50 報告と加療
村に戻ると、一行はケヴィンの家裏、兵士たちの使っている空き家に入った。
住民たちは避難して残った大人は七人、そのうち五人が負傷者ということになる。全員を一軒に集めて、動ける二人で世話をしようと話がまとまった。
三ツ目鬼を倒したと報告すると、兵士二人は仰天の顔になっていた。
「何だって、あの怪物をか?」
「まさか――剣も魔法も通らないだろうに」
「運がよかったと言うかな。火魔法が上手く効いたようだ」
ライナルトが答え、若い二人が死骸の様子を説明すると、何とか理解されたようだ。
急いで、駐留隊に向けて報告の伝書鳩を飛ばす。
前回の連絡で、ある程度の兵をこちらへ向かわせる、と返事を受けている。村人たちが避難して数アーダ(時間)、街道の途中でそのうち出逢うことになる。
それら移動中の兵や村人への連絡は間に合わないが、兵たちはそのまま進み明日の昼頃にはこちらへ到着するのではないか。避難民たちは隊の駐留地に着いたところで、伝書鳩の報せを知るだろう。そのまましばらく休んだ後、こちらへ戻ることになると思われる。
しばらく、それらの到着まではこの面子で、怪我人の治療に努めなければならない。イーヴォとケヴィンが村中を走り回り、治療道具や食糧などを集めてきた。
とにかく最も重傷なのはライナルトで、骨折した脚の固定を行うことになる。
兵士二人も何とか動いて、マヌエルとオイゲンの治療に手を貸した。
ようやく治療が済み、簡素ながら食い物も腹に入れて、全員一息つくことができた。豆のスープを飲んで満腹したイェッタは、父親の右膝に凭れてうつらうつらを始めている。
兵士の一人が、改めてライナルトの顔を覗いた。
「しかし本当に信じられんぞ。あの魔獣を火魔法で倒したなど」
「何がどううまくいったのか、俺にもよく分からん。木の下敷きになって動けなくなっていたところから、必死に火を放っただけだ。この娘が風で協力してくれたのも、よかったのかもしれん」
「うーむ……」
これも事前に父娘で話して、空気爆発については誰にも話さないことに決めた。
簡単に言って、説明に困るのだ。
空気中にある燃える成分、燃えるのを助ける成分、などと言っても誰も理解しようがないだろう。何より、そんな知識を何処から得たのか問い詰められても、答えようがない。
また理解されようがないのだから、まずまちがいなくイェッタのやっていることを他の風適性の者に再現させることもできない。説明できないし目に見えないのだから、見よう見真似さえ不可能だ。この点で困難さは、レンズ以上だろう。
さらにそうだとすると。
レンズも空気爆発も、元になる操作を実行できるのはイェッタだけということになる。
しかし一方で、これらの威力は他の魔法の比でなく、群を抜いている。対象をある程度静止させられさえすれば、まずどんな生き物でも仕留められる。効果が不明な相手は、伝説の窮奇や應龍くらいなのではないか。
そんな強力な攻撃法を父娘で身につけているということなら他に自慢してもよさそうだが、現状これは危険極まりない。
元になる操作は、イェッタにしかできない。一方でそれに協力するライナルトの役割は、光や火適性の者なら誰でもある程度練習すれば取って代われるだろう。
この事実を何処かの領軍や国軍に知られたら。まずまちがいなく、イェッタの囲い込みが図られることになる。
特に空気爆発は、これまでのどんな武器よりも戦争で有用となるだろう。敵兵の殺傷だけでなく、城攻めで門などの破壊にさえ使えそうだ。知られたら、絶対放っておかれるはずがない。
それも、特殊技能を持った人物を厚遇する、などという扱いはまずあり得ない。まだ二歳の平民の娘相手に、そんな発想をする貴族などいるわけがないのだ。この目的のためだけに酷使される顛末しか考えられない。
