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episode.95 夜の山道

「ま、今日のところはまだ大丈夫だろう。さすがに一日でということはないだろう。この国の軍は呑気ではあるが、そこまで弱いということはないはずだからな」


 カンパニュラはそう付け加えるが、今さら何を言われたって心は休まらない。一度深刻に捉えてしまったら、もう、元のような呑気さを取り戻すことはできないのだ。


「ではこの辺で。一旦失礼する」


 いつも通り灰色のスーツを着ているカンパニュラは、両手をズボンのポケットにさりげなく突っ込んでいる。


「はい。何かあればまた」

「そうしよう」


 カンパニュラは短くそう発言し、王の間から出るため、扉の方へと歩き出す——が、あと数メートルというタイミングで、誰かが駆け込んできた。凄まじい勢いで駆け込んできた来た人物に激突され、カンパニュラは顔面に苛立ちの色を滲ませる。


「またか! 走るなと言っただろう!」


 衝突の直後、カンパニュラの鋭い声が飛ぶ。


 カンパニュラは、嫌みは言うが、大きな声を出すことはあまりない。だから、いきなり鋭い声を発したことに驚きを隠せなかった。口喧嘩の時でも淡々と攻めていくタイプの彼が大きめの声を出すなんて、そんなことがあるものなのか……という思いが強い。


「何それ偉そうにー。ぶつかってきたのはそっちでしょー」

「急に入ってくるからだろう!」

「おっさんうざーい。リトナ、きーらーいー」


 可憐な声にハッとする。

 カンパニュラと衝突したのはリトナだったのだ。


「すぐにそうやって嫌いだ何だと言って済まそうとする」

「当たっておいて謝りもしないとかー。論外っ」

「何が『論外っ』だ! 私が悪いと言うつもりか?」

「そ。そっちが悪いの。だってだって、リトナにぶつかっておいて、謝りもしないんだもーん」


 リトナとカンパニュラは睨み合いを始める。こうなるともう、誰にも止めることはできそうにない。どちらかか両方が面倒臭くなって戦いから降りる時まで、この妙な戦いは続くだろう。


「おっさんはいちいちうるさいのー。リトナに偉そうな口の利き方しないでよね」


 しかし、リトナという人間は、なぜこうも怖いもの知らずなのだろう。厳しさを漂わせているカンパニュラに対してでも躊躇なく言いたいことを言える強さ、これは一体どこから誕生したものなのだろう。


「偉そうなのはそちらだろう!」

「だーかーらー。そういうのがうるさいんだってばー。リトナ、そういう騒ぎ方する人って、超嫌いなの。鬱陶しいからー」


 二人は上半身を前傾させるようにしながら思い思いに主張を放つ。

 二つの主張がぶつかり合うことも、まったく気にしない。

 私がどちらかだったとしたら、多分、途中で降参していた気がする。私もどちらかというと主張が激しい系統ではあるが、リトナやカンパニュラとは違って、喧嘩になるのは避けたい質だから。


「あーあ。こんなところで喧嘩をして、見苦しい方々ですわ」


 それでなくても喧嘩が勃発しているところに、リーツェルがさらに火種を加えていく。

 もしかしたら大変なことが起こるかもしれない。この国が危ういかもしれない。そんな時だというのに、なぜこうも内輪で喧嘩しようとするのか。本来今は団結するべき時ではないのか。


「ちょっと、何それ。喧嘩売ってるわけ?」


 リーツェルの発言に一番に反応したのはリトナだった。


 彼女は腕組みをしたまま鋭い視線をリーツェルへ向ける。顔面は可憐なのに、目つきには刃のような鋭さ。今にも斬られそう、というような、恐ろしさのある視線を向けている。


 だが、睨まれている当人のリーツェルはというと、リトナの視線を恐れてはいないようだった。


「本当のことを申し上げただけですわ」


 リーツェルは澄まし顔でそんな風に返した。


「騒がしい喧嘩は外でしていただきたいものですわね」

「……むー。うるさーい」


 リーツェルの発言に、リトナは不満げな顔つきになる。


「ふん! ま、今日は折れてあげる。でも! 今日だけだからっ!」


 不機嫌になったリトナは、肩を上げながらそそくさと出ていってしまった。



 ◆



 夜の山道。当然ながら辺りにともし火はなく、地表を照らすのは空に輝く星たちだけ。だが、それすらも、山道の傍らに生えている木々によって半分程度は遮られている。


 そんな中、赤い車に乗り、キャロレシアとの国境付近へ向かっている者がいた。


 ロクマティス王子、エフェクト・ロクマティスである。

 彼は今、父親から与えられた任務につくため、自動車で移動している。


「はぁ……」

「どうなさいましたか? そのように溜め息をつかれて」


 エフェクトが座っているのは助手席。その隣の運転席に座っているのは、黒スーツの男性だ。暗めの茶色の髪とそれと同じ色の瞳が普通感を高めている彼が、運転役。姿勢良く座席に座り、きちんと正面を見て運転している。ただ、真面目そうに運転している一方で、隣の席のエフェクトが発する溜め息をしっかり聞き取っていた。


「今から起こる面倒ごとのことを考えたら……面倒臭すぎて……」

「確かに、厄介さもある任務かもしれませんね。敵を倒せば良いわけではない、というところが、ありふれた任務とは異なる部分です」

「今から気が重い……」


 エフェクトに与えられた任務は、キャロレシア軍の気を引く、というものだった。


 一気に仕掛ける際、敵国の護りが固いと厄介。そのため、無関係な場所で前もって騒ぎを起こすことによって、一気に仕掛ける作戦を成功させやすくする。ロクマティス王オーディアスが考えついた案はそういうものだった。そして、その『無関係な場所で一足先に騒ぎを起こす役』を与えられたのが、エフェクトだったのだ。


「どうかご安心下さい。道具を使うだけです」

「でも……はぁ……」

「もしかして、心をお痛めなのですか?」

「べつに」


 エフェクトはどこでもないところを見つめながらもきっぱり返した。


「なら安心しました。そういえば、プレシラ王女はあちらに同行するようですね」

「……そう」

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