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episode.89 あと少し

「ねぇねぇセルヴィアさん! リトナがすること何かある?」

「失礼ですが、王女は今仕事中です。騒ぐのならば、一旦退室していただくことになりますよ」


 リトナが私たちの味方をしてくれると言い出し、ひとまずそれを認めた。その時からずっと、このようなやり取りが繰り返されている。リトナがやたらと絡んできてファンデンベルクがそれを制止するというやり取りが、数えきれないくらい発生しているのだ。


「貴女には関係なーい。リトナはセルヴィアさんに聞いてるからー」

「ですから、そういった絡みはお止め下さい。あまり酷いようでしたら、妨害行為とみなしますよ」


 やたらと絡んでくるリトナもリトナだが、ファンデンベルクも若干厄介な人になっているような気もする。ただ、ファンデンベルクは私に気を遣って注意してくれているのだろうから、彼を責めるというのは間違いだ。彼に罪はない。ただ、少しばかり口うるさいだけである。


「うるさーい。リトナ、いちいち口出ししてくる人ってきーらーいー」


 リトナはファンデンベルクから注意を受けてすっかり不機嫌になってしまっている。だが、ファンデンベルクは機嫌取りはしない。躊躇うことすらせず、言いたいことを言ってゆく。


「僕のことは嫌いで結構ですが、王女の邪魔をしないで下さい」

「何その言い方! 腹立つ!」

「やたらと絡むことはせず、大人しくしていて下さい」

「リトナに対して偉そうに言うとかー。あり得なーい」


 ファンデンベルクとリトナの間に漂う険悪な空気は、当分解消されそうにない。両者共に引かないから、関係性が改善する希望の光が見えてこないのである。どちらかが相手に合わせられる人間だったなら、もう少しは良い関係を作ることができたかもしれない。


 いずれにせよ、これ以上気まずい空気になると辛い。


 だから、話に参加してみることにした。


「リトナ王女、その辺りで休憩していてもらっても構わないかしら」


 言い方には気をつけなくてはならない。変な言い方をしてしまったら、リトナの機嫌を損ねる可能性がある。ちょっとしたことで不機嫌になりやすい人と関わる際の注意点だ。


「えー。リトナのこと、何もできない人と思ってなーい?」


 こんな風にして、ことあるごとに不機嫌になろうとしてくる。それがリトナという人間だ。


「まさか。そんなこと、思ってはいないわ。貴女が強いことは知っているもの」

「強いとか、あまーり嬉しくなーい」


 強い、というのは、何も嫌みで言ったことではない。以前突如攻撃してきた時のことを覚えていたから言ったのである。一応、この目で見て確認した事実に基づいての発言だ。何も、勝手なイメージや噂話を根拠に発言しているわけではない。


「ごめんなさい。でも、リトナ王女が強いのは事実でしょう?」

「まぁ、そうだけどー」

「悪気があったわけではないし、嫌がらせで言ったわけでもないの。それを理解してもらえると嬉しいわ」

「ふーん。ま、今回だけなら許してあげてもいいけどー」


 リトナは基本、自分が上、という認識を変える気はないようだ。そこは、以前も現在も変わることのない部分。恐らく、そこが彼女の根幹たる部分なのだろう。


 以降、リトナは黙ってくれたので、私は比較的スムーズに作業を進めることができた。


 できるなら、私だって、リトナと共に過ごしてみたい。いろんな話をして、もっと、一日中楽しさの中で生きていたい。でもそれはできないから、仕方なく、こなすべき仕事をこなしているのだ。このちまちまとした用事を一刻も早く終わらせようと努力しているのである。


「先ほどは色々と騒いでしまい申し訳ありませんでした、王女」

「気にしないで」



 母親が行方不明になった日から数日が過ぎたある日の朝、私は母親に関する情報を得ることとなった。王の間へ来てくれた連絡係が伝えてくれたのだ。しかし、その内容は微笑ましいものではなく、心を締めつけるようなものだった。


「拘束された……? ……そんな」


 どんな情報を耳にしても落ち着いていようと心を決めていたけれど、声が震えてしまった。


「そのようです。言いづらいですけど……」


 連絡係はかなりの気まずさを抱えているようで、面を上げない。いつもはそんなことはないのだが、今日は、斜め下を向いている時間が長いように感じる。時々ちらりとこちらを見てはいるのだが、私と視線を合わせることはしたくないみたいだ。


「いえ、伝えていただけてありがたいですよ」

「は、はい……。それでは、これで失礼致します……」


 気まずい空気のまま、連絡係は退室してしまった。

 喧嘩したわけではないし、こちらが責めたわけでもない。それなのに何とも言えない空気になってしまって、心が痛い。連絡係に罪はないのに気まずさを感じさせてしまったことに、罪悪感を感じずにはいられなかった。もっとも、気まずい雰囲気になってしまうのもある程度仕方ない部分はあるのだが。


「あぁもう! どうしてこんな厄介なことばかり起こるのよ!」


 耐えきれず、大きな声を発してしまう。


「落ち着いて下さい、王女」


 王の間内にある私がいつも使っている椅子のすぐ横に立っていたファンデンベルクが、そんな風に声をかけてきた。


「落ち着いているわよ! でも! 黙って耐えてはいられないの!」


 次から次へと襲いかかってくる厄介ごとに、心は圧迫されるばかり。


「……お疲れなのですね」

「そうよ。疲れているの。悪かったわね、こんなで」


 ファンデンベルクの気遣いにすら穏やかには返せない。

 酷い状態だと自分でも思う。


「あの……どうやらかなりお疲れのようです。一旦休まれては?」


 ファンデンベルクは少しばかり腰を屈めて顔を覗き込んでくる。その表情には不安の色が滲んでいた。彼にしては珍しく、無表情でない。


「あと少しだから続けるわ」

「しかし……」

「大丈夫。もう少ししたら終わるの」

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