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例のピンホールが出てくる小説の例のセリフの間に挟んでみました

作者: よしお

ねえ、誰かが言ったよ


ゆっくり歩け


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おい ゆっくり歩けや

おい 聞いとんか

さっささっさ歩くなよおまえおいっ 4時とかに着いてまうやろ? おまえ4時に着いてスーパーの中うろうろうろうろすんのんか? 2時間も なあ? 5時半に着けばええんや5時半にっ 2時間うろうろうろうろしてやで? おっさんふたりが スーパーん中 どない思うねん見とる人 店員どない思うねん?


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あのおっさんらふたりえっらい長いことおんなあ··· あっちいってこっちいってうろうろうろうろ··· なんやろ?万引き? ··· あっ! あーあーなるほど あれや 半額シールや あいつら半額シール貼られんのん待ってんやわ ······ ······ しょー ······ もな ······ はあ ······ (葉野菜コーナーに小松菜を補充しながら) えー ······ 年こいたおっさんがふたり連れ立って ······ 半額シール お待ちでっか ······ 見てんあれ ······ みっ ······ すぼらしっっっ! ······ いっ ············ かっにっもっ⤴! 底辺っ! なっ ··· あかん なんやもう あかん なんか なんかあれはあかんいややしんどい!··· そらそやで そんなん 主婦やったらわかるで いやわからん 主婦でもわからん そやけど たとえば まあおばあちゃんとかやったらまだわかるぎりぎり あの人ら時間あるし押し車押してうろうろしてそこのレンジ置いてあるとこのイスにでも座ってそれからまた立ってうろうろしてまた座って ほんで目当てのシール貼られたらどっこいしょと立ち上がって向かう まだこれはわかる 2時間は長すぎるけどまあ わかる おっさんはあかんやろ そんなんしたら··· 働き盛りのおっさんは もっと他のことに意識いかなあかんのんとちゃうんか うっわっ見てんあれ なんかめっちゃ自信なさげやん なにおどおどにやにやしとんねん くっついて歩くなおっさんふたりがっ ひとりやとこわーて恥ずかしゅーてよーやらんのか? なんか変なプライドがあるんか? ほんだらやんなよそないなみすぼらしいこと初めから おっさんがシール貼っとるやつ買うとしたら、たまたま通りかかってたとえば牛肉半額なっとったらちょーどええわ牛食いたい思っとったゆう感じで無造作にやるもんちゃうんか やるとしたら そっれっがっこいつら 早よ着いてもうたんか このスーパーまわりになんもないから 店内2時間前から うろうろうろうろ そやけどこいつら仕事何してんねやろ? 年収は? 知らんわそんなん··· なんであたしがこいつらの年収なんか考えなあかんねん てーーーへんやてーへんっ! てーてーてーてー てーーーへんやてーへんっっっ!! 2時間っ! あったま ふらっとする··· ねばるか? この 腐れ 甲斐性··· ほらっ! 行った! 刺身山積みしてるとこ行った! 今貼ったばっかりの刺身んとこ行った! あいつら何わろてんねん テレとんのか? おばはんらの後ろで何にやにやしてんねん? くっつくなやおまえらっっっ!! ひとりやと不安なんか? 恥ずかしいんか? なにニヤニヤしながらぶつぶつ話しとんねん? なんで早よあのおばはんらの群れの中に入って行かへんねん? 恥ずかしいんか? だから二人で身ィ寄せあっとんか? ひとりで恥ずかしい思いしたぁないからか? なんやそのプライドは? うちのスーパーは大量の特売品をさらに思い切って値下げする、しかも午後6時前後のまだ夕飯の買い物の混雑時に だからたしかにおばはんらの群がり方勢いはエグい そやけどおばはんらもなんや押し合いしながら 見てん ちょっと照れ笑いしとる 最近のおばはんはおばはんゆうても戦中戦後の食糧難とかを経験したわけでなし つまりほんまに何もない時代 闇市とかの時代に家族の生きる分(まさに文字通り生きる命をつなぐ分)をなんとかもぎとって そんなふうに生き抜いてきた経験があるわけやないから やっぱりそこまで徹底的に図太くずうずうしくはなれんわけでそやからこういう行為には多少の恥じらいというか照れがあるわけや そやけどそこはやっぱりおばはん 照れ笑い浮かべながらもしっかりぶんどる分はぶんどっていく ほらあそこ あの国内産のクロマグロの刺し身 半額になってまさに破格の値段 あの上品そうなおばはんが先に右端の方つかんでほんのちょっと遅れて隣のおばはんが左端の方つかんだ ほんでもっていこうとした でも上品な方のおばはん すごい 指先見てん! ぐっと 内側に! 猛禽類の爪みたいに! 絶対離さへん! ほんで どうやら自分自身の 内側に巻き付けて爪をたててる筋張った手が目に入って我ながらぎょっとしたのか 思わずふっと一瞬鼻から笑いをもらし それからすぐに鼻にシワを寄せ口をすぼめたような笑みを浮かべて隣のもっていこうとしたおばはんの方に顔を半分向ける その顔は もちろんこのトレーを離すつもりはさらさらないわけだけど 顔の方はある意味愛嬌たっぷりというか どちらかというと品のよさげなおばはんだけに ふだんはおそらくこんな顔はほとんどしないんじゃないかという そんなある意味破格の 「あなたに私はまったく敵意を持っておりません」という主張が感じられる笑み むしろどちらかというと親しみさえあなたに感じていますよというような笑み そして少し申し訳ないと思っているような そしてそこには若干 わたしたち何をしてるんでしょうね という自嘲 おかしみみたいなものも含まれている 全体にくしゃっと 鼻の方に寄った そして幾分紅潮した笑み そんな笑みを隣のもっていこうとしたおばはんに向け ほんで ふふ と 「お互いばかですね」とでもいうような微かな笑いをもらし そして「あの、これ、わたし 先···」と言う ほんだらその顔を見た隣のおばはんもその上品なおばはんの笑みが感染ったようにおんなじような顔になり 手を離し その上品な方のおばはんに向けてた顔を正面に戻しながら 口元で 声は出さず ごめんなさいっという形にちっちゃく唇を動かし それから反対側の方に顔を向け 押し合い圧し合いしながら 別の獲物を探す しかし心の中は最後のクロマグロを取られた悔しさでいっぱい

