表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

㉒ 帝国の侵略

 教会へと続く通りには、やせ細った物乞いが大勢寝ていた。私の国は相変わらず貧しくて、国民は飢えて死んでいく。


「この国の信仰心は、ずいぶん薄っぺらいのだな」


 馬車から降りる私に手を貸してから、ジンは教会を見上げた。

 前に来た時と同じで、焼け残った礼拝堂がそびえ立っている。


「精霊の加護がなくなったとはいえ、この国には凶悪な魔物は入ってこない。精霊に結界を維持してもらっているのに、そのことに感謝する者はいない」


 ジンは私の手を取って、精霊教会の中に入る。


「母が寝物語に話をしてくれた。精霊はとても美しくて高貴な存在だったと。いつか俺も、母の故郷の精霊に守られた国に行きたいと思っていた」


 ジンは教会の中央に立っている白い石像を見上げた。


「それで、この国に来た感想は?」


「最悪だな」


 私の問いかけに、ジンは顔をしかめた。


「怠惰な国民と驕り高ぶる貴族。そして、無力な王族」


「ずいぶん辛辣なのね。この国の発展を邪魔しているのは帝国じゃないの?」


 苦労して農業を発展させようとしても、帝国産の作物の方が簡単に安く手に入る。農民の労働意欲が失われるのも仕方ないだろう。そして、貴族たちは、帝国に言われるままに安値で領地の鉱物を売り払った。100年の間に鉱山は全て枯れてしまった。それから、……王族はもう、血が途絶えてしまった。今の国王は、一人しか子ができず、そのたった一人の娘は紫の瞳を持たない。私とアスラン様が守ろうとしたこの国は、終わりかけている。


「世界に、ここほど恵まれた土地は他にはない。川や湖にはきれいな水が豊富にあり、森には木が生い茂り、作物を育てる土壌も豊かだ。そして何よりも、危険な大型魔物が出ないから、瘴気で土地が穢されることもない」


 そうね。そう。精霊の加護を失っていても、建国女王の炎が燃えている限り、この国は豊かであり続ける。


「皇帝は、この国を手に入れようとしている。愚鈍な王国人にはもったいないからだ」


「だから、帝国人は私の国民を奴隷にして連れて行こうとしているの? この国から国民を追いだして、代わりに自分たちが住むために?」


 精霊王の像の前に立って、私はジンに問うた。

 商人と偽って国に入り込んでいる、魔物のような目をした帝国の男に。

 彼は黒い瞳を光らせて、私をじっと見つめる。


「俺と一緒に帝国に行こう。こんな場所にいる必要はない。先王の私生児だからと差別を受けているのに、王族としての義務など果たす必要はないのだから」


「どうして?」


 なぜ彼は、こんなに私を連れて行きたがるの?


「俺は……、ずっと聖女にあこがれていたんだ。母が語る聖女の話を寝物語に聞いて育った。小説に出てくる賢者との恋物語ではなく、虐げられていた王女が聖女になって、国のために犠牲になる話を」


 ジンは私の手を取って話し続ける。私の冷たい手に彼の熱が伝わってくる。


「聖女フェリシティも私生児だったそうだ。母の祖母は、教会で一緒に育った。聖女は、不義の子だと罵られて、労働を押し付けられていたらしい。それでも健気に耐えていた聖女は、膨大な神聖力が発現した後は、王宮に連れて行かれて、そこで王妃や兄弟にいじめられたと」


 教会で一緒に育った聖女候補が彼の先祖だったの? あそこには、私のことを助けてくれる人は誰もいなかった。でも、意地悪をしなかった人はいたわ。彼女が彼の曾祖母なの?


「聖女フェリシティは、キラキラした金の髪に、大きな紫の瞳をした小さな女の子だった。虐げられていながらも、国民のことを愛する崇高な王女だと伝えられた。……まるでおまえのようだ」


「聖女フェリシティの肖像画は、私じゃなくてカレンにそっくりよ」


「あれは、どう考えてもレドリオン家が描かせた偽物だろう? そうではなくて、聖女フェリシティの治癒石を見つけることができるおまえの方が、ずっと、彼女の後継者にふさわしい」


 ……ああ、そうか。治癒石を渡したからなのね。彼が私にこだわるのは。

 そうよね。今更ながら、あれの価値を理解できたわ。今の時代は、精霊の加護がなくなったから、重い病気や怪我を治すことができなくなったものね。薬や医術では、失った体は戻らないのよね。


 迂闊だったわ。そんなに貴重な品なら、簡単に作って渡すべきじゃなかった。


「治癒石で、あなたのお母様は治ったの?」


「ああ、母は奴隷にされた時に、逃げ出して、足の腱を切られた。その時の古傷が痛むから治してやりたいと思っていた。だが、あの石の力はすさまじいな。傷どころか、足が治って、再び歩けるようになった」


 そうね。そんな魔法はこの世界には他にはない。


「だからなの? 治癒石が欲しいから、私を帝国に連れて行きたいの? でも、残念ね。もう聖女の遺産は残ってないわよ」


 これ以上そんなものを作るつもりはない。私は、神聖力を誰かのために使うつもりもない。もう誰の役にも立ちたくない。


「違う。治癒石が欲しいんじゃない。俺は、おまえを……」


 熱を帯びた視線が私の顔に注がれる。

 ジンの手が私の頬に触れた。

 上を向かされて、そこに彼の美貌がゆっくり近づいてきて……。


「私には婚約者がいるのよ」


 一歩後ろに下がって、彼の手を振り払う。


「あなたと一緒には行けないわ」


 彼の黒い瞳が大きく見開かれる。

 困惑したように、彼は私を見つめる。

 きっと、彼は、女性に断られたことがないのだろう。


「なぜだ? まさかあんな愚かな男を愛しているとでも? 今だって、おまえじゃなくてあの男好きの王女といっしょにいるんだぞ。なんであんなやつに義理立てするんだ? 国王の命令だからか? あんな国王に、こんな国に何の価値がある? 恩知らずな怠惰な民の国に!」


 私の婚約者はアーサーじゃないわ。

 私の本当の婚約者は、アスラン様よ。だって、私達は婚約を解消しなかったもの。100年以上経って、アスラン様はもうこの世にはいなくても、それでも、私はずっとアスラン様の婚約者でいたいの。


 ……それに私は、王女だからこの国を守らないといけない。国を出ることはできない。


 そう洗脳されて育ってきた。教会に、お父様に、それから、炎の中で出会った建国女王に。


 国のために生きて、国のために死ね。

 そう言われてきた。


 でも、もうそれを守るつもりはないけれど。


「この教会に来ても、何の意味もないのよ。ここには精霊はいないの。精霊はこの国から出て行ったの」


 今の国王には、この国を守る力はない。国民を愛することもない。

 だって、彼は、炎の中の建国女王に会ってないのだから。

 この国はもうすぐ、守りの力を失う。


「ここにあるのは、人が作ったただの石の像だけよ。祈ったところで意味はないの。皆、それを知っているの。信仰心なんて必要ないの!」


 呆然と立ちすくむジンを後に残して、私は踵を返して教会を出た。


 もうここには来ない。私はもう彼らの犠牲になるつもりはないんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