㉗ 黒いドレス
卵を両手で抱きしめて、神聖力を注ぐ。金色に光る卵は、ほんのりと温かい。
初めて見た時は、手のひらにのるぐらい小さかったのに、毎日神聖力を込めていると、それはどんどん大きくなって、今では私と同じぐらいだ。
「たまごちゃん。どうしてここに来たの? あの冷血宰相が探してるんじゃない?」
きっと精霊界は大騒ぎになっているんじゃない? もしかして、誰かここに探しに来る? でも、精霊宰相の命令で、エヴァン王国には精霊は立ち入り禁止になっているわ。その決まりを破れば、二度と精霊界には戻れないって。
「たまごちゃんも、もう精霊界に戻れないってこと?」
いや、まさかね。だって、その決まりは精霊宰相が勝手に作ったものだしね。
「どうしたらいいの? ああ、もう。いいわ。早く誕生しなさいよ。神聖力をたくさんあげるから。早く生まれて、こんな国から出て行った方がいいわよ。こんな、ろくでもない民しかいない国とのつながりなんか、断ち切った方が、精霊は幸せになれるのよ」
100年間やっていたように、私は独り言を言いながら卵をなでる。
「ほんっと、ひどい国なのよ。私、どうしてこんな国のために今までがんばってたんだろう。全部、建国女王のせいなんだけどね。建国女王の呪いよ。神聖力が増える代わりに、国民を愛するように洗脳されたの。本当に嫌な国!」
温かくてすべすべしている卵は、ぽうっと金色に光る。
「もうね、この国から出て行きたいの。でも、わたし、ここと精霊界しか知らないでしょう? 帝国語は習ったんだけど、一人で生きて行けるか不安で。どうしたらいいと思う?」
ジンは私に一緒に行こうと言ってくれた。でも、彼は、信用できない。私に隠し事をしている。それに、帝国は女性にとってあまり良い国じゃない。
「私には神聖力があるでしょう? この世界には神聖教国っていう聖女のいる国もあるんだって。だから、そこに行けばなんとか暮らしていけるかな? だってね、その国の聖女って、小さな治癒石を作るのに、一年もかかるんだって。それに、その石の力は病気しか治せないって。それと比べたら、私って最強じゃない?」
そう。こんな国なんて、もう私には必要ない。外に出て行こう。
そう思って、ルリに転移をしてもらおうとしたけど、精霊の結界が私をこの国から逃がさなかった。何度挑戦してもできない。転移でなく、歩いて出て行こうとしても、結界が私を通さない。
きっと、建国女王の炎が関係しているのね。
私はこの国の王女だから、逃がしてもらえない。
私にはまだ建国女王の呪いがかかっているから。炎の儀式を行った、たった一人の王族を、彼女は逃がすつもりはないのね。ここから出て行くには、王女をやめるしかない。
「王女様! 大変です!」
どんどんと扉がたたかれた。
マリリンがお使いから帰って来たようだ。
たまごちゃんをどこに隠そう?
とりあえず、ベッドからシーツを引っ張ってきて、精霊王の卵の上にかけた。
「王妃様がいらっしゃってます!」
大声を出して、マリリンは扉をたたく。
ああ、また嫌な人たちに会わないといけないの?
今度は何?
離宮から追い出して、こんな汚い使用人部屋を与えておいて、それでも気が済まないの?
私は、あなたたちに何かした? 私を再び王女にしたのは、あなたたちでしょう?
うんざりしながら、扉を開けた。
「何か用ですか?」
王妃は赤茶色の瞳で私をじろりと見て、そしてにたりと笑った。
悪いことをたくらんでいるような笑顔だ。
「来月、パーティを開くわ。帝国の皇弟陛下がいらっしゃるのよ。盛大なパーティだから、あなたも出席してね」
きゅっと口角を上げている。でも、赤茶の瞳は全然笑ってない。私に対する憎悪にあふれている。
何をたくらんでいるの?
帝国の皇弟陛下ね。王妃の叔父にあたるのかしら?
「ドレスがないでしょう? ほら、持ってきてあげたわよ」
気持ち悪い作り笑顔を浮かべて、メイドに運ばせた箱を置いて行った。
「わぁ! どんなドレスだろう? 部屋に入れて確認しましょうよ」
王妃たちが帰った後、マリリンが張り切って箱を運んでくれる。
扉を開けて、悲鳴を上げた。
「えええ?! なに? この豪華な家具! どこから運んだんですか? ええ? 掃除もできてる! なんで?」
「ちょっと、やかましい。静かにして」
大騒ぎのマリリンをたしなめた後、さっきまで部屋で光っていた金色の卵がなくなっていたことに気が付いた。
え? どこにいったの?
白いシーツだけが床に落ちている。
たまごちゃん、精霊界に帰ったのかな?