ところでおまえらあのおばはんら軽蔑しとんのんか? 自分は本来こういうことをする人間ではないし興味も持たない、こういう人たちとは別種の人間だ というプライドは持っときたいわけか 持ったまま激安の刺し身はしっかり手にしたいわけか? あんなふうにエサに群がる鯉みたいな必死なあさましい人間たちとは別種というプライドは絶対手放せない だからうすくニヤつきながら余裕を周囲と自分自身に演出してみせ、そうやって、うすくニヤニヤすることにより、おばはんらのあさましい姿を見ながらすげー、とかつぶやくことにより、俺はあんたらとはちがうんだという印象を周囲と自分自身に刻みつけ(誰も見てねーよおまえらのことなんか!あたし以外!)、プライドを保持する しかし、安い刺し身はほしい なんたってこいつらは、そのために約2時間にわたって店内をうろうろしとったんやから 見てみろ べったりくっついてるこのふたり ひとりでは不安でなんにもできない 弱々しい うすい ニヤニヤ笑い どんよりした目 ふわふわした足元 心の中はなくなってしまうんじゃないかという焦り でも思いきれない なんって! けちなやつらなんだろう! そうやってこいつらは けちなゴミみたいなプライドを守るために いったいどれほどのごまかしをやってきたんだろうか? 現実のこいつらと、こいつらの心中のこいつらのイメージ、そのギャップは その積み重ねてきた卑劣なごまかしによってどれほど巨大になったのだろうか そんなごまかしの日々と共に月日は流れ あんなふうな 救いようのないおやじになった 見よ! ニヤニヤしながら身を寄せあっているあの惨めなふたりを! 私は彼らの心中の自己イメージと、私の眼前の一度として物事に全力で立ち向かうことのないままごまかし自己欺瞞の日々をおくりよって幼くしまりのない嘔吐をもよおすような顔つきをした現実のあいつらとの間に横たわる深い断絶を思うとき、身中に戦慄が走るのだ しかしその自己イメージとやらも じつはきわめてもろいもの そんなことは連中も気づいている だからコソコソコソコソ コソコソコソコソ! 生きているのだ! 気づかなくてもよいように! 自分がじつは極めて貧相な!しみったれた!そのうえ本来磨かねばならぬ人生という名の神によって与えられた宝石になる可能性を秘めたものを!その怠惰と無為と臆病によって無惨にも二度と輝くことのない石ころに変えてしまった人間であることに!気づかなくてもよいように!


