episode.87 観察
「それにしても、この国も物騒よねー。要人がすぐにいなくなるしー、死滅するしー」
リトナは失礼なことを言っているようだが、事実は事実だ。この国が物騒なのも、王族がよくいなくなったり亡くなったりするのも、事実ではある。もっとも、普通はそんなことを口にはしないものなのだが。
「この国どうしようもないからー、そっちがその気なら、リトナが手を貸してあげても良いけど?」
思わず素な感じで「え」と漏らしてしまった。
「何その顔! 面白ーい。さすがに情けないってー」
「そ、それより、どういうことなの? 協力してくれるの?」
「そういうこと! ま、そっちがその気なら、だけどー」
ロクマティス王女であるリトナがキャロレシアに力を貸す、そんなことが起こるものだろうか?
無条件に味方してくれるとは思えない。多分、何か企みがあるのだろう。いや、企みは言い過ぎかもしれないけれど、意図があってそんなことを言っているのだろう。純粋に信じたいけれど、さすがにそれは無理だ。
「理解できないわ。リトナ王女はロクマティスの王女でしょう? なのにどうしてキャロレシアに手を貸すの?」
不快感を抱かせるかもしれないと思いつつも、そんな風に尋ねずにはいられなかった。
「何よそれー。どっちにつくかなんて勝手でしょー」
「そういうもの?」
「リトナの人生はリトナが決めるの! それの何が問題なの!」
頬を膨らませるリトナを見ていたら、何だか申し訳ない気分になってきた。深読みすることなく信じるべきだったのだろうか、などと考えてしまい、私の心に芽生えるのは罪悪感。
「ごめんなさいっ。少し信じられなかっただけで、べつに、変な意味じゃないの……!」
「えー。信じられなかったとか言っちゃうー?」
リトナは両肩を持ち上げて頬を膨らませる。眉尻をつり上げ、不満を露わにしている。彼女は相変わらず自分の感情を隠そうとしない。自分を良く見せるための仮面をつけようとさえしない。さらに、そこから、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「怒らないで、怒らないで! お願い!」
「謝ってもらわなくちゃ許さないからー」
「ごめん! ごめんなさい!」
そこまで言うと、リトナはようやくこちらを向いてくれた。だが、渋々、という感じである。きっとまた「冗談だけどー」などと言うのだろうと想像していたが、今の不満げな態度は冗談ではなかったみたいだ。
「ま、いいけどー。で、どうするわけ?」
リトナは威張ったように腕組みをしている。が、取り敢えず許してはもらえたみたいだ。
「できるなら協力を頼みたいわ。でも……貴女に母国と敵対させるのは、少し申し訳ない気もするわね……」
「そういうのいいから!」
「ごめんなさい」
「簡単に謝られるのもいい気しなーい」
「そ、そう……」
何をどうすれば文句を言われずに済むのだろう。そう思わずにはいられないが、多分、そんなことを言っていてはリトナとは付き合っていけないのだろう。
「セルヴィアさんったら、案外単純よね。だって、すぐ他人のことを信じるんだもの。でも、ま、そういうところも嫌いじゃないっていうか? そういうわけだからー、今日からよろしくっ」
リトナはその場で軽やかに回転しながらそんなことを述べる。それを見ていたリーツェルとファンデンベルクは、これまで見たことがないくらいの怪訝な顔をしていた。二人はリトナを信頼していないのだろう。
「リトナ可愛いけどー、べつに心配しなくていいからっ。かなり強いしー」
自分を「かなり強い」と言ってしまえる精神が凄い気がする。
それも、こっそり言うのではなく堂々と言うのだから、なおさら凄い。
「ありがとう、リトナ王女」
「で、何から始めるっ? ロクマティスの要人でも殺っちゃう?」
「それは駄目よ。新しい戦いの火種を生んでしまうわ」
いきなり要人を殺めるのはさすがに過激過ぎる。リトナを悪く言うつもりはないが、発想がかなり危ない。リトナの先ほどの発言を公の場で口にしたなら、きっと、皆から危険人物と捉えられるだろう。
「えー。思いきり悪ーい」
「喧嘩を売っていると思われると厄介だわ」
「そうかもだけどー。でもでもー、リトナ、凄いことしたーい」
力を貸してくれるといっても、リトナは、私に完全に従ってくれるわけではなさそうだ。それゆえ不安が残る。思ってもみなかった方向に勝手に行動されたりしないか、という不安である。リトナは自由人だ、悪気なく驚くような行動に出る可能性もないとは言えない。
「戦いへ突き進む予定ではないの。だからどうか、あちらを刺激しないで」
「まぁいいけどー、そんな弱気で大丈夫なのー?」
弱気でいてはならないということは分からないではない。だが、下手に積極的に動くというのは、結果的に悪い結果を招くことともなりうる。慎重さは欠かせないものだろう。
「本気なんですの? セルヴィア様。敵国の王女を味方に入れるなんて、正気の沙汰でないですわ」
リトナも近くにいるというのに、リーツェルはそんなことを言い出した。なぜ本人がいるところで言うのか、と、突っ込みを入れたい気分だ。もっとも、もしかしたらわざとなのかもしれないけれど。
「ここでそんなことを言わないでちょうだい」
「そうです、リーツェル。思ってもすぐに言うべきではありません」
ファンデンベルクが唐突に話に入ってくる。
「それはそれで失礼だけど……」
思わず本音を漏らしてしまった。
「ですが事実でしょう、王女。思ったことを言えば良いというものではありません」
「それは貴方も同じことよ」
「確かに、それはそうですね」
認めるのね!? と大きな声で言いそうになったことは秘密にしておこう。
リトナが味方になってくれるのなら心強いことだ。良い戦力となってくれるだろう。だが、彼女がどのくらい本気でこちらにつこうと考えているかが分からないので、まだ読めない部分が大きい。すべてを把握するためには、もう少し観察する必要がありそうだ。




