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㉔ 聖女への憧憬 〜ジン視点1〜

「ざまあみろ!」


 教会で、精霊王の像を蹴飛ばしている子供がいた。

 エヴァン王国の民は、こんな奴らばかりだ。

 自分たちがどれほど恵まれているのかを知ろうとしない。

 与えられて当然だと、感謝すらしない。


 精霊の結界が、どれほどの恩恵をもたらしているのかも分からないクズどもめ。


 愚かな子供を捕まえて、叱りつけてやろうと思った。

 おまえたちが足蹴にする精霊が、この国を支えているんだ。愚かで怠惰な民を守ってくれているんだ、と。


 本当に、この国の民は、醜悪なほど愚かだ。


 子供が逃げた後、誰もいなくなった礼拝堂で、俺は精霊王の像の前に立った。


 やっと、母の故郷を訪れることができたのに……。

 寝物語に聞いていた精霊教会は、想像とは全く違った。焼け焦げたゴミためのような場所だった。


 俺の名は、ジンソール・ハビル・マグダリス。

 マグダリス帝国皇太子の六番目の息子だ。


 母親は、エヴァン王国から連れてこられた奴隷だった。皇太子のハーレムに売られた母は、逃亡を図り、足の腱を切られた。その不自由な体が皇太子には物珍しかったのか、何度か夜伽に呼ばれて、俺を産んだ。そして、母は奴隷から解放された。

 俺の魔力が、皇族の中でも、ずば抜けて多かったからだ。


 昨年、俺は成人し、皇太子の命令でエヴァン王国に来た。表向きは任せられた商会のため。その裏では、植民地化計画の情報収集をするためだ。

 豊かな自然と温暖な気候を持つこの土地を、帝国はずっと前から狙っていた。


「精霊王様に愛されるエヴァン王国の民はね、みんなとても美しいの。中でも王族は、黄金の髪と紫の目をしていてね、輝くばかりに麗しい美貌を持っているのよ。この世界で一番美しい国は、聖女様が守るエヴァン王国よ」


 母は、毎晩、俺を寝かしつける時に、エヴァン王国の話をした。


「聖女フェリシティ様はね、母親の身分が低かったから、王妃様や王太子様にいじめられてたの。でもね、誰よりも強い力を持っていたのよ。あなたと一緒よ。ジン」


 母の祖母は聖女とともに精霊教会で育ったそうだ。伝え聞いた聖女の話を毎晩俺に語って聞かせた。

 母は、ハーレムで妃や異母兄弟たちにいじめられる俺のことを、聖女フェリシティと重ねて見ていた。


「あなたの魔力が高いのは、聖女様のおかげよ。あなたがいじめられているのを見て、力を授けてくださったのよ。あなたは精霊に愛されたエヴァン王国の子供なんだもの。きっと、聖女様は私達のことを精霊界から見守ってくださるわ」


 熱心な精霊教信者の母にとって、聖女は心の支えだった。奴隷として売られて、皇太子にもて遊ばれても、聖女がいつか必ず助けてくれると信じていた。


「聖女様は、生贄として精霊界に旅立たれる時に、私のおばあさまに治癒石をくださったのよ。それはね、どんな怪我や病気も治す奇跡の魔法の石なのよ」


 その治癒石は母の祖母の宝物だったらしい。母は生まれた時に死にかけていたけれど、その石のおかげで、命が助かったそうだ。奇跡の石だ。


「それがあれば、お母様の足も治るの? もう、痛くなくなるの?」


 子供だった自分は、その石が欲しくてたまらなかった。いつも、足が痛いと泣く母を助けてあげたかった。


「ええ、きっとそうね。おばあさまの持っていた治癒石は使ってしまったけれど、でも、どこかにまだ残っているかもしれないわね」


「だったら、ぼくがエヴァン王国に行って、精霊教会で聖女様にお祈りするよ。お母様の足を治す石をくださいって。優しい聖女様なら聞いてくれるよね」


「そうね。もしも、エヴァン王国に戻ることができたら、精霊教会に行くことができたなら……ああ、帰りたいわ。私の国に……」


 毎晩、母の口から語られる聖女フェリシティの話。俺は見たこともないエヴァン王国にずっとあこがれていた。

 母の命を救った優しくて美しい聖女の守る国。

 世界一美しい国民達。きっと聖女のように綺麗な人ばかりが住んでいるんだ。


 大人になったら、エヴァン王国に行って、精霊教会でお祈りしよう。いつも見守ってくれている聖女様に治癒石をもらうんだ。


 異母兄弟たちにいじめられる日々を、金髪に紫の目の聖女を思い浮かべて耐えた。

 そんな子供の頃の想いを、大人になるまで持ち続けていた。




 オークションに聖女の治癒石が出品されたと情報が入った。

 どうせ偽物だと思っていたけれど、それを使った者が、失った腕を取り戻したと聞いた。

 まさか本物なのか?

 聖女が精霊界に旅立つ前に残したと言われる治癒石が、発見されたのか?

 俺は、すぐさまエヴァン王国に行きたいと父に願った。

 商人として潜入し、この国の情報を集めることを条件に、やっと夢に見た故郷への帰還を許された。一緒に行けなかった母には、必ず治癒石を手に入れると約束して。


 それなのに……。


 夢は夢でしかなかった。

 エヴァン王国は、愚か者たちの集まった醜い国だった。

 精霊教会は焼け落ちて、残った礼拝堂にはゴミが捨てられていた。誰も精霊に感謝すらしない。聖女の恩恵を知らない者達ばかりだった。


 こんな国、早くつぶれてしまえ。

 皇帝はこの国の民を奴隷にして追い出し、この土地を奪うつもりだ。

 それでいい。それがいい。

 こんな醜い民はみんな追い出せばいいんだ。感謝も努力もしない怠惰な国民は、奴隷になるのにふさわしい。


 ここに来てすぐに、俺はこの国を憎むようになっていた。

 子供の頃の夢が、現実と違いすぎたのだ。


 ただ、治癒石だけは何としても手に入れたかった。母と約束したからだ。

 オークションに出品した商人を探し当てた。

 治癒石は手元にないが、持っている者に心当たりがあると教えてくれた。

 口の軽い商人は、延々と聖女や精霊の話を語った。

 母から聞いたことのない聖女の話は面白くて、俺はすっかり夢中になって、何時間も聞き入った。

 それで、商人に気に入られて、帝国語の家庭教師を頼まれた。

 娘のマリリンに教えればいいのかと聞くと、違うと言う。


 なんと、この国の王女に教えてほしいとか。


 どこのだれかも分からない商人を、王女に近づけていいのか?


 その王女が、国王や王妃から虐待されているのは、有名な話だった。離宮に閉じ込められて、人形のような扱いを受けている。そのかわいそうな王女に帝国語を教えるだけで、貴重な治癒石を売ってもらえるなら、たやすいことだ。


 俺は快く引き受けた。


 そして……、

 出会ってしまった。


 俺の運命。子供の頃に夢に見た女性に。

 黄金の髪に、大きな紫の瞳をした王女に。

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