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5 山行と討伐

 かなり雪の少なくなった、山道に踏み込む。

 ライナルトの前には若手の村人ケヴィンとイーヴォ、他にマヌエルとオイゲンという少し年輩の男二人が、後方で慎重に足を進めている。

 葉を落とした木々の間、数日前に見たように時おり野鼠や野兎の走りが窺えた。やや遠くに、狐や狼の類いと思われる鳴き声が聞きとれる。

 家畜や貯めた食糧目当てに里に近づく山の獣や魔獣たちに先手を打つ、という彼らの目的のためには、これらは獲物として当てはまらない。野鼠や野兎は異常繁殖でもしない限り大きな被害をもたらさないし、狐や狼はむしろそれらを餌として繁殖を抑える働きをしている益獣の扱いだ。

 それらとは比べものにならない脅威となる獣、岩山猪がんざんいのしし焦茶熊こげちゃぐまが数頭、ここ何年かは春先恒例のように山を下りてくるのだという。さらには夜闇に紛れて判別がつかないが、もっと大きな魔獣らしい個体が目撃されたこともあった。

 そういった標的を探して、五人で山中を彷徨することになる。大きな獣たちは絶対数も多くないので、数頭狩るだけでも被害は違ってくると予想されている。

 それでも野鼠や野兎が近くに現れた場合には、ケヴィンとイーヴォが素速く弓を構え、数度に一度は仕留めることになった。村人たちの貴重な食糧になるし、若者たちにとっては本番前の腕試しだ。


「よっしゃ、どうだ、よく太った野兎だぜ」

「おお。この季節にしちゃいい肉が手に入ったな」


 満足の声を交わし、みんなで協力して獲物を解体する。

 そんな狩りもしながら、次第に山の奥へと踏み込んでいく。


「ケヴィンとイーヴォ、今の動きは良かったぞ。小さな獣に対する弓は、相手の動きに合わせて素速く照準をつけなきゃならん」

「おお本当さ。弓を使えるようになって、去年までとは段違いだ」


 ライナルトの称讃に、年輩のオイゲンも声を合わせた。

「訓練の賜物だあ」と、若者たちは笑い合っている。

 ちなみに、若者たちとは言っているが、ライナルトとそう違いはない。

 昨日弓の指導をしながらとしを訊かれて「二十三だ」と答えると、「何だあ、俺たちより一つ年上ってだけかあ!」と驚かれた。


「年寄り臭くて、悪かったな」

「いやいや、悪いってわけじゃねえが。貫禄がある、とか?」

「無理してつくろうな」

「ライナルト、あんたそりゃ、その髭がいけねえんだ。とおは年食って見えるぜ」

「そうかなあ」


 そんな軽口を叩き合って、この二人とは親密度を深められたようだ。

 他の二人は四十過ぎというところらしいが、ライナルトの経験を尊重してここでは指示役を任せてきている。

 村の成人男性はこの他に村長のホラーツ、牧場長のギード、ヨッヘムという三人がいるが、いずれも六十代七十代の老人だ。

 最近では、現在ライナルトが借りている家に以前住んでいた三十代の夫婦と小さな子どもが、夜中に魔獣に襲われて殺された。

 作春のこうした狩りの中で、ロミルダの伴侶だった村長の息子が熊と闘って命を落とした。

 そんな死との境目で生き抜いているような事情だから、ライナルトの参加は村を挙げて大歓迎の慶事なのだ。

 なお、村の成人女性は九人。その他は十五歳の成人前ということで、今日はそのうちケヴィンの子ども一人、イーヴォの子ども二人とライナルトの娘を、村長の孫二人とともにロミルダとイーヴォの妻に世話をしてもらうように頼んである。

 こうして旅に出てからは初めて長時間娘と離れることになって、ライナルトにとっては身を引き裂かれる思いだ。今も娘が号泣して止まないのではないかと思うと、すぐにも引き返したくて堪らない。

