⑰ 誕生パーティ
「私も誕生日パーティに行っていいんですか?!」
侍女の姿でついてくるようにと命じると、マリリンは飛び上がって喜んだ。
「これを持って行って。必要になったら渡してちょうだい」
マリリンにマントを渡す。それから、侍女服に着替えるように命じた。
今日は私もドレスで着飾った。王妃に渡された白いドレスではなく、帝国製の高級ドレスだ。
鏡に映った自分の姿に満足して、くるりと回る。
紫色のドレスは私に似合ってるわ。
紫水晶のペンダントも私にぴったりね。
これはルリが盗ってきたんだけど、もともとは王家の品だもの。売ったのか盗られたのか知らないけど、返してもらうんだからいいわよね。まあ、一応、代金として治癒石を置いてきたけどね。
「すっごくかわいいです! 紫色がよく似合いますね。どこで買ったんです? めちゃくちゃ大きい宝石! 首は痛くないです? ねえねえ、私はどうですか? 侍女服は似合ってます? 私のピンクの髪には紺色よりも赤が似合うと思うんですけど、侍女の制服って地味ですよね」
「……」
大声ではしゃぐマリリンは無視して、大広間に向かう。王宮で開催される私の誕生パーティは、もう始まっている。主役は遅れて到着するものよね。
「やっと来たか。遅いぞ、何をしてたんだ!」
迎えにも来なかったくせに、アーサーは大声で私を詰った。
「今日はいつもと違うな。そのネックレスはなんだ?」
「王家の宝です。陛下に挨拶に参りましょう」
広間には、国中の貴族たちが集まっていた。
「ブルーデン公爵家のアーサー様、そしてその婚約者、フェリシティ様」
入場を告げる声に、招待客がざわつく。私の名をアーサーよりも後に呼んだ。それに、王女という敬称もつけずに、ただのフェリシティと。
いったい何が起きているの?
貴族たちは、私と王妃を交互に見る。王妃はレドリオン公爵と一緒にいた。隣には赤いドレスを着た女性が立っている。濃い色のベールをかぶっているから、顔は見えない。王妃はとても親密そうに彼女に話しかけている。
それを横目で見ながら、王族席へ進む。
「このように盛大な誕生日パーティを開いてくださり、ありがとうございます」
王族席でだらしなく座っている国王陛下に挨拶する。私の隣でアーサーも一緒に礼をとる。国王は、いつものように濁った青紫の瞳を私に向けた。手にはワインの瓶を持っている。今日もたくさんお酒を飲んだみたいね。
「ふん、王妃がパーティを開くと言うから、来てやっただけだ。愚かな娘などに用はない。早く出て行け」
出て行けって言われても、私の誕生パーティだよね? 違った?
国王の暴言から、アーサーはもちろん私をかばったりなんてしない。私のエスコートの手を振り払って、一人でさっさと舞台から降りた。
仕方ないから、その後ろについていく。
一人で歩く私を嘲笑する声が聞こえてきた。
本当にもう。私の誕生日パーティを祝いに来てるんじゃないの?
