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⑬ 家庭教師

 来月、私の誕生パーティが開かれるそうだ。

 離宮の使用人は、準備のために王宮に引き抜かれていった。

 からっぽになった離宮に、ドレスの入った箱が運ばれてきた。

 これを着ろって?

 何で、いまさら誕生パーティ?


 この15年間、一度も祝われたことはない。

 確かに私は来月16歳になる。正確には、133歳。まあ、本当の誕生日はもっと後なんだけどね。


 見捨てられた人形姫の誕生パーティに、国中の貴族を呼ぶつもり?

 レドリオン公爵と王妃は何を考えてるんだろう?


 箱の中には、真っ白なドレスが入っていた。

 あまりいい生地じゃない。それに、白色はパーティにふさわしくない。死人に着せる色だから。


「王女様! 見つかりましたよ。帝国人の家庭教師!」


 マリリンがスキップをしながら入って来た。ハタキをくるくる回している。


「すっごくかっこいい男の人です。25歳で、男盛りで、色気がむんむん! どうしよう。好きになっちゃうかも!」


「勝手に好きになれば?……信用できそうな人?」


 もちろん帝国人なんか、全員信用できないわ。でも、帝国語を習うためには妥協するしかないわよね。


「父さんは、信用できるって言ってました。聖女様の話に何時間も付き合ってくれたんだって。良い人で間違いないです!」


 聖女マニアのマリリンの父の話は、とても長いそうだ。それに付き合えるくらいなら、相当我慢強い人ね。


「明日、連れて来てちょうだい。裏門は出入り自由よ」


 捨てれられた人形姫の離宮には、門番さえいない。侵入し放題だ。



 ◇◇◇◇◇


「いやぁ、お美しい。その紫の瞳! 聖女フェリシティ様と全く同じ。金の髪も神々しい!」


 マリリンによく似たピンクの髪の中年男は、入ってくるなり大声で私を褒め讃えた。

 無礼で大声なところがよく似てるわね。私は、これでも王女なのよ。王族への礼儀を知らないの?


「父さん! だめだって。王女様にちゃんと挨拶して」


 父親の後ろに立っているのが、その教師なの? 黒いフードで顔が見えないわ。


「ああ、申し訳ありません。本日は、お日柄もよろしく……ご注文の家庭教師を連れてまいりました!」


 マリリン父に背中を押された男が、フードを取った。


 真っ黒の髪。背が高くて、騎士のような体格。


 ?!


「初めてお目にかかります。フェリシティ王女様。ジンと申します」


 あの時の男だ! 教会の魔物のような黒い男!


「王女様の家庭教師を務められること、大変光栄に思います」


 男は、慇懃に礼をした。精悍な顔には、作り笑顔が浮かんでいる。


 思わず後ずさった私に、空気の読めないマリリン父は話を続ける。


「めちゃくちゃかっこいい商人さんでしょう? 帝国人特有の黒髪をしているけど、彼はね、母親が我がエヴァン王国の出身なんですよ」


 私の国の民?


「はい。母は、帝国に売られたエヴァン王国出身の元奴隷なのです」


 私の民が奴隷に?!


 衝撃的な言葉に、恐れが吹き飛ぶ。


「我が国の民を奴隷にするなど、許されていません」


 絶対に、私が許さない!


「いやぁ、それがですね、王女様。結構よくあるんですよ。親が子を帝国に売ったり、盗賊に攫われて奴隷として売られたり。もちろん違法ですがね、ほんと良くある話なんですよ。帝国にはね、たくさんの奴隷がいるんですよ」


「そんな……じゃあ、本当に?……」


 無理矢理攫われたり売られて、奴隷にされるなんて。

 私の国民が奴隷にされていたなんて。

 そんなこと考えもしなかった。


「幸い、母は私を産んだ後、奴隷の身分から解放されました。エヴァン王国語が話せるので、私は商人になり、こうして王国にやってきた次第です」


 作り笑顔を浮かべた男は、私の前に来て頭を下げた。


「どうか、私に王女様の家庭教師を務めさせてください。母が申しておりました。高貴な紫をもつ王族は、国民の希望だと。王国人の血を持つ私には、とても光栄なことなのです」


 そう言って、頭を上げた男の口元は笑みの形を作っているけれど、黒い瞳は笑っていない。


 教会で私に会ったことを、この男は気が付いていないの?

 薄暗かったし、私はフードをかぶっていた。

 顔は見られてなかったみたいね。


「……いいわ。できるだけ早く帝国語の発音を覚えたいの。毎日来られる?」


「毎日、ですか?」


 さすがに、彼にも予定はあるだろう。でも、こんな恐ろしい男の授業は、集中してさっさと終わらせたい。


 男は少し考えてから、うなずいた。


「大丈夫です。そのかわり、報酬の方は」


 ああ、お金ね。

 マリリン父の方をちらっと見る。私の収入は全て彼に管理してもらっている。治癒石や果樹園を売ったお金がたくさんあるだろう。


「分かってますよ。治癒石の優先販売ですね」


 親指を立てて、マリリン父は簡単に請け負った。


「ありがとうございます。本当にありがたい。貴重な治癒石が手に入るなら、私はなんでもいたしましょう。これがあれば、母の体を治すことができます」


「お母様は病気なの?」


 私の愛する国民は奴隷として売られて、どんなひどい扱いを受けたというの? 


「足が少し悪くて……。ですが、治癒石があれば、きっと良くなります。オークションでは、入手できませんでしたが、マリソル商会長にお会いできて本当に良かった。なるほど、王女様が見つけたのですね。聖女フェリシティ様が残した治癒石を」


 私が作る治癒石は、聖女の遺産として評判になっているようだ。


 あいまいに作った微笑みで、それに答える。


「おお! 聖女フェリシティ様の偉大なる遺産! すばらしいでしょう! いや、私も王女様にいただく約束をしてましてね。家宝にしますよ。もったいなくて死んでも使えません! 王女様は、離宮に残っていた治癒石を見つけられたそうなんです。さすが紫の目を持つ王族! なんとすばらしい! 聖女様は紫の瞳で、神聖な力を持って……」


 マリリン父が興奮したように話し続けた。


 ちょっと、この人、口が軽すぎない? ああ、もううるさい。誰か止めないの?


 大声で聖女談義を始めたマリソル商会長にうんざりして、娘のマリリンを見ると、彼女はうっとりと、帝国人の男を見ていた。


「うふふ……かっこいい……」


 よだれが出そうなぐらい口を開けている。


 どうして、私にはこんな手下しかいないのよ。


 マリソル商会長の話に相づちを打っていた黒髪の男は、流し目で私を見た。

 その瞳は、獲物を狙うかのようにギラギラと光っていた。

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