51 帰還と依頼
翌日には、村民たちが帰ってきた。
村長と状況確認を交わし、兵たちは経過観察任務の一人を残して、怪我人を連れ戻っていった。
帰宅した村人たちからは、口々に感謝の言葉が出てきた。
「五人は本当によくやってくれた」目を潤ませて、村長が唸る。「村人全員の命と、村そのものが救われた。特にライナルトにはこれまでの件を含め、いくら感謝してもし足りないぞ」
「まったくだあ」
「本当によお」
「ライナルトがいてくれて、本当によかったさあ」
「その怪我が治るまで、みんなで協力するからな。ゆっくり、しっかり直してくれ」
「ああ、分かった。迷惑かけるが、頼む」
怪我人たちも、それぞれの家に戻ることになる。
ライナルトの家にはロミルダとライラ、フェーベが交代で通い、食事や身の周りの世話をすることになった。
残った兵士とケヴィンもイーヴォは打ち合わせ協力して、山方向の森の中などの監視を続けることにした。今回の三ツ目鬼の接近でほぼすべての獣たちの姿が消えたことになるが、今後どうなるものか。もしかすると、新たな魔獣が下りてくることも考えられる。
そんな活動を始めながら、村人たちは中断していた春の農作業に急いで復帰する。離れていたのは三日ほどだが、やることは山ほど溜まっているのだ。
あっという間に、村は元の生活を取り戻した。
マヌエルとオイゲンも怪我はたいしたことなく、すぐに農作業に戻ったということだ。
結果一人無聊を託っているライナルトのもとへは、森の視察帰りのケヴィンとイーヴォが毎日のように報告に来ていた。
「鼠や兎はちらほら見えるようになったが、熊や魔獣の輩はまだまったく見かけねえ」
「そのままもう、こっちへ出てこないようになったのかもしらんな」
「それならいいんだがな」
二人の話を聞き、ライナルトは深く頷いた。
神官が調べてくれた昔の記録でも、三ツ目鬼らしい大魔獣がさんざん暴れた末に北の山へ帰っていった後、他の魔獣の出没も元通り少なくなったということだった。
「過去の記録のように魔獣がすべて北の方に戻っていったというんなら、喜ばしいんだが。しかし過去のものと今回では、異なる点がある。前のは窮奇だったか、そいつが力を取り戻したのでみんな元に戻っていったと考えられているという。今回は三ツ目鬼が討伐されたという顛末だ。他の魔獣の動きがどうなるか、前と同様とは限らない」
「なるほど」
「そうなるんか」
「どちらにしても三ツ目鬼が他の魔獣をこちらに追い立てるようになっていたのが原因だったのが、それがなくなったという点では同じとも言えそうだがな。前と同じようになるか何処か変わるか、注意深く見ていくべきだ」
「分かったぜ」
「その辺、任せておけ」
若者二人は、大きく頷いて胸を叩く。ライナルトが動けない間は自分たちで村を護る、と意気込んでいるのだ。間もなく兵士は村を離れるが、二人は農作業の合間に森の監視を続けるという。
頼もしく思い、ライナルトとしては二人に完全に任せるしかない。
当分はほとんど歩き回ることもできず、ロミルダたちに周りの世話を受ける身の上だ。
イェッタはなかなか父親の傍を離れようとしないが、日に一度程度はホルガーたちに誘われて家の近くで身体を動かしている。村を護るべく剣の稽古をする、という意志は続いているらしい。
気候が初夏めいてきて少し動けるようになると、ライナルトは子どもたちの稽古を見守るようになった。
六歳のホルガーはかなり剣の振りもしっかりしてきて、イェッタやヨーナスの打ち込みを余裕で受け止められるようになっている。年長者の方から打ち返すのは危ないので、その分座ったままライナルトが木剣で受けてやったりする。
