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㉓ 建国女王の見た夢

 紫の炎が燃える。

 その中に、人影が見える。炎と同じ紫の瞳をした女性が命令する。


「この国の民を守りなさい。私の愛する奴隷たちを。彼らは私のものよ。誰にも奪わせない」


 ギラギラと紫の瞳を光らせながら、なにかに取り憑かれたかのように女の人はつぶやいていた。





「炎の中に女性がいた? それは、建国女王じゃないかな」


 私の話をアスラン様は信じてくれた。

 お兄様に炎の中に突き飛ばされた時のこと。

 最初は、脱がされたマントを放り込まれた。

 それから靴を脱がされて放りこまれた。そして服も。最後には私自身を炎の中に放り込まれた。


 お兄様の側近たちが、ゲラゲラと笑いながらはやし立てる。


「罪を償え!」


「薄汚い私生児め!」


「炎で浄化されろ!」


 妹もそこにいた。周りに騎士を侍らせて、面白い見世物に笑っている。


 王城で働く召使もたちも。みんなにやにやしているだけで、誰一人、私を助けてくれなかった。


 アスラン様だけが、私を助けに来てくれた。

 炎から出てきた私に、彼が駆け寄ってきた。

 アスラン様だけ……。



「それで、建国女王はフェリシティの前に姿を表した後、何か言ってた?」


「うん……えっと、国を守れって?」


 本当はちょっと違うと思う。民を守れ、奴隷を奪わせないって言ってた。

 すごく怖かった。

 炎の中で、ギラギラ目を光らせていた女の人の様子は、普通じゃなかった。


「やっぱりそうだ。フェリシティは建国女王に認められたんだよ。君の神聖力は誰よりも強い。それは、本当の聖女だからだ」


「でも、私は穢れた私生児なのよ。聖女になるのは、カルミラや公爵家の従姉妹たちの方がふさわしいってみんな言ってるの」


 正当な王女のカルミラは、わたしなんかよりもずっときれいだし、みんなに好かれている。従姉妹たちも、そう。友達がいっぱいいる。私は一人ぼっちで、みんなに嫌われてるもの。


「彼女たちは神聖力が弱い。それに、教会で毎日祈るのは嫌だって、聖女候補を辞退してるじゃないか」


「そうね」


 私も、本当は、一日中教会の床を磨くのは好きじゃない。手はあかぎれだらけになって、ずっと痛い。でも、治癒の力は罪の子には使っちゃだめだって言われてるから、自分を癒すことは許されないの。他の聖女候補は、誰も床磨きなんかしない。だから、みんな綺麗な手をしている。私だけが、罪の子だから……。