「ええーっ?! このドレス、真っ黒だ!」
王妃の持ってきたドレスを広げて、またマリリンは大騒ぎした。
「これには、この前ジンさんがくれた黒ダイヤのペンダントが似合いますよね。うん、王女様は何色でも似合う!」
真っ黒のドレス。帝国の皇弟。
いやな予感を抱きながら、はしゃいでいるマリリンを眺めた。
◇◇◇◇◇
「おい! あの果物が枯れたぞ! 何とかしろ!」
婚約者のアーサーは、突然やって来て、ノックもなしにドアを開けた。
後ろには、いつもの従者が控えている。
「果物ですか?」
わざととぼけると、アーサーは鞭を取り出して、壁を叩いた。
木の鞭は真っ二つに折れたから、新しいのは革製だ。
これで叩かれたら痛そうね。
まあ、もう黙ってやられるつもりはないけど。
「幸せの夢の果物だ! 果樹園で育てているのは、全部枯れた。飴が作れなくなって大騒ぎしている。父上が心労で倒れたんだ! 何とかしろ!」
「何とかと言われても、公爵家には果樹栽培の専門家が大勢いるのでしょう?」
「原因不明の症状だそうです。今まで何もしなくても育っていた木が全て枯れて、果実も全く実らない。何か対処方法をご存じないですか?」
鞭をふりまわすアーサーに代わって、糸目の従者が私に問う。
この間まで、顔を赤く染めてカレンに見とれていた従者の顔色は、今は青黒い。疲れがたまっているみたいだ。
「私に、果樹栽培の知識はありません」
この人たちは、何を期待してるのだろう?
人形姫と呼んでバカにしていた私から、何を得たいの?
「うるさい! 何とかしろ! 俺の婚約者だろう! 俺を助けるのは、婚約者の務めだ!」
シュッ
鞭が私の顔のすぐ前で鳴る。
「私ではなく、専門家に聞いてください。そうだわ。カレンに相談したら? 帝国は、この国よりも農業技術が進んでいるでしょう? 専門家を紹介してくれるかもしれないわ」
「はっ。そうだな。おまえみたいなうすのろに相談するだけ無駄だった。俺のカレンは、おまえと違って、頭がいい。役に立たないおまえとは正反対だ」
カレンの名を出すと、たちまちアーサーはおとなしく鞭をしまった。
「そうですよ。アーサー様、カレン様に相談しましょう。帝国の知識がおありだ。賢く美しい王女様です」
「そのとおり。まったく無駄な時間を使わせやがって。おい、もう俺の邪魔をするなよ!」
意味の分からない罵り言葉を告げて、アーサーはさっさと帰って行った。
ほんと、訳が分からない。
ああ、もう。
うんざりする。
ブルーデン公爵家は相当追い詰められているみたいね。
いい気味だわ。
自分のことしか考えない貴族達なんて、全員滅べばいいのよ。
部屋に鍵をかけて振り返ると、金色の光が溢れていた。
「たまごちゃん!」
大きな卵がベッドの上で光っている。
「また来たの?」
私は、精霊王の卵に駆け寄って、ぎゅっと抱きしめて神聖力をそそぐ。
「ねえ、聞いてよ。私の婚約者は、本当にバカなの。あの青銀の髪を引きちぎってやりたいわ。アスラン様と同じ色の髪をしているなんて、許せないもの。紺碧の瞳もね、えぐってやりたい。ルリに言ったら本当に消してくれそうだったから、止めたんだけど。止める必要なかったかしら?」
ぽわっと金色の光を出す卵をなでながら、私は話し続けた。
「わたし、もうこんな国にいたくない。ねえ、たまごちゃん。精霊王様が誕生したら、私をここから出してくれる? 今ね、ルリに結界の穴を探してもらってるんだけど、私が出られるような場所は見つけられないの。ねえ、精霊王様ならどうにかできるんじゃない? だって、人間界に戻った後も、こうして神聖力を分けてあげてるのよ。少しぐらい願いを聞いてくれてもいいよね……」
ベッドの上で、卵を抱きしめる。
そのまま、私は眠ってしまったみたい。
金色の光が溢れる場所で、私はアスラン様と一緒にいた。
「フェリシティ」
「アスラン様!」
私たちは、手をつないで花畑を歩く。
見たこともないような、大きな金色の花がたくさん咲いている。
眩しい光の中で、私とアスラン様は見つめ合う。
「だいじょうぶだからね。フェリシティをいじめたヤツは、全員苦しめて殺してあげるよ」
え?
「どんなふうに殺したらいい? 目をえぐる? 髪を引きちぎる? それとも、炎で焼き殺す?」
「アスラン様? どうしたの?」
こんなこと言うなんて、いつものアスラン様らしくない。私のアスラン様は、争いごとが嫌いで、優しくて、暴力とは無縁で……。
「うん。僕はアスランだよ。ここに、魂が入ってる」
アスラン様は、自分の胸を指さした。私はそっと、その場所に手を触れる。
「ここに、アスラン様の魂が?」
見上げると、アスラン様は私に優しく微笑んだ。
え?
アスラン、さま?
一瞬、彼の髪と目が金色に光っていた。
目をこすると、いつものアスラン様に戻った。
青銀の髪に、紺碧の瞳。
端正な貴族的な顔。
「アスラン様……」
よかった。一瞬違う人に見えた。まばゆい美貌の金色の姿に。
「もうすぐ会えるよ。待ってて。僕のフェリシティ」
「今、会ってるでしょう?」
おかしなことを言うアスラン様。こうして、今も夢に出てきてくれるじゃない。
「もうすぐだ。ずっと一緒だよ。絶対に離さない」
「うれしい。ずっと側にいてくださいね」
「うん」
アスラン様は、キラキラと金色の光を放ちながら笑った。




