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釣り

 そこいらの出店で買った安い釣り竿。動物の骨を削って作られた粗雑な針に、これまた出店で売っていた芋虫を取り付ける。


 海に釣り糸を投げ、その場に座り込んで、先ほど購入した酢漬けの野菜をかじりながら、ぼんやりと当たりを待った。


 連れれば上々、仮につれなくても、ここは港町、そこいらの店にうまい魚なんていくらでもある。


 つまるとこ、今マーヤがしている行為には特に意味なんて無かった。


 ぼんやりと水平線を眺めながら酢漬けの野菜を齧る。


 こうして何の意味もない行為に身を投じる贅沢……魔王討伐という任を背負っていた数年までは、考えられなかったことだ。


 大きく息を吸い込む。


 磯の香り。内陸生まれのマーヤにとって、馴染のないもの。


 照りつける陽光を反射して、海面がキラキラと宝石みたいに輝いている。


「釣れてるかい?」


 突如背後からかけられる声。しかし、足音で人の接近を察知していたマーヤは驚くこともなく応対する。


「いんや、さっぱりだ」


「だろうね、このスポットはあまり人気がないんだ」


 振り返ると、そこに立っていたのはよく日焼けした中年の男。釣り竿を持っているところを見ると、彼も釣りに来たのだろうか?


「人気が無いスポットになんの用事だい?」


 マーヤの問いに、男は笑顔で答える。


「よく釣れるスポットは人が多いからな、ゆっくりできないんだよ……姉ちゃんと同じだな、魚が釣りたいんじゃない、竿をもってぼんやりしたいのさ」


「なるほどね。いい趣味だ」


「姉ちゃんもな……隣いいかい?」


「どうぞご自由に。別にアタシの所有地じゃねえしな」


「じゃ、お言葉に甘えて」


 どっかりと隣に腰を下ろした男。手慣れた動作で釣り針に餌を付けると、釣り糸を海に投げ込む。


 男は持参していた酒瓶をうまそうに飲み始めた。


「酒か、アタシも用意しとけばよかったな」


「お?姉ちゃんもいける口かい? わけてやりてぇのは山々なんだが……俺の飲みかけしかねえんだ」


「いいさ、気にしないでくれ」


 しばらくゆっくりとした無言の時間が流れる。


 潮風がサラサラを体を撫でて心地が良い。


 マーヤの竿がピクピクと反応する。手首のスナップを聞かせて竿を引き上げると、海面から青色の美しい鱗を持つ魚が吊り上がった。


「ほう、こりゃあ珍しい。ブルーペッシェか。姉ちゃん運がいいな」


「ブルーペッシェ?こいつはうまいのかい?」


「内臓を処理して鱗ごと油で揚げてみな、天にも昇るうまさだぜ」


「鱗も食えるのか?」


「ああ、こいつの鱗は火を通すとサクサクしてうめぇんだ」


 未知のグルメとの遭遇に目を輝かせるマーヤ。


 そんな彼女を見ながら、男は少し言いづらそうに語りかける。


「このタイミングで言うのも何だが……アンタに渡したいもんだあるんだ」


「渡したいもの?」


 男は懐から便箋を取り出すと、無言でそれをマーヤに差し出す。


 それを受け取ったマーヤは、その封蝋に刻まれた紋章を見て思い切り顔をしかめる。


「……せっかくいい気分だったのに台無しだぜ」


 その封蝋には、ギルドの紋章である双頭の蛇が刻まれていたのだった。





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