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episode.8 情けない

「しかしまぁ、いきなりというのも問題だな。こちらとしても、無理矢理引き込むような乱暴な真似はしたくない」


 リーダは私を無理矢理従わせようとは考えていないようだ。それが分かり、私は密かに安堵する。いや、もちろん、彼女をそんな悪質な人物だと思っていたわけではないけれど。ただ、強制力を発揮されないか、少しだけ心配だったのだ。


「今日のところはこのくらいにしようか」


 ブルーグレーの短い髪をくしゃくしゃと手で掻き乱しつつ、リーダは言う。


「え……帰して下さるのですか」

「あぁ、それはもちろん。無茶を言う気はないからな」

「それは……ありがとうございます」

「もし気が向いたら、また会いに来てくれ。まぁ、あくまで希望だけどさ」


 そう言って、リーダは一枚の紙切れを手渡してくる。よく見てみると、それはただの紙ではなかった。


 パッと見は紙切れでしかないが、そこには『アムネア・リーダ』という名前と連絡先と思われる番号が書かれていた。それから改めて目を凝らして見てみると、紙の端ぎりぎりのところに『キャロレシアなんでも隊・隊長』という記載もあることに気づく。


「リーダさん、これは?」


 私は片手で名刺を握りつつ、もう一方の手の指で隊名のところを示す。


「あぁ。それはあたしたちの隊の名称」


 決して丁寧な聞き方はできていなかったと思う。けれどもリーダは、私が聞こうとしていることをきちんと読み取ってくれていた。言葉だけから情報を得ようとしないところが見事だ。


「画期的ですね……」

「あたしが数秒で決めたんだ」

「えっ」


 悪い意味をはらんだ「えっ」ではない。単にリーダの発言が意外だっただけだ。けれども私は内心少し焦った。失礼な物言いをしてしまったかと不安が湧いてきたのだ。


「ネーミングセンスなさすぎ! って思ったかな?」

「あ、いえ。そういうわけでは」

「あたしがネーミングセンスなさすぎなのは、みんな知ってるわけだけどね」


 焦りは徐々に薄れてゆく。

 表情を見ていたら、リーダは怒ってはいないと、そう判断できたから。


「力を貸す気になったら、その番号に連絡貰ってもいいかな」

「あ……はい」


 そんな時は来ないと思うけれど、一応頷いておいた。


 その後、私はまたしても衝撃を受けることになった。というのも、ファンデンベルクとリーツェルを引き取って帰らなくてはならないことになったのだ。


 最後の最後に話が出たので、時間もなく、断ることなんてできず——今に至る。


「セルヴィア様! これから可愛がってほしいですわ!」

「え、えぇ。もちろんよ」


 今は城へ戻る最中なのだが、馬車の中には私を含めて人が三人もいる。そのため狭く感じずにはいられない。このような形式の馬車であれば二人くらいまでがちょうど良い人数なのだろうな、などと考えてしまっている。何事にも、適正人数というのは存在するのだろう。


「ちょっと! アンタも挨拶なさいよ!」


 リーツェルは突如鋭く言った。

 その言葉は、窓の外をぼんやり眺めているファンデンベルクに向けてのものだ。


「騒がしいです」

「そういう問題じゃないですわ! これらお世話になるセルヴィア様に挨拶もしないなんて、無礼にもほどがありますわよ!」


 リーツェルに厳しく色々言われたファンデンベルクは「やれやれ」とでも言いたそうな顔をする。が、一応私の方へ体の前面を向けてくれた。それから、眉の一つも動かさずに軽く会釈。


「よろしくお願いします」


 ……なんてあっさりした挨拶。


 それにしても。

 ここまでシンプルで色気のない挨拶をされると、どう返せばいいのかよく分からなくなってしまう。


「えぇ。こちらこそよろしく」


 馬車は石畳の道へと差し掛かる。揺れが規則正しく小刻みになってきた。砂利の道もそこそこ揺れるし音もする。が、震動が規則正しさをはらんでいるのは、人の手が加わった地面を走っているからこそだろう。


「で、えっと」


 私が次に述べる言葉を見失っていると、私とファンデンベルクの間に座っているリーツェルが目を豪快に開いた。


「ファンデンベルク! 何か言いなさいですわ!」

「しかし、話すことは特に……」


 いきなりリーツェルに絡まれたファンデンベルクは冷めた顔。


「セルヴィア様が困っておられるでしょう!?」

「騒がしくしないで下さい」

「もう! アンタはどうしていつもそんななんですのー!?」


 とにかく騒がしい。ファンデンベルクと二人で乗っていた時はこんなことはなかった。やはり、リーツェルの甲高い声が、この騒がしさの原因なのだろう。


 でも不思議なことに嫌な気分にはならない。

 むしろ、ちょっとしたうるささが心地よいくらいだ。


「ね、ねぇ。少し構わない?」


 それまでは言葉が上手く思い浮かばなかった。聞きたいことが湧いてくるでもなく、たわいない会話をすすめるでもなく、ただ何となく時間を潰すことしかできなくて。けれども、何やら騒がしくしているリーツェルとファンデンベルクの姿を見ていたら少しだけ脳が刺激されたのか、尋ねてみたいことが思い浮かんできた。


「セルヴィア様! もしかして質問ですの!?」


 即座に反応したのはリーツェル。

 だが、私があることを尋ねようとしていたのは、実はファンデンベルクだ。

 質問がない方の人に素早く反応される。しかも妙に瞳を輝かせて見つめられる。現状でこれほど気まずいことはない。


「あの……そう。でも、ファンデンベルクに対してなの」


 言ってから、己の胸の鼓動が早まるのを感じる。リーツェルを不快にしたら、などと、物事をつい悪い方向へ考えてしまっているのだ。

 けれど、私が想像していた悪いことは、現実にはありはしないことだった。


「そうでしたの!」


 リーツェルは、私の意識あ向いているのが自分でないと気づいても、ケロッとしていた。


「えぇ……。彼と話しても構わないかしら」

「そういうことなら順番を変えれば良いのですわ!」


 明るい声でそう言って、リーツェルは腰を上げる。それから、手で私の体をファンデンベルクの方へと寄せようとする。彼女の手の力だけでは、さすがに、私の体は動かなかったけれど。


「これで良し、ですわ!」


 ファンデンベルクとの距離がいきなり近くなった。


 彼の右目は伸ばした前髪に隠されてよく見えない。が、接近すると、もともと露わになっていた左目の美しさがより一層際立って見えた。というのも、瞳が海のような透明感のある青色をしているのだ。発色が良いアクアマリンのような雰囲気。


「美しい瞳」


 そんなことをするつもりでいたわけではなかったのに、私はいつの間にか彼の瞳を見つめてしまっていた。


「……あっ、ごめんなさい。その、失礼よね、いきなり凝視したりして……って、ああっ。これまた失礼……でしたね。ファンデンベルク、貴方には崩した話し方をする許可は得ていませんでした……」


 もはや何が何だか。

 自分が情けない。

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