石も、いくらでも手に入れることができるわ。建国の炎が、真の王族を祝福してくれるの。紫の炎は、建国女王の後継者を決して傷つけないわ。力を与えてくれるのよ」
「だったら! もっと取って来い! もう一度、炎の中に入れ!」
アーサーが鞭を取り出し、私を脅そうとする。
私はそれをかわして、告げる。
「私生児で偽物の私には、小さな結界石一個しかもらえなかったわ。でも、……真の王女ならきっと、建国女王は大いなる祝福を授けてくれるでしょうね」
小さな嘘をついて、私は二人に背を向けて部屋に戻った。
もしも、カレンが自分を正当な王女だと思っているのなら。
もしも、炎に入る勇気があるのなら……。
まあ、もう、どうでもいいわ。
私を帝国に売りつけようとしているこの国の人たちなんて。
本当に、どうなってもいい。
◇◇◇◇◇
黒いドレスに黒い靴。黒の宝石。
目の前に並べられた品に、ため息をつく。
魔物と同じ帝国人の色。
そんな色は、身につけたくない。
「王女様、そろそろ着替えないと、間に合いませんよ」
マリリンが時間を気にして私を急かす。
「これは着たくないわ。クローゼットに入っている別のドレスを持ってきて」
「他にもドレスを買ったんですか? どんなドレスですか?
……え? これ?」
取り出したドレスの色を見て、マリリンは気まずそうな顔をした。
「綺麗な青色でしょう?」
紺にも碧にも見える色のドレスは、アスラン様の瞳の色だ。銀色に青い刺繍をしたリボンは、アスラン様の髪の色。
同じ色合いのドレスを探して、ルリに盗って来てもらった。すばらしいドレスの代金に、金貨と治癒石をたくさん置いて来てもらったわ。
「……アーサー様とは、婚約解消したんですよね」
「そうよ」
「じゃあ、この色はちょっと……」
マリリンは、かわいそうな子を見るような顔をした。
「アーサーの色じゃないわよ。アスラン様の色よ」
「いや、でも……」
「聖女フェリシティの婚約者は、賢者アスランなのよ。いいから、早く着替えを手伝って」
「王女様……、もう、あんな男のことは忘れましょうよ」
「アーサーとは関係ないって言ってるでしょう!」
違うって言ってるじゃない、もう。
しぶるマリリンに、無理やり着付けをさせて、アスラン様の色を身に着けて鏡を見る。
金色の髪はハーフアップにして、首には大きな青い宝石をつけた。
私が精霊界に行く時にしていた格好とよく似ている。
あの時は、精霊宰相が迎えに来たけれど、今日は、帝国人が私を連れて行こうとしている。
私は国のために、売られようとしている。
もう、そんなことはさせない。
エスコートもなしに、侍女を連れて会場に入って来た私に、貴族たちは嘲笑を浮かべる。この前までは、建国の炎に入った本物の王女だって言ってたくせに。
困窮したブルーデン公爵家は、レドリオン公爵家と手を結んだ。
純血主義の貴族はもういない。
目先の利益に目がくらんで、帝国と手を組むことにしたのだろう。
国王は黒髪の壮年の男と笑顔で握手をしている。
あの黒髪の男が皇帝の弟なのね。隣にも黒髪の若い男がいる。二人の容姿は少し似ている。
彫りの深い魅力的な顔立ち。
マリリンが、いつもよだれを垂らすように見ている男らしい美貌。
「えっ!? 王女様、あの陛下の側にいるのって……。えええ? どうして彼が?!」
来賓席にいる男に気が付いて、マリリンが小さく悲鳴を上げた。
「やっと来たか。フェリシティ、こちらに来い。おまえの婚約者だ」
国王が私を呼び寄せる。
貴族たちが私に注目する。帝国に売られていく王女を見ている。
「我が国の第一王女と帝国の皇孫、ジンソール・ハビル・マグダリス殿との婚約が整った。祝いだ! 帝国は、我が国に多額の金銭援助をしてくださる!」
パチパチパチ
拍手が響く。
そして、来賓席から、彼が降りて来る。
わたしに近づいて、黒い瞳を輝かせて、笑いかける。
「フェリシティ。迎えに来た。俺と帝国へ行こう」
……ああ。
うそつきな帝国人。
あなたは、商人ではなくて、皇族。
「行かないわ」
私の返事にジンは、顔をしかめる。
また断られるとは、思ってなかったみたいね。
「なぜ? 俺はおまえを愛している。必ずおまえを幸せにしてやる」
私を幸せにする? そんなこと、あなたにできるわけないわ。
「ジンソール・ハビル・マグダリス。それがあなたの本当の名前なのね。……だったら、あなたは成人しているのね」
国王が告げた彼の本名を呼ぶ。名前の後につく「ハビル」とは、帝国語で成人した男と言う意味だ。
「ああ、そうだ。成人して、皇族としての身分を手に入れた。皇太子の六番目の息子だが、自分の屋敷と財産もある。不自由はさせない」
「帝国の成人の条件を知っているわ」
ジンは、私の言葉に眉をひそめた。
私がそれを知らないとでも思ってた?
