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episode.92 叩かれた頬

「まだ熱はあられるようですわね……」


 発熱して休み始めてから、既に二日が経過した。

 今は夜。今日もまた用事を進めることがあまりできなかった。発熱と僅かなだるさ以外にこれといった症状はないのだが、今日もまたゆっくりとした一日を過ごしてしまった。


「熱下がらないわね。何だか逆にイライラしてくるわ」

「疲れていらっしゃるから苛立つんですわ」


 リーツェルの言うことも完全に間違ってはいないのかもしれない。心の健康と体の健康というのは、少なからず関連しているものだから。体が弱れば心にも負の影響が及ぶ——それは、何ら不自然な話ではない。


「そういうものかしら」

「間違いありませんわ。ですから、美味しいものを食べてのんびりして、休息するのが一番ですのよ」


 彼女はそう言ってくれるが、国が不安定な時に王たる者が寛いでいて良いとは思えない。問題も発生しておらず平和な時ならば、美味しいものを食べてのんびりするのも悪くはないのかもしれないけれど。


「駄目よ、のんびりなんて。こんな時に」

「体調不良ですもの、仕方ありませんわ。それに、セルヴィア様はこれまで色々頑張られてきましたから、きっと誰も責めないと思いますの」


 そうだろうか。私にはそうは思えない。寛いでいる私を責める者は絶対に存在するはずだ。もちろん、リーツェルのように理解を示して受け入れてくれる人もいるだろう。でも、そうでない人だって存在はするはず。


「それに、責めるような人がいれば、わたくしが吹き飛ばしますわ!」

「吹き飛ばすはやり過ぎ……」

「ま! それは冗談ですけれど!」

「そ、そうよね……」


 良かった、冗談で。本当に良かった。冗談でなかったら焦らずにはいられないところだ。今すぐぶっ飛ばすなんて言い出したらどうしようかと、実行したらどうしようかと、一瞬心配になったくらいである。でも、この感じだと、本当にぶっ飛ばすことはなさそうだ。


「ただいま戻りました」


 リーツェルと話をしていたところ、ファンデンベルクが帰ってきた。


 私が王の間に出られない間、彼は色々と動いてくれているようだ。彼の出自に理解のない者も少なくはないこの場所で彼が動き回るのは、容易いことではないだろう。きっと様々な面で苦労があるはず。それでも文句の一つも言わずに働いてくれている彼を見ていたら、胸が締め付けられて仕方がない。


「お帰りなさい、ファンデンベルク」

「調子はいかがですか」


 迎えの言葉を述べると、ファンデンベルクはベッドのすぐ横へ来てくれた。が、そのことよりも、彼の頬に意識が向く。片頬が心なしか赤らんでいるように見えたから。


「……その頬、どうしたの?」


 尋ねると、ファンデンベルクは目をぱちぱちさせる。そして、数秒が経過した後に、口を開いた。


「少しおかしな輩に絡まれまして」

「えっ……」

「ですが、大したことはありません。お気になさらず」

「待って! ……それは一体どういうこと?」


 ファンデンベルクは話を早く終わらせたそうだ。でも、私には、それで良いとは思えなかった。もし誰かに何かされたのなら、私はそれを把握しておかなくてはならない。彼は私の従者だから。


「ですから、申し上げた通り、ただ少しおかしな輩に絡まれただけです」


 彼の説明はシンプル過ぎてよく分からない。


「おかしな輩って何なの?」

「群れている男性です。しかし、それがどうかしたのですか」


 被害を受けた当人であるはずなのに、ファンデンベルクはよく分かっていない様子だ。


「その人たちに叩かれたのね?」

「……はい。すみません、情けなくて」

「貴方は悪くない。でも、どうして、貴方が叩かれたりしたの? 何か理由があるの?」


 またしても厄介そうなことが起こってしまった。でも、面倒臭いからといって見逃すことはできない。従者を叩かれて黙ってはいられない、それは当然のこと。


「出自のせい?」

「いえ。恐らく、王女の悪口を聞かれて焦ったからだと思います。ただ、最初は、僕に少しばかりちょっかいを出す程度の気持ちだったのかもしれないです」


 私の悪口を言っていた、か……。そうこともあるだろう。分かってはいた、分かってはいたのだ。皆が私の味方でいてくれるはずもない、それは理解していた。でも……いざ実際に耳にすると、悲しい。ただ、この耳で内容を聞かずに済んだだけ幸運だとは思うけれど。


「それは問題ね。肝心な時に体調不良になった私も大概だけど……でも、暴力行為は酷いわ。人としてどうなのって話よ」


 何があったか知らないが、他人の頬を叩くなどさすがに酷い。まだ幼い子どもであれば注意で良いのかもしれないが、大人になっていてそのようなことをする者は注意だけで良いものなのかどうか。さすがに、絶命しろ、とまでは言わないけれど。


「名簿をお持ちしますわ、セルヴィア様」


 リーツェルはそう言ってその場で立ち上がる。

 唐突な動きに驚きつつも、私は彼女の顔面へと視線を向ける。


「名簿?」

「城内で働いている者の名簿ですわ。王の間に置いてありますのよ。おおよそ全員載っていますわ」


 この城の中で働いている人というと、恐らく、かなりの人数だろう。暗記するなんていうのは到底無理だし、それをまとめるというのもかなり大変なはず。それをまとめたものが存在するとしたら、作成者はかなりの努力家なのだろう。


「ファンデンベルクを叩いた人を確認するの?」

「セルヴィア様の悪口を言う最低な人を確認するのですわ! 許せませんもの! それに、怪しい者には目を光らせておかなくてはなりませんわ」


 そう言うと、リーツェルはあっという間にベッドから離れていってしまった。


 名簿を取りに行こうと考えてのことなのだろうが、思いついてから行動に移るまでが早すぎる。

 リーツェルが離れていってしまったことは寂しいが、代わりとしてファンデンベルクが近くにいてくれるようだったので、少しは心が柔らかくなった気がした。


「まだ熱が高いのですね」

「えぇ、そうなのよ。困るわ。なかなか下がらないから……」

「焦る必要はありません。ゆっくりお休み下さい」


 彼の良い部分は、優しいわりにあっさりしているところだと思う。人間特有のねっとりとした部分がない、というところが、非常に好ましい。


「でも大変じゃない? これでも私、色々してもらって申し訳ないと思ってはいるの。疲れていない? あと、給料少なくない?」

「給料は気にしません。どのみち使いませんので」

「それは、疲れてはいる、ということ?」

「いえ、そういうつもりではありません。言い方が不自然であったなら謝罪します」

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