私はさっき見た! あいつ あの右のやつ あいつがちょっと仲間と離れて調味料が置いてある棚のところに向かった その隣に食用油が置いてあり あいつはごま油の小さいビンを手にした その手に取り方 頭をちょっと傾げている 5、6秒 微動だにせず ほんと微動だにせず 5,6秒 それから ビンの頭の方を持っていた指先をくるっと回す すると左目がゆっくりと閉じられる 頭を傾げたまま


       なにを


     しているんだ


      こいつは


しばらくすると やつはそのビンを トンッと軽く弾ませるように 元の場所に戻す それから すっと左側を向く 少しうつむいている やつは息を軽く吸う 両手はまるで西部劇の三つ巴の決闘に挑むガンマンのように なぜか両腰から少し離れた位置に浮いている(しかしガンマンの両手が幾分内側に丸まっているのに対してこいつの両手はどちらかというとまっすぐのびている) やつは吸った息を ため息のように なんだか少しせつなげなふうに ちいさく吐き出す そして両手はその切なげな息にあわせるように ズボンのポケットに ゆっくりと おさまってゆく そして 頭が 右 左と 2回 微かに揺れ(やれやれってこと?)(えっ?なにが?) 向こうへ歩き去る



    えっ?



    

ところで あいつの心の声に耳を澄ましてみよう


たぶん学生時代のツレ、今の俺見たらびっくりする思うわ(笑) たぶんなんか ベンチャーとか立ち上げて 色々 なんかそんなふうにやってるとか思われてるんちゃうかとか 思うけど でもどないそんなん?あほらしいっちゅうか まあ荘子(老子とならぶ道教の始祖。三十半ばを過ぎたあたり 己の限界も見えてきて社会的上昇の線も薄らいできたあたり以後の しかし「俺は特別である」という意識は未だ健在の者 などに見つけられやすい思想家 たとえば若い人の肥大化した自我は ニーチェにしろ太宰···(笑)にしろジョンレノンでも坂本龍馬でもなんでもいいんだけどまあそれぞれの性向に合わせたそして都合のよい「偉い人」を心の友にするわけであるがしかし彼らのそれにはまだ瑞々しさと柔軟性があり うぬぼれを打ち砕かれたあかつきには 新たにゼロから大きく生まれ変わる可能性もなきにしもあらずだが 年かさの者のそれからは 瑞々しさや活発さは失われており 肥大したままふやけた寒天みたいになってもはや変化しようもなく そんなふうにどうにもならなくなった者たち そういった者たちに発見され 引き寄せられ マブダチにされやすい気の毒な人 それが荘子である)とか ああいう あるやん? 実際俺もあんな感じになってみたら なんか あほくさなるやん色々 何やってんねやろこいつら? 孫正芳 なにやってんのこいつ? みたいに ならへん? 大谷翔太?(笑) ええんちゃうのん?(笑)


ごまかしの積み重ねによって、現在あのおっさんは孫正芳や大谷翔太と同格というかむしろ連中を「わかってない」として憐れんでさえいるんじゃないか 人生そんなもんじゃねーんじゃねえかな?みたいな 荘子 どうやらあのおっさんは荘子を発見したらしい(しらんけど) 長いごまかしのはてに荘子の方に行ったらしい(おそらくだけど なんとなく) おそらくあのおっさんはもう二度と死ぬまで荘子を離さないだろう それにしてもあいつら独身にちがいない だいたい既婚の男がこんな平日の夕食時に連れ立ってスーパーをうろうろしているわけがない あのヨレヨレのTシャツ 襟のあの黄ばみ せめて身だしなみぐらいちゃんとやったらどうだ 荘子か おまえはなんでも荘子か 荘子が身なりをかまわなかったかどうかは知らんけどいずれにしろおまえの場合はただたんにだらしがないだけだろうが 己のだらしなさについてまで荘子をもってきてむしろ身なりにかまわぬその無頓着さがそんじょそこらの連中とはちがう証といった具合にやってるわけか さしずめ


あの連中は服装や髪型やなんやを整えることによってあの連中の属するちっぽけな社会とやらに受け入れられ少しでも高く評価され認められようと必死なわけだ あるいはたんに着飾った自分の姿にうっとりしているわけかな まったくそれにひきかえ俺というやつは今日もこんな情けないいでたちでやらせてもらっている···(笑) やれやれ荘子殿 我々はまったくハミダシ者でございますなあ···(笑)


