2-2 やはり俺のマイナス好感度はまちがっている。
戦闘訓練だ。
運動場のような場所についたかと思うと、動物園で見たゴリラを彷彿とさせるボディを持った男が「武器を取れ」と木箱を指さして言ったため、俺は、というよりみんな走って木箱のほうへと向かった。
皆が群がっている木箱の中身を覗くと、そこにあったのは剣だった。
皆が一本ずつ取って空いたのを見てから、俺は木箱の中から剣を取り出した。
よく見ると刃の部分が潰されていて、切るというより殴る武器のようになっていた。
刃がつぶれているとはいえ、鉄と木をメインで作られたであろう剣のため、運動不足の俺には結構な重量として体にのしかか......らなかった。きっとステータスの恩恵か。
まじまじと刃の部分を見ていると後ろから「早くしろ!」という怒鳴り声が聞こえてきたため、俺はすぐに剣を持って教官......ゴリラ教官のもとへと向かった。
「とりゃ、とりゃ!」
どうやら最初から対人戦はさすがにしないらしく、ゴリラ教官の動きを真似ながらカカシのような物を叩く練習から始まった。
ゴリラ教官は怖いが、何も問題を起こさなければ怒られない。頑張って怒られないようにせねば。
「そこ、気が抜けているぞ!」
ゴリラ教官が持っていた木剣をこっちに向けてきた。たぶん今口から「うひっ」なんて言う情けない声が漏れたと思う。向こうで折原さんが笑いをこらえているから。
どうやらゴリラ教官は女子には優しいらしく、折原さんが笑っているのは咎めないようだ。俺は咎めるのに。解せぬ。
「ほら、気が抜けていると言っただろう!」
俺の隣の地面が爆発したと勘違いする音を立ててクレーターを作った。
そこにあったのは木剣とゴリラ教官のたくましい腕。
「ウィッス」
心を無にすることに決めた。
翌日。戦闘訓練から始まった一日だった。
「今日の訓練は終わりだ!」というゴリラ教官の声が聞こえ、俺は意識を覚醒させた。よくあるスマホRPGのオート周回みたいな挙動をしていた自信がある。
「剣を片付けたら、昼食だ。食堂へ移動しろ!」
それくらい、大きな声を出さなくても聞こえるのに......
クラスメイトもへばってほとんど無駄話をしていない。
今会話できているのはそれこそ男子委員長と一部の運動部だろう数人だけだった。
俺は剣を預けると日影に移動した。
「はぁ......」
空気が都会に比べ格段においしい。向こうは蒸し暑いし、どこか蓋をされているような気分になる。
こっちはそれに比べて快適だ。蒸されている感覚はないし、光を遮る電柱の一本すら立っていない。その代わり電柱がないからこその不便もあるけど。
「おい、ちょっと顔貸せや」
空を眺め、ぼーっとしていた時に見たことがあるようなないような顔の男三人に取り囲まれた。
「はぁ、どこまで」
「黙ってついてこい」
脇腹を何か固いもので叩かれ、俺は情けなく「ぐふっ」と呻いた。
脇腹を見ると、先ほどまで使っていた、刃の潰された剣がそこにあった。
どうやらさっきの戦闘訓練の後に騙して隠し持っていたらしい。
逃げ道もなく、逆らえば暴力。
今すぐに逃げたい気分だけど、『読み込み』くらいしか現状を変えられない。
でもまだ、『読み込み』を使うべきじゃない。まだ完全にクリア不可能になったわけじゃない。
そう考えて、俺は三人に渋々といった様子を見せながら三人の命令に従った。
「お前、調子に乗りすぎてないか」
「はぁ......」
そう言われても、心当たりが一つしかないから「乗りすぎ」というには少し違う気がする。
「心当たりがないってか、あれだけ折原さんと話しておいて!」
「あっ」
そっちか。折原さん、やっぱりモテてたんだ。そりゃ印象が悪い俺が折原さんと話してたら標的にされるわ。
「今気付いたみたいな声出しやがって!」
三人は訓練の後だというのにまだ元気が残っているようで、俺へ殴る、蹴る、剣で突くといった暴行を繰り返す。
痛い、痛いっての!
丸まって体を守ろうとするものの、隙間やわき腹を狙って執拗に攻撃してくる。
「十時君!?」
その時、声が聞こえた。
「お、折原さん、どうしてここに」
折原さんがどうやら来ていたようだ。
「あなたたち三人、同じクラスメイトとは思えない」
そう、冷たい一言を発した。
いつも明るく、暖かい空気を纏った彼女から飛び出した強烈な言葉。
男子三人は「ひぃ」と情けない声を出しながら走っていった。
「大丈夫!?」
攻撃されたところが青くなっている。こりゃいてぇ。
と思っていたら、折原さんが手を当てたところが光り、傷がみるみる治っていった。
「回復......魔法?」
「そうだよ、治ってよかった......」
折原さんは俺の両手を掴んで離さない。そして足に泥が付くこともためらわずに泣き崩れてしまった。
なんか、ここまでしてもらって、そのうえで泣いていると俺が泣かせたみたいで罪悪感が芽生えるなぁ......
「大丈夫だから、もう心配しないで」
主人公ならぎゅっと抱きしめてあげるシーンだけど、そんな度胸も勇気もない俺は、そうやって折原さんに言い聞かせることしかできなかった。