㉖ 悪夢
「果物の収益が少ない?」
ルリに盗ってきてもらったブルーデン家の書類を、マリリンに調べてもらった。うちの侍女は愚かだけど、数字には強い。幸せの夢の果物の売れ行きは良いのに、帝国からの借金が減らない理由を知りたかったから。
かなり儲かったはずだ。それなのに、国に収める税金がほとんど入って来ない。
「その果物は、栽培がとっても難しいみたいなんです。高価で貴重な肥料がたくさん必要だって。それに、果物を育てるためには、専門の知識を持った人を大勢雇わなくちゃいけないから、賃金がかさんで……」
「待って。そんなはずないわ」
「でも、この書類では、その費用が計上されてて、ほとんど収益がないって」
「嘘よ。それは、間違ってるわ」
だって、あの種は精霊の力がこもっているから、果物は放っておいてもすぐに実る。肥料はもちろん、水さえも与えなくていいのよ。収穫とジャム作りに人手は必要だけど、誰にでもできる単純作業よ。専門家なんていらない。
「だったら、収益をごまかしてるんですね。そういえば、ブルーデン家って、最近金遣いが粗くなったみたいですよ。当主は、帝国人の経営する賭場に入り浸っているみたいだし、嫡男には、愛人が何人もいて、高価な宝石を買い与えているって噂です」
「ブルーデン家の当主が賭事? 病気で寝込んでるんじゃないの?」
この国の始まりからあるブルーデン家が、そこまで堕落しているなんて。
あの一家で、おかしいのはアーサーだけで、当主はまともな人だと思っていたのに。
裏切られたわ。果実のことも確認しないと。
なぜそんなごまかしをするの? 国のことはどうでもいいの?
マリリンが退室した後、私はルリといっしょに果樹園に転移した。現状を知りたかった。
「ひどい……」
農作業員たちは、仕事もせずに、木陰で休んでいた。
地面に落ちて、売り物にならなくなった果物を貪り食っている。そして、食べ終えたら、その場に寝ころんで幸せそうに眠った。
飴を作る作業所の洗い場では、ジャムを煮た後の鍋の中に手を突っ込んでいる者がいた。
「俺にもよこせ! 俺も夢を見るんだ」
「おい! 全部舐めるなよ」
彼らは大鍋を奪い合って、鍋底に残ったジャムを指ですくって舐める。それから、床に寝そべって、幸せな夢に浸っている。
働かない彼らの代わりに、火の前で鍋をかき混ぜているのは、やせ細った子どもたちだ。
「ちゃんと今日の分を作っとけよ」
「休むなよ。俺たちのために働けよ」
大人達に殴られながら、幼い子供が大きな鍋を汗だくになってかき混ぜる。
その周囲では、欠けて商品にならなかった飴をガリガリとかじっている大人達。
醜い。
この国の民は、なぜこんなにも醜悪なの……。
汚い。
気持ち悪い。
吐き気がする。
私の愛すべき国民達。
建国女王の信念を継いで、国民を愛することを強要されてきた。
でも、彼らには、そんな価値はない。本当に、うんざりするほど醜悪だわ。
100年以上前も、今も、私はこんな者たちのために……。
「もういいわ」
自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
「もういいの。……全部、消して」
青い鳥は私の言葉に首をかしげる。
まんまるな青い目に、私は告げる。
「この国に、この国の民には、夢はいらないわ。幸せな夢の果物を、全部消してちょうだい。彼らに必要なのは、幸せな夢じゃなくて、醜い現実よ」
民への憎しみが湧き上がる。
なぜこんなにも愚かなの?