という具合か? まったくこいつはすべてを自分の都合のよい方に捻じ曲げる 捻じ曲げつづけいったいどれほどの月日が流れ去ったのか ただただだらしがない ちゃんと洗濯して漂白剤を入れるだけで落ちる襟の黄ばみもその自堕落な性根から「めんどくさい」ということでやろうとしない その「めんどくさい」すら「こだわらない」すなわち「大人物の証」にすり替えているのかもしれない ああまったくやりきれない それにしてもこいつが抱きしめている「荘子」を奪ったりしたらどうなるんだろうか そうするとまた別の偉い人なりを見つけるんだろう ニーチェでもなんでもいいんだけど あるいは太宰(笑) そういうやつは若いやつにはけっこういるけどおまえいったいいくつなんだ 救いようがないじゃないか

 

それにしてもこいつらいつまで見てるんだ 目の前の必死なおばさんだちをみっともないと思ってるのか これが生活だ! おまえらには生活すらないだろうが! 彼女らはせ·い·か·つ·を!しているんだ!現実を見ないためにコソコソ生きてるおまえらに生活があるのか!? ええっ!? 見ろ!あのツラを! 年だけくって 奥行きというものがはまるでない! なんとも幼く つるんとしていて 人としての年輪分厚さみたいなものがまるで感じられない あの後ろ姿にも どしっとしたところがまるでない! ふわふわと宙に浮いたような足もと 弱々しくニヤついたしまりのない顔!


あっ! 引き返した ニヤニヤしてる とくに右のやつ こいつが首謀者だな 隣のやつはいってみれば腰巾着だ まるでじゃりン子チエのマサルとあの腰巾着が道を踏みまちがえ最悪の年のとり方をしたようなやつらだな どこにいくんだこいつら スイカのところに行った カットスイカは半額になってる でもあとちょうど二個しかない! 何やってんだこいつら さっさと取れよ たぶん半額シールに気づいてないふりを というか半額かどうか関係なく 「スイカか どうしよう」 と ちょっと思案している雰囲気をだそうとしている つまり敵を欺くにはまず自分からということで ほら またぶつぶつ「どうしょっかな〜」という形に 唇が動いている つまり半額かどうかではない 半額だろうがなかろうが 今夜のデザートにスイカを食べるかどうかに まさにそのことだけを思案しているというふうに 自分自身を 思い込ませている 自分がそういうふうに思い込めば その細かいニュアンスは周囲にちゃんと伝わり 周りの彼を目にした人も 半額になっているかもと急いでやってきて 残り2個のそれに目の色を変えあわてて手を伸ばした というふうにはとらない 実際こいつはすぐには手を伸ばさず 思案しているふりをしている あわてているとは反対にあるような どことなくぼんやりとした様子を見せながら 実際こいつは今 ほんとうは半額のカットスイカを買うと決めてきたくせに まるで今あっ、スイカか 食後のデザートに食うかな? どうしようかと思案しているというふうに 半分は 自分でも思い込んでいる 周りをあざむくために まず自分をあざむいている