 しかし、この狩りへの参加がこの村で好待遇を受けている対価なのだ。これだけは断るわけにいかない。

 せめて帰りが遅くならないように、何らかの成果を挙げられるように、と獲物を求めて神経を尖らせていく。


ししが冬越えをしているのは、たいがいあの沢の向こうなんさ」

「そうか」


 やや高みに出て雪の残る窪地を見下ろす格好になって、横に並んできたマヌエルが前方を指さした。

 頷いて、ライナルトは目を凝らした。

 夏場は水を湛えていることもあるという低地も、今は一面なだらかな白を広げている。もしかするとその下は氷を張ったり、泥濘ぬかるみを残しているのかもしれない。

 そこを越えた向かいの林がとりあえずの目的地だという。五人の足は、窪地の縁を回る迂回の形をとった。

 潰れた円形を三分の一周ほどしたところで、ケヴィンが目の上に掌をかざして抑えた声を発した。


なんかいる。そこそこ大きいんでないか」

「ん? おお、あれか。そうだありゃ、ししかもしんないな」


 林の中に目を凝らして、イーヴォも同意する。

 後ろに続く三人も、目を細めて凝視した。

 確かに木立の隙間に、雪に鼻先を突っ込んだ姿勢の薄茶の獣らしい姿が認められる。

 首を伸ばして。マヌエルが頷いた。


「だな、ししに違えねえ。大きさはちゅうくらいってところか」

「あんなのが徒党を組んで下りてきたら、えらいことになる」

「今日の標的ってことだな」


 オイゲンの付言に頷いて、ライナルトは周囲を見回した。

 もう少し進んだ林の手前が、少し左右に開けている。その辺りが適当か、と判断。


「ケヴィンとイーヴォ、そこまで進んだところで、弓で狙えるか。呼び寄せて、横に広がって迎え討とう」

「よっしゃ」


 岩山猪には、通常弓矢は効かない。目を射貫くでもしない限り、硬い毛と表皮は手製の矢程度を弾いてしまうのだ。

 それでもあの獣の習性として、攻撃されるとよほどの大きな脅威でない限り相手への突進を開始するということが知られている。

 その突進を招いて、弓矢と魔法で牽制した上でライナルトの大剣で仕留める、というのがこのチームの狩りの方針だ。

 魔狩人のグループを組んでいたときも、同様の動きだった。ライナルトは弓や魔法でこうした大物を狩るのには力と技量不足で難儀するが、仲間の牽制で勢いを殺した獲物を剣で屠る役割をならいとしていた。

 やや広い雪原に出て、ケヴィンとイーヴォは弓を構えた。木立は疎らなので、三十ガターほど先の標的まで遮るものはほぼない。

 続けざまに二本、矢が射かけられる。

 一本はすぐ脇の地面へ落ちたが、もう一射は見事標的の尻に命中した。しかしやはり予想の通り毛皮に突き刺さることはなく、そのままぽとりと落下している。

 それでも目論見通り、猪はぎろりとこちらに向き直った。

 間髪を容れず、疾走が始まる。


「来るぞ、構え!」

「おう!」


 ライナルトの両腕を開いた指示で、仲間たちは横に展開した。向かって右手に、ケヴィンとオイゲン。左手に、イーヴォとマヌエル。

 ケヴィンとイーヴォが続けて矢を射るが、猪は動じたふうもなく足を緩めない。

 二人は弓を捨て、五人で両手を前に構えた。

「撃て!」というライナルトの号令で、魔法の火が三つ、水が二つ、放たれる。球形で宙を飛んで獣の顔面に弾ける。

 目に見えるかどうかの程度、疾走の足は弱まったか。

 左右の四人はとりどりに魔法発射を続ける。

 その中で、ライナルトは腰の得物を抜き放った。

 両手で、左腰の高さに大剣を構える。

 連続した火と水の顔面破裂に、さしもの猪突も勢いが鈍る。そこへ向けて、全速で走り出す。

 ブオウ、と唸って、猪は近づく相手に狙いを定めて突進再開。

 ぐいぐいと、近づく。さらにその顔に、火と水が弾ける。

 ぎりぎりまで近づき、ライナルトの足はわずかに軌道を変えた。

 巨体をかわし、下から大剣が一閃。

 そのまますれ違い、毛深い薄茶は走り続ける。

 ひと息置いて。獣の前足が折れ、太い首から鮮血が噴き出した。



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