1-2 知っていればどうということはない。必要なのは少しの勇気だ
「国王様。契約をしましょう」
そう、高らかに宣言をした。
皆がぎょっとした視線を向けてくる中、俺は構わず言葉を続けた。
「はて、契約か」
「そうです、こんな口約束ではなく、しっかりと、文書を用意しての、契約を」
「はぁ......分かった、お主だけ別室に来なさい」
「いえ、ここでお願いします、見られて困るものでもないでしょう」
「しかし......」
と、そこで一人の高身長の男が国王に耳打ちした。
国王は苦虫を噛みつぶしたような顔をした後に、重く閉じられた口を開いた。
「あぁ、構わんとも。控えの者よ、契約書を用意しろ!」
そして、契約の場が用意される。
「さて、お主の契約に求める物とは一体なんだ?」
「そうですね......まずは身分の保証。税金や職務は発生させないで、しかし貴族の男爵程度の権限を異世界人に認めてください。そして命令権の放棄を約束してもらうこともお願いします」
あらかじめ考えておいた言葉を伝える。
「ほう......」
国王は唸るだけだった。この状況なら。
「その見返りとして、こちらから提供できるのは戦力です」
「ほう」
空気が変わった。
はじめて国王の表情が変わり、そして後ろにいたクラスメイトの表情が恐怖に染まる。
国の庇護に入るにはそれなりの代償が必要なことくらい、考えたらすぐにわかることだった。
だからこそ、俺たちが何を提供できるかと考えたときに、真っ先に思いついたのは労働力、特に高いステータスと特別なスキルを生かした戦闘系だった。
どうせ一回目もそうなる定めだった。ならばどうせ変わらないだろう。
だからこそ、これを最大限に売り込む。
「戦争をするもよし、魔王討伐の名誉を手にするもよし。異世界人の知識を使って富を得るのもよし、です」
「しかし、命令権を放棄となれば、拒否されればそれまでということだろう? そんな不平等な契約は結べん」
少ししてやったりという顔をしている顔をしている国王に、俺は言葉を続ける。
「制限するのは命令だけです。例えば、依頼という形で、報酬の代わりに仕事を任せる、ということはできますよね。報酬はそれこそ金でも権限でも、何でも釣れるものはあります。そちらとしても、強力な固有スキル持ちの集団を手放したくはないでしょう? 国の所属となるだけでその効果は計り知れないと思いますが」
恐らくこの国の国王は税金をもらって国の顔になっている、いわば形だけ、というもの。
実際にさっき、契約の動きに持って行ったときに高身長の男が耳打ちをしていた。
だから、国王自身から出る疑問は結構太刀打ちできると思っていた。予想が当たったようで何よりだ。
そして指摘を受けた国王は「ぐぬぅ......」とまた唸るだけになってしまった。
こうなれば俺の独壇場だ。少しぐらいはこっちに有利な条件を盛れそうだ。
そう思っていたところで、静止の声が部屋の空気を支配した。
声がした方を向くと、そこに立っていたのは先ほど耳打ちをしていた高身長の男だった。
「国王様。もう交渉の場に持ち込まれた時点で我々の勝利はなかったのです」
「そうは言ってもだな......」
「まぁ、こちらの必要な条件も最低限あるようですし、ここが落としどころですよ」
「......わかった、契約を結ぼう」
その渋々といった声を聞いて、俺はやっと、肩の荷が下りた気がした。
「『書き込み』」
小声でスキルを使用する。
もう二度と交渉事なんてやりたくないから、俺はさっさと『書き込み』を使用した。
・現在地点を地点2に『書き込み』ました
もう地点1......最初のところには飛びたくないものだ。
「それでは、ここに血を」
そう言って用意されたのは二本のナイフと三枚の紙。紙には文字が書かれている。それがすべて読めるのは正直謎なのだが、言語はどうやら日本語で大丈夫そうだ。そう考えたら話している言葉ですら......と思ったところで、思考を中断する。まだ契約は終わっていない。気を張り詰めないと。
そう考えているうちにもナイフの片方を国王が取っていった。俺も見様見真似でそのナイフを手に取り、右手でナイフを使って左の親指の先を少し切り、血を垂らす。
両者の血が紙に付着したその瞬間。そこに置かれていた紙から黒い魔法陣が現れたと思うと、すぐに消えてしまった。
「これで契約は終了です。一つはそちらで控えておいてください」
そう言って高身長の男は俺に契約書を手渡してきた。
とりあえずその契約書を制服のポケットに突っ込む。
「それでは、最初に依頼、と行きましょうか。異世界人の知識をこちらに提供していただく代わりに、衣食住の保証と戦闘訓練、そしてこちらの世界の知識をお教えするというのはどうでしょう」
もはや国王を置いて高身長の男が話を持ち掛けてきた。
「それはこちらとしても願ったりかなったり、ですね、よろしくお願いします」
そう言って、高身長の男と握手を交わした。
数分後。
「はぁ......」
結構ノリノリで突っ走ってしまった。
条件とかは考えていた通りで組めた上、衣食住を提供してもらえるのは助かる。
面倒だとすればクラスメイトを売るような契約を結んだがために視線がたまに冷たくて痛いことくらいだろうか。
一周目、遥かに劣悪な条件を突き付けられたことを彼らは知らないからだろうが、俺に向かってまるで「もっと条件を盛り込めよ」だの、逆に「調子に乗るなよ」といった言葉をちらちらと向けられた。
「けど、正直クラスメイトなんてどうでもいい」
誰も聞こえないくらいの声量でつぶやいた。
元の世界に帰るために、必要なだけ。
彼らに価値があるのではなく、あくまでも元の世界に戻ることができることに価値があるのだ。
だから、クラスメイトの評価なんて、気にするな。
俺は、そう心に言い聞かせ続けた。言い聞かせないと、気になって仕方がない。マイナスになればいつ俺に返ってくるかわからない。使えるものは使いたいから、後々には好感度も必要になるだろう。だけど、今だけは忘れるんだ。