また誰かに監禁拘束されこれらの攻撃法行使を命令されたとして、イェッタに抵抗のすべはない。体力腕力は平均的幼児の域を出ず、これらの攻撃にしても一人では実行できないのだ。最悪、命令者は幼児を痛めつけてでも実現を図るかもしれない。
そんなことを容認できるわけがない。
というわけで、レンズも空気爆発も絶対秘匿、と二人は固く誓っていた。
「しかし本当に三ツ目鬼が征伐できたとすると」兵士の一人が唸った。「これでここ数年の異状の元が絶たれた、ということになるのかもしれん」
「ああ、神官の話では昔の記録でも、三ツ目鬼が引き上げたら他の魔獣も戻っていったということだったな」
「そうだ」
「このまま他の魔獣襲来も、止んでくれればいいんだがな」
「本当さあ」
そんな話し合いをして、この夜はまだ魔獣への警戒を続けながら一つの部屋で全員休むことにした。
予想通り翌日午頃、兵士が五人現れた。
強大な魔獣対応には明らかに足りない人数だが、今回は隊としてそういう命令を下していない。この村の現状把握と怪我した兵士の運搬が目的だ。
当然ながら、三ツ目鬼を征伐したという報告に、仰天している。
兵士二人の治療も目的なので救護兵を伴い道具や薬も持参しているので、改めて負傷者五名の診察治療を行う。
その後イーヴォとケヴィンの案内で、魔獣の死骸を確認に救護兵一人を置いて山へ入っていった。
夕方になって、六名は戻ってきた。
死骸の状態を確認、記録し、魔核を取り出して埋葬してきたという。
ケヴィンがイーヴォと二人で抱えてきた、頭よりかなり大きな包みを差し出した。
「とんでもねえ大きさの魔核が出てきたさ。ほら、こいつはライナルトのものだ」
「ああ、ありがとう」
「それなんだが」
今回の兵たちの隊長が、口を開いた。
脇に娘を貼りつかせ敷物の上に上体を起こした姿勢のライナルトに、会釈を送る。
「この二人に詳しく話を聞いて、確かにお主の大手柄らしい。よくやってくれた。これで領にとっても、北の脅威が減じられる期待が持てる」
「ああ、どうも」
「確かにこの魔核はお主のものとなるが、一旦これを借り受けることはできないだろうか。駐留隊に持ち帰って、見せたい。現状誰もあの三ツ目鬼の実体を知らないのだからな。これだけでもかなり窺い知ることができるだろう」
「なるほど」
「それにもしこれを売却する気があるのなら、隊で責任を持って領主様にお諮りしよう。必ずや相応の値でお引き取りいただけるはずだ」
「そうなのか」
「まちがいなくかなりの額になるだろうから、なかなか信用できぬかもしれんがな。今回のお主の手柄に粗末な扱いをしたとしたら、将来また同様のことが起きた場合、領軍以外でそのために働こうという者がいなくなろう。それでは領全体の存亡に関わりかねぬ。領主様はそういうところを大切にお考えになる方だ」
「なるほどな」
「理解いただけるか」
「分かった、お預けしよう。これを金に換えた上で、この村の損害を補填できるようにしてもらいたい」
「承知した」
ライナルトとしても、これほど大きな魔核を自分のものにして、家に飾っていても仕方ない。また将来この村を出たとしても、こんなものを一人で抱えて旅をするのは現実不可能だ。
売り払うことは決定として、他に依頼する当てはいつもの行商しかいない。あの商人としてもこれほどの大物を、領主を無視して取り引きすることはできないだろう。
結局商会と軍、どちらに預けるにしてもその先の扱いは領主次第と思われ、まだこの隊長から話を持っていってもらった方が通りやすいだろう。
そういう判断で、隊長に頭を下げることにした。
「よし、これは決定として。あの魔獣の討伐の顛末、改めて詳しく話してくれぬか」
「はあ」
現場を見た状況に照らして、隊長は改めて報告をまとめなければならないという。
何度も同じ話をくり返させられ、ライナルトとしては食傷気味なのだが。そもそもイェッタの空気爆発の件を隠して語るのは、なかなかの難儀でもある。
しかしこれはもう相手が納得するまでくり返すしかない、と観念するしかなかった。