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こごえる暁



レイヴンが里帰りをするとなって、バタバタと新しい執事が現れる。

執事の名はカルラと言うらしい。

腰まである長い黒髪を1つに結っている。

少し色の黒い、南国的な濃い顔をしたイケメンだ。


作中にこんな人は居なかったと思う。


「お嬢様、お綺麗ですね」


ウットリとこちらを見つめる目に、何だか居心地が悪い。

私はこの人のことを知らないのに、どうしてか初対面からこうだった。


着替えは何となくメイドを呼んで、彼には身の回りの世話を頼んでいる。


お父様曰く、彼は南方の強力な体術使いらしい。

護衛として優秀だと、そういうことらしかった。

人格も素晴らしく、実は教会の息子らしいとか。


(それにしては…何だか寒気がする……)


まるで獲物を見るような視線に、警戒心が解けない。

視線が合うたびに、ウインクまでついてくる。


「お嬢様…どうしてお背中を流させていただけないのでしょう?そんなに私は信用できないでしょうか…?」


酷く悲しそうな顔で、こちらを見てくる。

泣き落としに頷かされそうになってしまう。


「……えっと、今朝はもう浴びたから……」


カルラは目を光らせ、こちらの両手を掴んで宣言する。


「では…!夜は私めが……!私めにお任せください!お嬢様のすべてを…!」



(この人ヤバい人じゃない?お父様、お父様ーー!?)


レイヴンを休暇に出して1時間も経たずに、既に帰ってきて欲しい。

まさかこんなことになるとは。



◇◇◇◇



カルラの技術はそれはもう素晴らしかった。

手際が良いし、質も高い。

執事としての腕前は文句のつけようがない。


しかし。


「ああ、お嬢様……その白い手、白い肌……見とれてしまいます…早く夜になりませんかね……フフ……」



非常に、何か、ピンチ的な、何かを感じます…。


「あ、あのカルラ…私やっぱり男の人に背中を流してもらうのはちょっと…遠慮しておこうかなって…」


「!!」


金の目が、刺すようにこちらを見る。

物凄い迫力に、私は固まる。


「なりません!!!!!わたくしの何が!何がいけないのですか!!!!」


ついに、カルラはめそめそと泣き始める。

大の大人が泣くな。


何故かこの部屋には他の人が居ない。

気を遣って外しているのだろうけど、おかげで部屋を出て呼びに行かないと人が居ない。

窓の外にはいるけれど。


人が居たらカルラの言動はマシになるかもしれない。

さりげなく、あとで呼ぼう。


「…カルラは私のことを知っているの?」


ふと、初対面からフルスロットルな理由が気になった。


実は知り合いだったりするんだろうか。


「いいえ!ですが一目見たとき……私は運命を感じました!間違いありません。」


「そ…そうなんだ……」


私も怖がってばかりでは失礼かもしれない。

彼が何かをしたわけじゃないのに、まるで不審者のように疑っては良くない。


ちょっと頬が上気していて息が荒い気がするだけで、有能なイケメンじゃないか。

欠点のない人間なんていない。

ルチウス王子は差別をするなと激怒するに違いない。



◇◇◇◇


夜。


思わず緊張してしまう。

レイヴンは着替えはしてくれるけど、流石に湯浴みまではしない。

だから、異性に体を流してもらうというのは、始めてだ。


それでも、恥じてはいけないとも思う。

上に立つ貴族として、堂々とするべきだと思う。

執事に対して恥じらう主人など居ないだろう。


「はあ…はあ……やっと…やっとお嬢様を……」


疑ってばかりではいけないと思う。

本当だろうか。

本当???

この人よだれ垂れてない?


やはり考え込んでしまう。

本当に大丈夫だろうか。

この人の前で衣服を脱ぐのが嫌なので、思わず手伝いのメイドが来るまで待ってしまう。


ガチャリと扉が開くと、メイドが現れる。


「キャー――!!!!!この人ヤバイ!ヤバイ!!!!取り押さえて!!」


そして、メイドは絶叫した。

それを聞いた執事たちが、カルラを取り押さえ、連れていく。


「お嬢様大丈夫でしたか!?ほんっとうに申し訳ございません!声を上げられないように脅されていたのでしょう!?すぐに気づいてつまみ出すべきでした…!」


「…あ……えっと…」


どうやら普通ではなかったらしい。




◇◇◇◇



「……ローゼリア様!」


結局、レイヴンはたった1日の里帰りとなってしまった。

心配そうに現れたけれど、別にこれといって被害に遭ってはいない。


「早いお帰りね。ゆっくりしてきていいのに。報告したのは誰?」


「戻るのに時間が掛かり、申し訳ございません!」


笑って誤魔化したけれど、スルーされた。

レイヴンのせいじゃないのに、酷く責任を感じているらしかった。


お父様が心労で倒れてはいけないから、ことは穏便に済ませてもらった。

けれどどうしてか、レイヴンには話が飛んでしまったらしい。


「休暇を用意してあげたかったのに…」


「…ローゼリア様。どうか…そのようなことはおっしゃらないでください。戻る間、生きた心地がしませんでした。私は…心配な時間を過ごすより、おそばで無事を確認させてもらいたいです。」