ところでこういうことをしているのはどうやら全部 あの右側の男だ 左のやつはこいつはもう根っからの腰巾着で 自分の意志などない 全部兄貴分色に染まってしまう男だ だからこの首謀者の男が込み入ったそしてこんがらがった「ごまかし」のはてに「大谷翔太? ああ(笑) かなわんよな(笑) 俺みたいな凡人には(笑)」そのセリフの陰に どのような背筋の凍るような 繰り返えされた あの手この手の ごまかしの積み重ね 詐術によって守られている ゴミくずのようなプライドがあるのかは詳しい内容まではわからないのだが とにかく この腰巾着は兄貴色に染まるので なにがなんだかよくはわからぬまま 「翔太くんはすごいよね かなわんね」 と同調して 兄貴分のそれを言う語調や目つきなどなら なんとなく 大谷翔太をある意味「超越」している つまりある意味においては ある特殊な領域(しかしそれこそがあるいは真の人の住処ではないだろうか(荘子?))においては 「勝っている」 いや勝ち負けではもちろんないのだが(荘子!) しかしやはり「勝っている」というふうに 思う部分もあり するとその大谷に「勝っている」兄貴分の側近のこの自分も 「大谷すごいよね」と口にしたときに なんとも甘美な 勝利の美酒のおすそ分けに与ったような そんな感覚に陥るのである なぜこのボンクラの腰巾着が 気狂いじみた 己の心に対する詐術の繰り返しの果に 完全に 実際の彼自身の実像と 彼の自己イメージとの乖離が 幾億万のものになった この憐れな敗北者(兄貴分のこと この男はあろうことか大谷翔太をどこかで見下しているのである! しかしもし彼が大谷翔太と対峙することになればどうなるか 暗闇の中に大谷翔太が 左手に持ったバットを肩に担ぎ 右手を腰に当てて 見渡す限り果のない平原を思わすような広々とこだわりのない目つきをして彼の方に顔を向けている そんな大谷を前にして彼はきょどるだろう ふつうに ごくふつうにきょどるだろう 最初は己の優位性維持のために例の余裕のニヤニヤ笑いを顔に貼り付けようとするだろうが 数秒ともたぬ じき その圧倒的な 巨大なことを為すもの 為しつづけている者の圧倒的なオーラ存在感 全身から滲み出る自信に 呑まれることだろう そして向こうからデルビッシュがやってくる 大谷と同じくらいでかい デルビッシュは左手の前腕を大谷の肩にかけ ジロリと まるでライオンが地面の上をもたもたしているカナブンとかフンコロガシにでも向けるような目を彼に向ける そしてこのライオンは 己の前足をその上に軽く払うだけで このムシケラの息の根を止めることができるということに いささかの疑いも抱いていないような 彼に注がれているのは ようするにそんなふうな視線に見えなくもない そして朗らかで屈託のない どこか鷹揚な風格を感じさせる大谷はというと そんなムシケラの挙動を前にして 首を傾げざるをえず なんだか変なの とでもいうふうに 下唇を突き出し ちょこっと 肩をすくめる デルビッシュの隣にはさらにでかい七村塁 七村は腹の前でバスケットボールを両手で挟み くるくる回している そうしながら 彼の方に あの例の どこか茫洋としたふうの その奥に大きな広々とした大洋を思わせるふうな そんなような心の広がりを感じさせる あの大きな目を向けている 目の前のムシケラのことなど 歯牙にもかけていない さて 彼はこの三島由紀夫垂涎まちがいなしの 三人の超オスに 睨まれ まさに蛇に睨まれた蛙 その後の悲惨な顛末など考えたくもない)を なぜこいつは兄貴分とすることにしたのか まあべつにたいした事情などとくにないだろうしどうでもいいのだが


あっおばさんが来た おばさんというか おばあさんか まっすぐ来た えっ? あいつらの真横 触れるくらい真横で(近っ!)スイカを覗き込むように見ている おもわずあいつもぎょっとして容器に触れていた右手をちょっと引っ込め すっと身を後にそらし ちょっと あとずさった ほんで おばはん それを カゴに 入れた 2個とも

おばはん笑顔 笑顔か今のん? ちょっとだけニコッと したよな? 今去り際 あいつを見上げて おばはん ほんのちょっと わからんぐらい ほんのちょこっとやけど でもニコッと したよな?······ なんで? ······ いやほんま なんで? ······ えっ? ······ 笑うとこ今? ······


見とる見とる おばはんの背中 いつもの自意識忘れ去って ただ啞然としたふうで 去ってゆくおばはんの背中凝視しとる あのおばはんは 食糧難の時代知っとるな いやただたんにそういうたちなんか そやけどさすがに今回ばかりは あいつの方にあたしもシンパシー感じてる 初めてちょっとだけあたしの中でこいつもあたしらとおんなじ人間という感じになった そやけどほんま 店長が思い切った特売をやって そのうえ時間微妙にずらして値下げしたりするから かけひきやらなんやら 個人個人が本性いやらしさを発揮して そのいやらしさも個性に合わせて様々で まあとにかくあたしもここで15年働かせてもろてるけど ほんま 魑魅魍魎というか 色々剥き出しになった本性みたいなんを ほんま見させてもろてるもんやわ


そやけどもしあのふたり あのふたりのどっちかへ 嫁にいけゆわれたらあんたどないする?芳恵

こいつかあいつか 芳恵 おまえに いってもらわんとお父ちゃん困んねん言われたら

いや知らんがなそんなん(笑)