「みなさま、今日はわたくしの娘の誕生日を祝いに来てくれてありがとう」
王妃がスピーチを始めた。
隣には、ベールをかぶった赤いドレスの女性が立っている。
「あのお嬢さんは誰かしら?」
「赤茶色の髪が見えるわ。レドリオン公爵の親族の令嬢?」
夫人方がひそひそとささやく。王妃の隣、本当なら、王女である私の立ち位置に、知らない女の子がいる。
「紹介しますわ。わたくしの本当の娘、カレンです!」
王妃が言うと同時に、赤いドレスの女性はベールを脱いだ。
現れたのは、赤茶色の瞳のものすごい美少女。
あでやかな美貌に微笑みを浮かべて、優雅にカーテシーを披露した。
「え? どういうこと?」
「本当の娘? じゃあ人形姫は?」
「まあ、なんてきれいなお嬢様なの。どこかで見たような……」
「聖女だ!」
「聖女フェリシティにそっくりじゃないか! 髪と目の色は違うが、顔立ちは全く同じだ!」
会場のあちこちで声が上がる。そして、貴族たちは、壁に飾られた聖女の肖像画と美少女を見比べた。
「聖女フェリシティ様だ! この方が本当の王女だ!」
「なんと美しい! 聖女フェリシティ様の生まれ変わりだ!」
レドリオン公爵の近くにいる貴族から、大歓声が上がった。
カレンは彼らに笑顔を振りまく。貴族達は、その美貌にうっとりと見とれた。
そして、王妃は、私をにらみつけながら近寄って来た。
「いままで、よくもわたくしを騙してくれたわね」
「……」
私は、黙って王妃を見つめ返した。
「薄汚い偽物!」
甲高い叫び声に、騒いでいた人々が何事かと口を閉ざす。
「そこの衛兵! この汚らわしい下民をとらえなさい! これは王女を騙る偽物よ!」
私を憎々し気に睨み付けた王妃は、扇を振り上げた。
バシッ
痛い。とっさに顔をかばったから、腕に扇が当たった。
王妃は国王に訴えた。
「これはわたくしたちの娘ではありません。入れ替えられていたのです! 本物の王女は、ここにいるカレンです。私の愛する娘」
カレンは優雅に礼をして、王妃の隣に並ぶ。
「陛下、ご覧ください。わたくしたちの本当の娘、カレンです。聖女フェリシティにそっくりでしょう? 彼女が本物の王女です!」
「本当だ! 彼女が王女で間違いない!」
「聖女様にそっくりだ! 入れ替えられていたのか。なんと気の毒な」
「本物だ! カレン王女が本物だ!」
レドリオン公爵が根回ししていたのだろう。
何人かの貴族が、王妃の話を肯定するように、大声をあげた。そして、わざとらしく質問する。
「なぜ、王女様が入れ替えられたのですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれた。王妃様が我が家で出産した際に、メイドが孤児の赤子と入れ替えたのだ」
あらかじめ役が割り振られていたのだろう。公爵家の派閥の貴族により、茶番劇の舞台が進行する。
「メイドは、どこかから拾って来た孤児を我が家に置いた後、本物の王女を連れて帝国に渡った。私たちは、何かがおかしいと常に思っていた。だから、ずっと探していたのだ。そして、ようやく、私は本物の王女を、私の孫を探し当てた!」
貴族たちに向って、レドリオン公爵が演説する。その隣で、カレンは、肖像画と同じ聖女の微笑みを浮かべている。
「ああ、私の本当の娘。突然の出産だったから、メイドに騙されてしまったの。今までごめんなさい。帝国で苦労したでしょう? かわいそうに」
「いいえ、お母様。わたくし、お母様に見つけてもらって、とてもうれしいわ」
「まあ、優しい子ね」
王妃と娘、そして公爵の茶番は続く。
「陛下、偽物の王女を直ちに処刑しましょう! 今まで我々を偽っていたのです。どこの誰ともしれぬ卑しい生まれの者が王女を騙るなど、許しておけません。さあ、今すぐ首を切りましょう!」
国王は片肘をついて、気だるげに公爵を見ていた。ゆっくりとワインを飲み干して、じろじろとカレンを眺める。そして、ぽつりとつぶやいた。
「赤茶色の髪と目か。王族の色ではないな」
王族の証である紫の瞳を持たない。
国王の言葉に、貴族たちは、私とカレンを交互に見比べた。