私は、彼らのために、いつだって我慢して、犠牲を払ってきたのに。
もう、こんなの、いらない。
私の願いを叶えて、ルリは果物にかかった加護を全て消し去った。
幸せの夢の果物は、もう育たなくなるだろう。
どれだけ貴重な肥料を与えても、農業の専門家を雇っても、果物は実らない。今残っている樹木もすぐに枯れ葉てる。
収入減を失ったブルーデン家は、悪い夢に襲われたかのように大惨事になることだろう。
◇◇◇◇◇
果物を失ったブルーデン公爵家は、たちまち衰退していく。
そんな家の状況を知らないのか、アーサーは、今日ものんきに婚約者の妹とお茶会をしている。
「なんだ。まだいたのか? 何の用だ?」
お茶会が終わり、一人になったアーサーを呼び止めた。
「私たちの婚約を解消しましょう」
もうアーサーに、アスラン様の影を追うのはやめよう。
こんな偽物の姿に、アスラン様を追憶するのは無駄なことだもの。
だって、ちっとも似ていないから。内面が違いすぎて、外面も全く似ていないって思えて来たから。
「何を言っているんだ? 最近相手をしてやってないから拗ねてるのか?」
「いいえ。あなたには妹がお似合いです。私は身を引きます」
私の気遣いは、彼には通じなかったみたい。
運命の恋人たちが生まれ変わったなんて、気持ち悪い話を語り出した。
やめて。アスラン様の生まれ変わりだなんて、そんな侮辱は許さないわ。
「私は、あなたとは結婚しません」
はっきりそう言うと、彼は鞭をとりだした。
「ふざけたことを言うと、お仕置きだぞ!」
鞭から身を守るために、私は結界を張る。手の中に握った魔石に結界の魔法を込めてから、力を使う。
私が神聖力を使えることは、誰にも知られたくない。魔石の力を使ったと思わせるためだ。
虹色の結界が私を包み込んだ。
あ、やりすぎた。結界の力を使うのって、久しぶりだったもの。
「な! なんだ! これは!?」
真っ二つに割れた鞭を持ったまま、アーサーはうろたえて後ずさった。
「結界、魔法?」
後ろで控えている彼の従者が細い目を開いた。
「なぜ? まさか、神聖力?!」
「こ、怖かったから、これを使ったんです」
すぐに否定するために、私は手の中の魔石を見せる。まだ少しだけ力が残っているのか、わずかに銀色に光っている。
「それは! まさか、結界の魔石? どこで見つけたんです? いや、なんでこんなことに使うんですか?! もったいないでしょう! そんなくだらないことに使うなんて。渡してください!」
魔石を見たとたん、血相を変えた従者は、私に詰め寄った。
「結界の魔石だと? なんでおまえがそんな宝を持っているんだ! どこで盗んだ!」
アーサーも恐ろしい顔をして、私の腕をつかんだ。
「痛い。やめて。中庭に埋まってたの。何か銀色に光る石があったから、掘り出したら、……、これは結界石だったの?」
「どこです! 他にもあるかもしれない? どこにありました?」
顔色を変える従者に、私は適当な場所を指で示した。
翌日から、ブルーデン公爵家の使用人たちが、庭中を掘り返す姿を見ることになった。
そして私は離宮を追い出された。
離宮には聖女の遺産が眠っている。そんな噂が立ったからだ。
「汚い部屋ね」
王宮で与えられたのは、使用人の部屋だった。ずっと掃除していないのか、ほこりが積もっている。
「掃除します!」
雑巾を持ったマリリンがビシッと言ったけど、私はそれを断って、彼女を使いに出す。
「おいしいお茶とお菓子がほしいわ。買ってきてちょうだい」
「え? 今ですか? いや、掃除が先でしょう?」
マリリンは安っぽいテーブルに積もったほこりを拭う。ふっと吹き飛ばして、ゴホゴホと咳き込む。
「いいから、すぐに買ってきて」
こほんと私も空咳をして、袖口で口を覆う。
早く掃除しないとね。
マリリンを追い出した後、私はルリを呼び出した
「聖女さま~、なあに?」
青い鳥の姿の精霊に命令する。
「ここにあるほこりと塵を全部アーサーの部屋に転移してちょうだい。それから、ベッドや家具をレドリオン家から盗って来て」
「はーい」
ルリのおかげで、綺麗になった新しい部屋には、豪華な家具が置かれることになった。
「ふう」
ふかふかのベッドの上で寝返りを打つ。
誰が使っていたのか分からないので、ちゃんと浄化はしたわよ。本来なら、魔物の瘴気をきれいにするための聖女の能力なんだけど、消毒効果もあるから有用ね。
昔は、自分のために神聖力を使うことは許されなかったわね。
でも、今はもう、自分以外には力を使いたくないわ。もう、誰のことも助けたくないもの。
ああ、このままベッドで寝てたら、またアスラン様の夢を見られるかしら?
起きていたって何もいいことはないもの。
ずっと、寝ていたいわ。
なにもかも、もう、どうでもいいから。
だって、この国を守る王女であることをやめたら、私には何が残るの? 何をしたらいいの?
何にも、やりたいことなんてない。
それなら、いっそこのまま……。
ゴロゴロとベッドで転がる。
え?
何か目の端で光った。
金色の光。
良く知っている輝きの……
「えええ?! なんで?」
床の上には、大きな金色が転がっていた。
「なんで、なんで、どうして?」
これ、あれだよね。
精霊界にあったやつ。
私がいつも温めていた。
「精霊王の卵が、なんでここにあるの?!」




