48 抵抗してみよう
この冬の間、父とあたしは魔獣攻撃に使う魔法について、いろいろ考え工夫を重ねてきた。
最も望ましいのは火魔法の威力を上げることだけど、なかなかうまくいかない。空気中にあるはずの、それ自体燃える種類のものと、物が燃えるのを助けるもの。その「燃え」成分と「助け」成分の集め方や操り方を工夫変化させられないか、と考えたんだけど、父の火魔法ではうまく方法が見つけられなかった。
一方で、水魔法は目に見えないほど小さな粒単位で水を扱うものらしいと考え、出現させるときにその水の粒を凍りやすいように静まるように固めるようにしたところ、氷を作ることができた。
そこで改めて、あたしは考えてみた。
空気中の「燃え」成分と「助け」成分も同様に、目に見えないほど小さな粒単位で感じとれればいいんじゃないか。
そして。空気を扱うということなら本来、火魔法より風魔法の得意分野なんじゃないか。
空気にはいろいろな成分が含まれているけど、どうもこの燃え」成分と「助け」成分とどちらでもないけど量が多い成分、このうち後の二種類でほとんどが占められる。どちらでもない成分がいちばん量的に多いらしいけど、「助け」成分がないとがくりと量は減ってしまう。
風を扱うときふつうの空気より減った感覚はないから、少なくともこの二種類は扱えているんだろう。
またおそらく、火魔法では炎とともにこの「燃え」成分と「助け」成分を動かしている。それでなければ何もないところで炎が燃え続けるはずがない。
ここからは乱暴な推論だけれど。風魔法で二種類の成分を扱えているなら、それが三種類になっても不思議はない。火魔法で「燃え」成分と「助け」成分を動かしているのなら、空気専門の風魔法でも「燃え」成分を動かせたっていいんじゃないか。
とまあかなりの部分願望混じりだけれど、あたしは風魔法で「燃え」成分と「助け」成分を扱えればいいな、という程度に練習を始めてみた。
そして、何と言っていいか分からないけど、何となくそれを掴めた気がした。
「オータ、手伝って」
「おお、何だ」
ある程度感覚を掴めたところで冬の晴れ間の日、あたしは父に外に連れ出してもらった。
家並みを離れた雪野原で、できるだけ離れた場所に、「燃え」成分と「助け」成分と思われる混合物を取り出す。位置を指定して、父に火を点けてもらう。
ボム。
音を立てて、空中に炎が弾けた。
いつもの火魔法練習の的なら、ばらばらになってしまいそうな勢いだ。
「な、何だ、こりゃ」
「できた」
説明しても、父は目を丸くして立ちすくむだけだった。
まあ「燃え」成分「助け」成分、目に見えないほど小さな粒、なんて言っても理解のしようもないだろう。何しろ目に見えないものなんだし。
それでも大事なのは、あたしの風魔法で今見せたように火を点けたら爆発するようなものを取り出せる、ということだ。これだけは目に見える事実として、受け入れてもらうしかない。
今までの各種魔法と同様に、この爆発空気を出せるのは二十ガターくらい先まで。大きさは人の拳程度。
その後いろいろ成分の配分や固め具合を試してみて、多少威力を上げることはできた。それでも拳大という大きさ制限から、もの凄い破壊力というわけにはいかない。
だいたいの決着として、一度の爆発で家の板壁に穴を開けるくらいはできそうだ。しかし、家を倒壊させるにはほど遠いという感じ。
でもこれを顔の近くで爆発させることができれば、ほぼどんな生き物でも息の根を止められるんじゃないか。
父といろいろ試行の末、そんな手応えに落ち着いた。
「しかしこれを魔獣との戦闘で使うには、かなり難しいものがありそうだな」
「だね」
いちばん難しいのは、あたしが空気を出現させるのと父が火を点けるのと、息を合わせることだ。
何しろ、空気は目に見えないんだから。レンズ以上に、出現場所が分かりにくい。
慰めは他の魔法と同じく十ミン程度、爆発空気を保持できることだ。レンズに対する光のようにドンピシャリ命中しなくても、端を火がかする程度で爆発できるし。
それでもやっぱりあの狼魔獣のような動きの激しい相手なら、攻撃を当てるのに苦労するだろう。
父の火は投げるのでなく直接目標箇所に出現させるのでその分時間はかからないけど、それでも着火前に手で払われるなどしたら空気は霧散してしまう。
その辺り、長所短所、いろいろな性質を踏まえた上で、二人で練習を重ねるしかないだろう。
この日の三ツ目鬼との戦闘でも、何度かこの空気爆発を試みてみた。けれどやっぱり、難しい。
レンズと光で額の目を潰すことはできた。でももしかすると、それが災いしたのかもしれない。
鬼魔獣はどうも目を光で狙われることを理解して、それを防ぐことに努めるようになったらしいんだ。
片手を目の前に翳し、しきりと頭を横に振って狙いを定めさせまいとしている。ついでに翳した掌もひらひら動かすので、爆発空気をその付近に出現させても振り払われ、手に火傷を負わすほどにもならない小さな爆発を起こすのがせいぜいだ。
それでいながら片手で振るだけの丸太の威力は凄まじく、ついになぎ倒された大木が父の脚の上に落ちてくることになった。
「ぐわあ!」
「オータ、オータ!」
「まずい――脚、抜けねえ」
ズン、ズン、と地響きを立てて魔獣が近づく。この少しばかり手こずらされた敵に、止めを刺すつもりだろう。
手早く、父は負い紐を解いていた。
ころり、あたしは土の上に転がる。
「行け。せめてお前だけでも、逃げろ」
「だめ――」
地面に尻餅をついた格好で、あたしは接近する巨体を睨みつけた。
敵の足を止めたこの期に到っても、魔獣は頭の横振りを止めていない。最後まで油断はしないというつもりらしい。
それでも、偶然でもいいから、攻撃が当たることを祈って抵抗するしかない。
「攻撃、続ける。爆発、させる。あの、目に当てた指のとこ」
「諦めろ、お前は逃げろ」
「行く――はい!」
「おう」
合図とともに、爆発空気が出現。やや遅れて、父が火を出す。
しかしそのわずかな間のうちに、魔獣の手が動いて空気は払われていた。小さな爆発だけ起こり、鬼は不快そうに顔をしかめる。
――効かないなら、何度でもやってやるべし!
構わず、あたしは爆発空気の出現を続けた。
動けない父の腰を叩いて励まし。
「はい!」
「おう」
「はい!」
「おう」
小さな爆発だけが、連続する。
煩そうに、鬼は顔の前で手を振る。
たいした打撃は与えていない。それでも、父に止めを刺そうとする狙いを定めさせず、足を止めさせる程度の効果はあるか。
ここは以前の大猿魔獣と同じだ。自分の優位を確信すると、敵は冷静に狙いをつけて決着しようとするだろう。
明らかにそのつもりがあるようで、魔獣の足は止まっていた。あとはあの頭と手の動きが一瞬でも止まれば、と睨みつける。
でも大きな頭の動きは緩まず、これが最後、と太丸太が振りかぶられた。
ギウアアアーーーー。
勝ち誇り、と言わんばかりの咆哮。
ままよ、とあたしは横に転がり出した。
ごろごろ、と土にまみれながら、数ガター。
見上げると、魔獣の目がこちらを追っていた。
「オータ――はい!」
「おう!」