レイヴンは本当に苦しそうな顔をしている。

かえってストレスを与えてしまったらしい。


「…ごめんなさい。もっと気をつけるわ。」


お父様にも、レイヴンにも、心配をかけたくない。

私も明日から、もっとちゃんとしないと。



◇◇◇◇




「…災難だったね……」


翌日グウィンにこっそり暴露する。

ついつい、話を聞いて欲しくなった。


「恥ずかしいわ。本当はもっと早くおかしいと気づいて言わなくちゃいけなかったのよね。人を疑うタイミングってよくわからないわ……」


変だと思ってはいたけど、そのまま流してしまった。

もし命を狙われていたら、私は死んでいただろう。


「まあ、難しいというか…滅多にないことだけどね。衝撃の体験だったね」


グウィンは私の頭を優しく撫でると、飴をくれる。

私としては、休暇作戦が失敗に終わったのもショックだった。


「…レイヴンに休みを作ってあげられないのが悔しいわ。彼も婚約とか青春とかする年なのに。自分から諦めていて…悔しいわ」


「でも、身近な人が危険な時に守れないってのはきっと悔しいよ。もし君の身に何かあったら、彼の人生が翳ってしまうから。」


「そうよね……どうしたらいいのかしら…」


グウィンはいくつかの提案をしてくれて、私も厚く語り合った。


「ありがとう。持つべき者は友ね」


「もちろん。でも僕の時も相談乗ってもらうからね?」


微笑み合って、私達は別れた。


◇◇◇◇



考え込んで食堂に長居していると、何やら騒ぎが始まる。

何故かそれが、鮮明に聞き取れてしまう。



「ああ。こいつは俺の婚約者だ…!」


ルチウスの声と、周りの女子たちの悲鳴に似た叫び。

大勢の視線が、1人の平民の少女に向けられる。


(冷静に考えれば、こんなバレバレの噓、おかしいわよね)


王子と平民の婚約なんて、普通はあり得ない。

少女漫画のご都合だし、突っ込むのも野暮だけど。

巻き込まれる前にここを出ようとしたものの、私は失敗してしまう。


「ふさわしくないわ!」


「ふん、なら誰がふさわしい!そんな奴はいない」


私は全速力で出口に向かう。

料理を持ったまま食堂を出るなんて暴挙、初めてだ。


「ローゼリア様ならふさわしいわ!」


民衆の視線が逃亡しようとしている私に向く。

そして、ギロリ、とルチウスの視線が。


(ええい!めんどくさいのよ巻き込まないで!)


「私はカンパネラさんの方がふさわしいと思いまーす!!!!!」


言うや否や逃亡する。

悪霊退散。くわばらくわばら。



◇◇◇◇



「…ローゼリア様……これは一体…」


何故か、私の周りに男子が集まっている。

昨日の影響で、ファンができたらしい。


よく考えれば、貴族学校で平民のカンパネラを肯定するのは、特別なことなのかもしれない。

平民の人にとって、もしかしたら自分を選んでくれるかも、なんて希望にもなったり。


「モテ期かしら」


「…ローゼリア様は騙されやすいですからね」


レイヴンは呆れた声を出すと、ファンたちを冷たくあしらう。

そういえば、レイヴンはまた背が伸びた気がする。

腕もしっかり鍛えていて、昔とは本当に大違いだ。



◇◇◇◇



階段裏まで来て、レイヴンは腕を組む。


「いいですかローゼリア様。ああいう輩にはビシッと言ってやるべきなのです。キツく言ったら傷つくかもしれないと思われるかもしれませんが、変に期待を持たせるくらいなら絶ってあげることこそ優しさです。」


いつの間にかお説教モードに入ってしまっている。

私としては、彼らと仲良くなるのは構わないのだけど。


「…まるで経験者は語るわね?」


ふふ、と揶揄うと、レイヴンは眉間に皺を寄せる。

どうやら地雷だったらしい。


「そんな時間はありません!それより分かりましたか!?」


両肩をガシリと掴まれ、念を押される。

ついこの間のせいで、どうもレイヴンはピリピリしている。

今朝も別行動する時に、何かあったらすぐ連絡しろと何度も言われた。


「分かったけど…もう来ないと思うわ。貴方が代わりに絶ったから」


「まあ確かに…」


私が苦笑すると、レイヴンは納得する。


執事が認めてくれないということは、家が許可しない訳で。

少年たちの小さな野望と夢は、先程潰えたことだろう。


「レイヴンに恋愛を語られる日が来るとはね。全く経験ないくせに」


調子に乗った私は、さらに揶揄う。

仕事人生でろくに時間を取れていないのは知っているけれど。

むしろ、どうにか取らせてあげたいけれど、上手く行かない。


それを聞いて、レイヴンはムスッとする。


「ありますよ。」


「うっそだあ~」


「たぶん……」


絶対嘘だ。

レイヴンは分かりやすいなあ。


ある時は堂々と言うもの。

これは無い時のリアクションだ。


「…できるといいわね」


そのためにどうにか時間を作ってあげないといけない。

私は苦笑しつつ、また方法を考える。


それを察してか、レイヴンも申し訳なさそうに笑う。


「…そんなに、気にしないでいいですから。今もう、私は十分です。明日の食事に困っていた頃に比べれば、今は全てが輝いて見えるようです」


心の底からそう言っているのが分かる。

私のやっていることは、お節介なのだろう。


(難しいわ。だからといって搾取し続けるのが正解なのかしら。)






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