過ぎた力
10歳のローゼリアの生活は、地味だった。
まだ学校に通っていないこともあり、家庭教師に教わる以外は部屋で過ごすだけ。
「旦那様からプレゼントが届いております」
ローゼリアは相当甘やかされて育っている。
大きな包みには、ドレスや装飾品がたくさん。
今日だけではなく、ほぼ毎日この調子だった。
「ねえグレイグ、私には専属のメイドや執事は居ないの?」
ローゼリアの側には、いつもグレイグしか居ない。
着替えの時にはメイドたちと交代するものの、終わるとさっさと入れ替わってしまう。
せっかく少女漫画だし、専属のイケメン騎士とか居ないのだろうか。
グレイグに不満があるわけじゃないけれど、流石に80を超えるグレイグと恋が芽生えることは無さそうだ。
「ええ。お嬢様が嫌がられるので、私一人です。ついに興味を持たれましたか?」
「…苦労を掛けてごめんなさい。」
辻褄が合わないことを言ってしまったかもしれない。
ローゼリアのこだわりが原因だったみたい。
グレイグはふっ、と笑みを零す。
「ずっと前のことですからね。心変わりされたのであれば、この老骨も助かります。どうですか、前向きに考えられては。」
私は頷いて返す。
とはいえ腕の立つ相手に目星があるわけでもないし、色々な候補を見てから決めたい。
「リストを用意してもらえるかしら」
そう言うと、グレイグは奇妙なものを見るような顔をする。
「お嬢様自ら見極められますか…?」
よく考えれば、10歳の子の反応としては大人び過ぎたかも。
気を抜くとこうなって良くない。
これからは発言には気をつけないと、中身が子どもでないとすぐバレてしまいそうだ。
「どんな顔の人がいるのか見てみたいの!決めるのはお父様でも、候補を見るくらいならいいでしょ?どうせならイケメンが良いわ!」
突然年齢が下がったような言い方になってしまったけれど、グレイグは気にすることなく、笑顔になる。
「そうですね。予め好みを伝えた方がよろしいかと思います。」
◇◇
候補のリストを見ながら、ノープランすぎたことに気が付く。
騎士たちの年齢は低くても27歳前後。
実力や実績を重視すれば、そんなものかもしれない。
10歳の私にとっては、彼らでも恋愛や友情が芽生えるのは中々難しい。
かといって10歳の執事を抜擢、はこれほどのお金持ちの家としては厳しいだろう。
近い年頃の執事と言うのは、もう少し年齢が上がらないと難しいかもしれない。
「グレイグ、やっぱりこの話、無しにできるかしら…。」
そう言うと、グレイグは驚いた顔1つせずに頷く。
ローゼリアのわがままにはもう慣れっこらしい。
私が落胆していると、グレイグが首をかしげる。
「どうかされたのですか?」
私は正直に告げる。
「年齢が近い子がいいの。話し相手にもなるし。でもこれだと、大人ばかりでしょう?」
グレイグは少し笑う。
10歳の凄腕執事は中々居ませんね、といった微笑ましそうな顔だ。
グレイグさんからすれば子どもの可愛い間違いだけど、20年以上生きている私としては割と恥ずかしいミスだ。
(少女漫画世界のくせに、ちょっと夢が無いんじゃない!?)
とか言い訳してみる。
◇◇
その何日か後、恐ろしい事件が起こった。
珍しく街に遊びに来た私は、グレイグとはぐれてしまったのだ。
支払いをしていたグレイグさんを見ていたら、突然知らない人に引っ張られ、そのまま連れていかれてしまった。
他の護衛は居たけれど、ほんの一瞬のことだった。
「誰なの!」
手を掴んで走っているのは、私と背丈の変わらない少年だった。
少年は何も言わず、かなり走ったあと、ある教会で止まった。
◇◇◇◇
「はぁ…、ぜー、はーーっ、⋯⋯」
日頃あまり運動しない私では、これほど走ると言葉一つ話せない。
どうして教会なんかに連れて来られたのだろう。
「あの…」
「早く行かないと配膳無くなっちゃうから…」
「…配膳?」
少年が連れてきたのは、人だかりで、その先を見ると配膳をしているシスター達がいた。
(もしかして…良かれと思って?)
少年はボロボロとした服を着ていて、恐らく家を持たない貧しい子。
私が貴族と分からないのかもしれない。
けれど、貧しい人達の食事を奪っては申し訳ない。
「…ありがとう。でももう食べたの。だから貰えないわ」
「そうなんだ…ごめんなさい。」
「ううん、いいの」
私は列から出て、少年に手を振って別れる。
けれどどうやってグレイグさんのところに戻ろうか。
◇◇
教会の神父の人に、迷子と伝えることにした。
あまり貴族の子どもがうろうろするべきではないし、うちの家もこの教会に少しは支援している可能性があるから、連絡が取れるかもしれない。
「迷子なのに落ち着いてるねえ。すぐ連絡が取れるだろうから待ってね」
神父の人が微笑ましく笑う姿を見て、安堵する。
◇◇
無事家に帰れたものの、大事となってしまった。
父が険しい顔で、グレイグさんと私を呼び出したのだ。
「グレイグさんのせいじゃないわ!」
私がわがままを言ってあれも買ってと頼み込んだのが悪いのに。
「ああ、分かっている。連れ去った犯人が居るんだろう。そっちを見つけ出したい。」
父の言葉は最もで、言葉に詰まる。
しかし、少年にも、悪意は無かった。
いずれ足がついてしまったら?
貧民街の少年である以上、ろくに庇われず酷い目に合うかもしれない。
「違うの、私のせいなの!犯人なんかいないわ!お願いお父様…」
「なに、心配するな。ローゼリアは何にも怖がらなくていいんだよ」
娘が攫われかけたのだから、犯人を探そうとするのはおかしなことじゃない。
だから、私は無理に切り抜ける方策を考える。
「お父様は…私のお願いを聞いてくれないんだわ…」
ローゼリアの父は、娘に甘い。
だから漫画の中で、あらゆる我儘や悪事の協力をしてしまう。
「お願いを聞いてくれないお父様なんて…嫌いよ!!」
ピシャーン、と雷が落ちたか。
そんな具合に、お父様は固まってしまった。
「き、き、きらい………?ロ、ローゼ!?」
わなわなと震えるお父様。
ローゼリアになったばかりの私でも、何だかお父様が愛らしく思える。
娘思いの良いお父さんじゃないか。
「……でもお願いを聞いてくれるならむしろ大好きかも。尊敬しちゃうかも。でもお父様には難しいのかなあ?」
長い沈黙。
それでも、結果は見えている。
「……………言ってみなさい、ローゼリア。」
お父様は観念したように、頷いた。
◇◇
「…レイヴンです」
貧民街で出会った少年を、連れて帰ってもらった。
裏で始末されていた、なんてなるのは怖いから、いっそ遊び相手としてうちに仕えてもらおうと。
「ごめんね、レイヴン。私のせいでここに来ることになってしまって」
「…?」
まだよく分かっていないレイヴンが、首を傾げる。
これからは失礼のないように、様々な教育が施される。
それは厳しかったり難しかったりするかもしれない。
レイヴンの将来に役立つとはいえ、望んでいないことかもしれない。
(ごめんね…でも、死ぬよりはいいよね?)
それもエゴなのかもしれない。
彼の人生をワガママで簡単に変えてしまったことを、この先も忘れてはいけないと思った。