「あった」


 忍び込んだ洗濯室で、アスラン様はメイド服を取り出してくれた。


「とりあえず、これに着替えて。向こうを向いているから」


「うん。ありがとう」


 アスラン様に借りた上着を脱ぐ。

 いつも着ている白いワンピースは、お兄様に脱がされて、炎の中に放り込まれてしまった。身に着けていた下着も、炎の中で全部燃えてしまった。

 アスラン様が上着を貸してくれなかったら、私は裸で離宮に戻らないといけなかった。だって、アスラン様以外の誰も、私に服を貸してくれないから。


 灰色のメイド服を着る。ぶかぶかだ。袖をまくっても、すぐに落ちて来る。


「本当に、どこもやけどしていない?」


 後ろを向いているアスラン様が私に問いかける。


「うん。大丈夫」


 炎に入るのは、これで二度目。紫の炎は私を焼かない。

 一度目は王族であることを証明するために、幼い頃に王妃様に放り込まれた。その時のことはあまり覚えていない。


 二度目の今日は、すごく怖かった。燃えあがる炎が、私のマントや靴を一瞬で消し去るのを見た後だったから。

 私も、焼かれて死ぬんだって思った。

 でも、炎は私を焼かなかった。


 ……あの女の人は、とても怖かった。

 私を指さして命令した。

 国民を愛しなさいって。



「炎の儀式が必要だったんだ」


 アスラン様がつぶやいた。


 私は、腰のリボンをキュッと結んでから、アスラン様の隣に行く。


「先代の国王は即位する時に、炎の儀式を行わなかった。火が恐いからって。今の国王も、それに習って儀式を拒否した」


 考え事をする時のくせで、アスラン様は人差し指を唇に当てている。

 私は黙って、彼の横顔を見上げた。

 深い紺碧の瞳が私を映しだす。


「フェリシティの神聖力が他の王族よりも多いのは、炎の儀式をしたせいなのかもしれない」


「私、儀式なんてしてないわ」


「5歳の時、炎の中に放り込まれただろう? あれが儀式の代わりだ。即位時に、歴代の王は建国の炎の中に入って、国の安寧を誓っていた。きっと、その時に力を授けられるんだ」


 即位の儀式? それじゃあ、お兄様や妹よりも私の方が神聖力が多いのは、炎の中に入ったからなの?

 私が泥棒の娘だから、お兄様たちの力を盗んだからじゃないの?


「5歳の時にも、建国女王は炎の中にいた?」


「あの時は……」


 あまり覚えていない。教会に突然やって来た騎士に抱えられて、王宮に連れて行かれた。それから、みんなの前で紫の炎の中に放り込まれた。


 ――ごめんなさい! ゆるして! 助けて! ごめんなさい!


 泣き叫んだけど、誰も助けてくれなかった。お父様も王妃様の隣で、ただ黙って見ているだけだった。


 あの時、何かを見た?


 思い出せない。ただ、まわりは全部紫色で……。体中が痛くて、熱くて、炎から出て来てすぐに気を失った。


「あの後ぐらいから、フェリシティの神聖力は爆発的に増加したよね。それまでも強い方だったけど、今はずっと」


「うん」


 お兄様もカレンも、それが気に入らないみたい。自分たちよりも私生児の方が神聖力が多いのは、間違ってるって言ってた。

 だから、今日も、私のことを生意気だって言って……。



「フェリシティ」


 アスラン様の声が変わる。子供の声じゃなくて、もっと低い声に。


「フェリシティ。愛してるよ」


 ああ、アスラン様……。

 これは夢なのね。

 大好きなアスラン様の出てくる幸せな夢を見ているんだ。


 アスラン様の姿が大きくなっている。お別れした時のアスラン様だ。

 長い青銀の髪が、肩に流れている。


 手を伸ばして、その髪に触れる。アスラン様の肩。腕、胸。

 背中に手を回して、アスラン様の肩に顔をうずめる。

 ああ、アスラン様の匂いがする。……大好き。


「私も愛しています」


「本当に? ずっと? 僕だけを愛してる?」


「もちろんです」


 見上げると、アスラン様の紺碧の瞳が優しく私に微笑んでいる。


「他の男に付いて行ったらダメだよ」


「そんなことしないわ。私には、アスラン様だけだから」


 ぎゅっときつく抱き締められる。

 大好きなアスラン様のぬくもりに包まれる。


 すごいわ。夢の中って温度もあるのね。

 ああ、この夢が永遠に覚めなければいいのに。


「アスラン様。本当に、大好きです」


 口づけをねだるように、顔を上げて彼を見つめる。

 夢じゃなかったら、恥ずかしくてとてもできないようなことだけど。

 だって、これは、ただの夢だもの。


「僕のフェリシティ。約束だよ。絶対に他の男に近づかないで」


「そんなことしないわ」


 キスの合間に、ささやかれる。アスラン様以外、私には必要ないの。アスラン様だけしか愛してない。本当は、こんな国の民のことなんて、全く愛していないの。


「私には、アスラン様だけです」


 ずっと、こうやって、キスをしていたい。

 アスラン様のいない現実なんて、全部滅びてしまえばいいのよ。

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