片方は、金髪に紫の目の王族の色をもつ人形姫。でも、王妃に実の子ではないと言われた。メイドが拾って来た孤児だと。
もう片方は、赤茶色の髪と目の美少女。その色合いは、レドリオン公爵や王妃と同じだけれど、王族の色ではない。
「陛下? 何をおっしゃられますの? レドリオン公爵家の者は皆、赤茶の髪と目をしていますのよ。私の遺伝が強かっただけですわ。それに、カレンは、聖女フェリシティにこんなにそっくり。これこそ、彼女が王族だと証明していますわ!」
「お父様! わたしがお父様の本当の娘です。ずっとお会いしたかった」
カレンは両手を胸の前に組んで、祈るように国王に訴える。
国王は、その様子をじっと見てから、肖像画の方に目を向けた。
「たしかに、肖像画には似ている……。それでは、おまえたちが偽物の孤児と呼ぶこの者は、なぜ紫の目をしているのだ?」
私を見る国王の瞳は暗く濁っている。酒浸りのせいで判断が鈍っているのだ。レドリオン公爵が持ってきた聖女フェリシティの肖像画が、カレンに似ているのは当たり前だ。きっとカレンをモデルに描いたのだろう。そんなことは分かり切っているのに、それでも、貴族たちは誰もそれを指摘しない。レドリオン公爵には逆らわずに、成り行きを見守っているのだ。彼に対抗できるのはブルーデン家だけだ。でも……。
ブルーデン公爵の姿が見当たらない。パーティには欠席しているみたい。私の味方は誰もいないのね。アーサーはもちろん役に立たないわ。
「陛下、紫の瞳はわが国では珍しいですが、帝国には、様々な目の色をした者がいるのです。外国人には、きっと紫色の瞳の持ち主も大勢いるでしょう。もしかして、その娘は、外国の血が混ざっているのでは? 何しろ、捨てられた子どもだったので」
私が、この私が外国人だって言ってるの? それは、最大の侮辱だわ。許せない。
レドリオン公爵の言い分に腹が立つ。
「私は、フェリシティ・エヴァン。まぎれもなく、この国の建国女王の血をひく王女よ」
そう宣言すると、王妃は憎しみのこもった目で私をにらみつけた。
「卑しい孤児の分際で! おまえなどは王女ではない!」
「いいえ、この紫の瞳が王族の証拠です」
でも、きっとそれだけでは信じてもらえない。
それならば、誰もが認めざるを得ない証拠を出すことにしよう。
「私が建国女王の血筋であることは、簡単に証明できます」
私は広間の中央で燃える紫の炎へとゆっくり歩く。貴族たちは、私の視線の先に注目した。
煌々と燃える炎は、大理石の床から湧き出している。そして、勢いよく天井まで燃えあがっている。
炎の前に立って、私は、国王の方を振り返った。
さっきまで気だるげにソファーで寝そべっていた王は、身を乗り出して、私を食い入るように見ていた。
この国の始まりから、燃え続けている紫の炎。
私は王にカーテシーを披露して、そして、ためらいなく炎の中に入った。
「ひっ!」
「きゃぁ」
「なんてことだ! 中に入ったぞ!」
一瞬で炎に焼きつくされる。
皆、そう思っただろう。
でも、次の瞬間、私は炎を通り抜けて、貴族たちの前に再び姿を現した。
何事もなかったかのように。
あ、何事もなくはない。私の体や髪の毛は、少しも焼けてない。でも、身に着けていたドレスや靴が、瞬時に燃えて消滅していた。
「出て来た」
「焼けてない……」
「本物だ!」
「うわー!」
歓声があがった。
建国女王の炎は、その血を継ぐ者を焼くことはない。
言い伝えの通りだった。
ここにいる誰も、それを見るのは初めてなのだろう。
「王女様だ!」
「本物の王女様だ!」
「建国女王の子孫だ!」
初めに叫んだのは、アーサーの兄のブルーデン公爵家の嫡男だった。そして、それに続いて、ブルーデン家の派閥の貴族たちが次々に歓声をあげる。
アーサーは、その隣であっけにとられたように口を開けて私を見ていた。
って、どこを見てるの?
私の裸?!
「マリリン!」
急いでメイドを呼ぶ。人混みの中でちらっとピンクの髪が見えて、もう一度大声を出す。
「マリリン! はやく、マント!」
もう、本当に、気の利かないメイドね。