北方に駐留していた領兵隊は領都に戻り、預けていた魔核が売れた旨の連絡が届いた。領主を通じて王室が買い上げたらしい。記録に残る限り最高額になったという。
領都の魔狩人協会に金を預かる機構があるのでそこに入れてもらい、ライナルトはホラーツと相談して一部を村の柵などの修復に充てることにした。
夏の盛りを過ぎる頃には元通りに近く歩けるようになり、以前のように森の探索や村の者たちが代わりに世話してくれていた小さな畑の仕事を再開した。
イェッタは前年よりさらに父の傍を離れて他の子たちと過ごすことが多くなっている。それでも森に入る際に負ぶわれるのは、変わらず譲らない。
「オータ無理しないように、見張る」
「そんな無理しないっつの」
三歳になった娘はまだ舌足らずが残るものの、どんどん口達者になっていくようだ。
相変わらず他の子たちと走り回り、家では魔法の練習、定期的に神官が運んでくる本を読む、という日々を送っている。
ライナルトが自分で見回るようになっても、聞いた通り森の中に魔獣の気配はなく、小さな獣が窺える程度だ。時々野兎を狩って村の者に分ける、という初期の状態に戻っていた。
まあ以前から夏場に魔獣を見ることはほぼなかったわけで、この秋深くなってどうなるかが見極めどころと思える。
領の上層でも、同様の判断らしい。
秋の収穫期を過ぎようとする頃、以前村に駐留していたブリアックが一年ぶりに派遣されてきた。
雪が降るまで、北の魔獣の動向を観察する。今季で動きがなければ、村への駐留も終了という上の意向だという。
いつもの住居を訪ねて互いに怪我の回復を報告し合い、久闊を叙することになった。
「俺はまた槍を持てるようになったところだが、ライナルト殿の脚はまだ本調子ではないか」
「ああ。剣は振れるが、足の運びはまだ元のようにならない」
「前のような稽古を楽しみにしていたが、お預けだな」
「悪いな」
「いや。ところで話は変わるが、領主閣下と軍司令官からの依頼を預かってきている」
「何だ、いきなりお偉い様からか」
思いがけない切り出しに、膝に抱いた娘の腹に回した手に思わず力を込めていた。
しかしかなり重みのある依頼申し渡しのはずだが、兵士はあまり表情を引き締めていない。
「本当に気楽な打診と受け止めてほしいらしいがね。来春以降でいいんだが、領兵に火魔法の指導をしてもらいたいというんだ」
「火魔法、かい」
「うん。俺や他の数名、この村に来て指導を受けたわけだが、その要領で隊に戻って他の奴に伝えても、うまく身につけさせられないんだ。ここはやはり、先駆者たるライナルト殿から指導をしてもらいたいということだ。先の三ツ目鬼などの討伐に成果を上げているということで、領主閣下も興味を持たれている」
「あれは、たまたまなんだがなあ」
「そう聞いてはいるんだがね。そのたまたまにしても、火魔法の強化がなされていなければ実現しなかったわけだろう」
「まあ、そうは言えるか」
「言った通り、強制の命令なんてものじゃない。よく考えて検討してもらいたい。詳しくはこの書状に書かれている」
「分かった」
紙を受けとって、家に戻る。
娘と一緒に書面を読んだところ、確かに命令調ではなく依頼という調子の文面だ。
予定は半月程度。魔狩人へのこうした依頼として妥当な額の報酬が支払われる。
ブリアックの話より膨らんでいるのは。
指導の対象は領軍の兵に加え、魔狩人の希望者とする。
指導内容は火魔法の強化と、できれば話に聞く火魔法と風魔法の連携、というものにしてもらいたい。
となっている。
この領は南方の地より魔獣への対応が多いため、軍と魔狩人が協力することがままある。そのための追加だろう。
そんなことを、ライナルトは娘に説明した。
「なるほろ」
「しかし、風魔法もか。イェッタをそういう奴らの前に出して指導させたりはしたくないなあ」