「成人の条件は、息子がいること。それが、帝国の皇族が成人する条件なのでしょう? つまり、あなたには、妻と子がいるのよね。だったら、あなたは、絶対に、私を幸せになんてできないわ」
「それは……」
「帝国人が複数の妻を持つことは、知ってるわ。でもね。エヴァン王国では、伴侶は一人だけなの。たった一人と結婚するの。不貞は絶対に許されないわ。浮気相手は、処刑されるのよ。この国ではね、私生児は、罪の子になるのよ。生まれて来た罪を、一生償わなくてはいけないの!」
いつもそう言われていた。
父の浮気相手の母は処刑された。私生児として生まれた私は、罪の子として虐げられてきた。
そんな私が、二番目の妻として幸せになれるとでも?
「帝国では、それが普通なんだ! 男は女を守って大事にする。おまえは俺の元で幸せにしてやれる。今よりずっと、裕福な暮らしを与えてやれる!」
「お断りよ!」
「なぜだ!? そんな色のドレスを着て、おまえは妹の婚約者になった男に、まだ未練でもあるのか?」
にたにた笑っているアーサーとカレンの姿が目の端に見えた。
そんなもの、あるわけないじゃない。
「私は、フェリシティ・エヴァン。私の婚約者は、ずっとアスラン様、ただ一人よ」
「何を言っている? フェリシティ、俺の手を取れ。おまえを手に入れるために、俺がどれほど力を尽くし、犠牲を払ったか」
「そんなの知らないわ」
きっぱり断ると、ジンは私にギラギラした黒い目を向ける。
伸ばされた手を、振り払う。
「どういうことかね。エヴァン国王」
ざわめく貴族たちの間に、皇弟の声が響いた。
「貴国は、我が国に恥をかかせるつもりか?」
「そんな、滅相もない。おい! フェリシティ、命令を聞け! 王命だ! おまえは帝国に嫁ぐのだ!」
国王は王笏を突きつけて、私に命じる。
でも、そんな命令には従うつもりはない。
「この国の王族は他国に嫁げません。それは、建国女王の時代からの決まりです。私はこの国の王女です。決まりには従わないといけないのです。王女は国から出られません」
「そんな決まりなど知らぬ! だいたい、おまえは私の娘ではない。先王の私生児かなんか知らないが、私生児は本物の王女ではない! おまえは、王女などではない!」
国王が、王笏を振り回しながら私を罵った瞬間、頭の中で何かが外れる音がした。
――私生児は王女ではない。
――私は、王女じゃない。
ああ、呪いが解けた。
頭の奥で鍵が外れるような感覚があった。
国王の口から、私の存在を否定する言葉を聞いただけなのに。
こんなに簡単なことだったなんて。
今なら、きっと、結界の外に出て行ける。
はやく、出て行こう。
こんな国、大きらい。
うそつきな帝国人の顔も見たくない。
「ルリ!」
私は精霊を呼ぶ。
「やっとこの国から出て行けるわ。もう、こんな国、うんざりよ!」
私を捕まえようと手を伸ばすジンに、別れを告げる。
「奥さんと息子さんを大切にしてあげてね」
そして、長い間、囚われていた自分を解放したのだ。