絶対いくかいなそんなん(笑)

でも仮にやで 仮にほんまにたとえばどっちかいかんかったら娘殺すとか言われたらどないする?(芳恵はシングルマザー) そうなったら 腰巾着やな··· あの 首謀者の方のあいつ あいつは ない 死んでも ない 絶対 もう ほんまに··· もうそうなったら 娘殺して あたしも死ぬ 世の中には 絶対に無理なことがある 死んでも無理なことがある それはあたしの場合 たとえば佐藤健君の真ん前でうんこすること これは無理 もしやらなあかん事態になったらその前に殺してもらう ほんでもうひとつが あいつんとこに嫁に行くこと これも殺してもらわんとあかん あたしはゴキブリ死ぬほど嫌いやけど もし家で一匹見かけたら引っ越し考えるぐらい嫌いやけど そやけどたとえばゴキブリ生きたまま10匹3時間口に入れろ言われて やらんかったら殺す言われたら やるやろな 死にたないもん そやけんどあいつんとこ嫁に行けゆわれたら 迷わず死ぬ これは生理的なもんや 女にはどうしても どんなに無理してがんばっても お父ちゃんに泣きながら頭下げられても 娘殺す言われても それでもどうしても 生理的に無理な男いうもんがある それがあいつや




     ·

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そんなふうに思われんねん! 絶対!


おい そこの公園で休んでいこうや ほんま早よ着いてもしゃーないねんから この炎天下やし スーパーのまわりりなんもないねんから ほんまにスーパーん中うろうろするしかなくなんでほんま


そこの日陰のベンチ座ろか ん? どこ行くねん? 喉かわいたからそこの自販機でポカリスエット買うてくる? 何ぬかしとんじゃぼけぇぇっっっ!!!!⤴ 水道水のまんかいっ!! ほら今真っ黒に日焼けした少年がおいしそうに飲んでるやないか ほんで あほみたいに 蛇口ひねって 口の中 がーっとやって 口離したら ぴゅーっと 三メートルくらい 水が 噴水みたいに 笑とる 笑とる 行ってこいや ボク おっちゃんも水飲みたいから遊んどらんとちょっとどいてくれゆうて いやな顔されんで〜 子どもは見抜くからな 落伍者を ぱっと見て あっ このおっさんはアカンおっさんや 僕が将来絶対こんなふうにはなったらあかんタイプのおっさんや お父ちゃんお母ちゃんが 常日頃がんばってるのは とりあえずこういうふうなおっさんと同じ地平に並ばんためなんや ゆう具合に 一瞬で 顔つき 物腰 服装 およびその服のよれぐあいやら汚れ具合やら匂いやら 声の出し方やらとにかくそんなあれやこれやから一瞬で見抜くからな なめたらあかんで子どもを おまえは確実にアカンおっさん認定されてじーっと見られてそれから子どもは後ろ歩きで敵意と軽蔑と不信感を湛えた目ェをおまえに向けたまま二三歩下がってそれからくるっとそっぽを向いて向こうに行くんや 最後にちらっといや〜な一瞥をくれてな それからたったったっと走り出してお母ちゃんのとこへ帰るわけや 早よ行ってこい! ······ なにがポカリスエットじゃ無職の分際で··· 水を飲め水を なんぼでも飲め ただじゃ 公園の水はなんぼ飲んでもただじゃ 家の水道水使わんでええくらいここで飲んでいけ 誰が水道代払う思てんねん 仕事辞めくさって人の家に転がり込んできて もう1年やぞっ!? 毎日毎日お湯沸かして夏場にまで湯船つかりやがって このまえ家帰ったらあのデブ風呂上がりにテレビつけたままいびきかいて寝とってエアコンが! 24度! 強! バリカンで バリカンで おもわず 寝とるあいつの頭の毛ェ斑に刈ったった なに? なんなん? ちょっと なにすんのん? なに? なんで? なにしてんのん!? やめて! 頭守りながらゆうから 24度やっ!ゆうたらあほみたいな顔してポカーンとしとったな なにがポカリスエットじゃ 水を飲め水を なんぼでも飲め たっぷり水を飲め


ねえ誰かが言ったよ! ゆっくり歩け! そしてたっぷり水を飲めってねっ!



    わーーーーーーーーーーっっっ!!!

       

        ( ; ゜Д゜)





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