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episode.91 やんちゃな悪口隊

 王の間から徒歩七八分程度の距離がある、とある廊下。

 数名の男性が仕事をさぼり喋っていた。


「なぁなぁ聞いたか? 女王陛下、体調不良らしいぜ」

「体調不良? このタイミングで? うわー、ないわー」


 彼らは周囲への気配りなど微塵もしていない。それゆえ、誰が聞いているかを考えることもせずに、何の躊躇いもなく好きなことを口にする。怒られる可能性は少しも考えていないので、悪口も嫌みも言いたい放題だ。


「大変な時に体調不良とか、自己管理能力低過ぎだろ」

「それなー。やっぱ引きこもりのお姫様は駄目だな。分かってないよなー」


 だが、彼らはとんでもない貧乏くじを引いてしまった。簡単に言うなら、ついていなかった、のである。伝達をはじめとする用事で出歩いていたファンデンベルクに悪口を聞かれてしまったのだ。とはいえ、ファンデンベルクも子どもではない。すぐに喧嘩を売るような幼稚なことはしなかった。ただ、悪口を言っていた彼らは、さらにそこから間違った行動に出た。ファンデンベルクにわざわざ絡みにいったのだ。


「おい、なーにこっち見てやがる」


 男たちのうちの一人がファンデンベルクの前に立ちはだかる。


「何でしょうか」


 ファンデンベルクは怯まない。

 ただ、目の前に立つ者を、一つの青い瞳でじっと見つめるだけ。


「さっき通る時ちら見しただろ?」


 立ちはだかっている男はそんなことを言い放つ。それ以外の男は、少し離れたところから様子を見ていて、時折ケケケと怪しい笑い声を漏らしている。


「いえ」


 きっぱりと答えるファンデンベルク。


「知らないふりなんてしても意味ないって分からないのかねぇ」

「勘違いではないでしょうか」

「おい! 生意気な態度取ってんじゃねぇぞ!」

「そのように調子を強めても無駄です。脅せませんよ」


 ファンデンベルクは声を荒くはしない。表情も大きくは変化させない。だが、落ち着いている中にも言葉にならないような恐ろしさをまとわせており、迫力では男性に負けていない。むしろ、迫力だけで比べれば勝っているくらいだ。


「くっ……。な、生意気言いやがって……!」

「何も間違ったことは言っていないはずです。違いますか」


 淡々と言葉を連ねられ、男性はついに返す言葉を失ってしまった。だが、高圧的に自分から喧嘩を仕掛けた以上、今さら引き下がることもできない。板挟みになった男性は、ついに物理的な行動に出る。ファンデンベルクの右手首を掴んだ。


「そういうとこが生意気なんだよ!」


 右手首を掴み動きを制限して、掴んでいるのとは逆の手でビンタ。ファンデンベルクは避けない。結果、男性の手のひらは見事にファンデンベルクの頬を叩くこととなった。


「はっ。避ける勇気すらないのかよっ」


 男性は一瞬勝ち誇ったような顔をする。

 だが、その顔面は、ほんの数秒のうちに真っ青なものへと変化した。


「暴力行為ですよ。いきなり絡み、叩くなど」


 そう述べるファンデンベルクが、この世のものとは思えないくらい冷ややかな目をしていたからである。

 抵抗せず反撃もしてこなかった。そのことで男性は一瞬油断したのだろう。だが、だからなおさら、直後のファンデンベルクの冷ややかな目つきには肝を冷やしたに違いない。


「その手を離して下さい。それとも、まだ続けるおつもりですか」

「ぐっ……。お、おい! お前ら! 協力しろ!」


 男性は急に仲間を呼ぶ。

 少し離れたところで様子を見ていた男性三人は渋々歩み寄ってきた。


「何だよー。いきなり呼びやがってー」

「見てるのが楽しいのにさ」

「で、協力って何するんだー。何の協力だー」

「見守るのが最高なのにさ」


 離れたところから歩いて接近してきた男性たちは、面倒臭そうな顔をしていた。見ているだけの方が楽しい、と、考えているのだろう。実際に関わることを望んではいない様子である。


「こいつは放っておいたらヤバいぞ! 今のうちに分からせてやらないと!」


 最初にファンデンベルクの前に立ちはだかった男性は、まだファンデンベルクの手首を掴んでいる。彼とて完全な馬鹿ではないから、手を離してさっさと去る方が賢いということは分かってはいるのだろう。ただ、今さら引くことはできないと思い、意地を張っているものと思われる。


「えー。いじめるのかー。女王陛下の子分だし、後々ややこしいぞー」


 数人のうちの一人が止めようとする。

 だが、最初に絡んだ男性は、それに従いはしない。


「仕方ないだろ! 生意気なんだから!」

「まぁそういうものかね……」

「泣かせるぞ!」

「あー。そうか、まぁ、仕方ないなー」


 厄介な輩に絡まれたファンデンベルクは無表情のまま相手をじっと見つめる。それ以外のことは何もせず、ただ、その場所でじっと黙っているだけだ。ただ、たった一つの瞳からでさえただ者ならぬ雰囲気を漂わせていて、相手を好き放題には動かさない。


「そろそろ失礼してもよろしいでしょうか」


 ファンデンベルクは静かに放つ。


「ふざけんなよ! 待てよ。逃がすかよ!」


 男性は声を荒らげる。だが、声を荒くするのは、ファンデンベルクのこそを恐れているからでもある。相手が恐ろしいからこそ、変に意地を張って、強く出てしまうのだ。


「失礼ですが、僕と貴方が関わる必要性はないように思います」

「最初に睨んできたのはそっちだろうが!」

「ですから、それは気のせいです。また、睨んだというのは、完全な誤解です。よく考えてみて下さい、僕が貴方たちを睨む理由などありはしないはずです」


 ファンデンベルクのどこまでも淡々として物言いに、最初に絡んだ一名以外の男性たちは唇を閉ざしていた。


 数秒後、ファンデンベルクは初めて手を動かした。腕を勢いよく動かし、男性の手を躊躇なく振り払う。この行動には、男性も、さすがにすぐには対処できなかった。今の彼は、ただ、ぽかんとすることしかできない。


「次の用がありますので、この辺りで」

「おいっ……! 待てよ……!」

「それと、こちらは警告になりますが、女王陛下の悪口を言うことは避けるべきですよ」


 ファンデンベルクはその場で一礼し、再び歩き出した。

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