episode.7 駆け抜ける衝撃
この手に宿る力。それが、キャロレシアの王家に伝わるものであるということを知ったのは、いつだったか。もはや思い出せもしないが、当時は複雑な心境になっていたことを記憶している。王家の者であっても皆が宿すわけではないその力を、どうして私が宿すこととなったのか。そう考えると、何とも言えない気分になって。
「その力を使わせてほしい」
リーダは真剣な面持ちでそんなことを言ってくる。
「人を傷つけるためにこの力を使えと仰るのですか……?」
「いや、そうじゃないよ。あくまでこの国のために、というわけでね」
「国の……ため……」
手の内にある力を使う。そういう意味では、父やフライがこれまでやっていたこととたいして変わらないのかもしれない。特殊な力を使おうが、武器を使おうが、同じこととも捉えられる。でも、どうも気が進まない。この力をそんなことのために使って良いのか、という思いが、まだどうしても大きくて。
「どうかな?」
「……あ、あの。少し……時間をいただけますか」
「もちろんそれは構わないよ。じっくり考えて——」
そこまで言った時、リーダは突如イスから立ち上がった。私は何が始まったのかすぐには理解できなかったけれど、周囲に物騒な雰囲気の人たちが現れたことで危険な状況であるということは察した。
「王女様はそこに!」
「は、はい……」
突然現れた人たちは、皆、男性のようだった。それも、物理的な戦闘が得意なタイプの人たちに見える。体もそこそこ大きい。しかも、その多くが、武器を持っている。刃物やら、鈍器のようなものやら。
リーダは両手を広げる。すると赤い光がどこからともなく発生。辺りを紅に照らす。
何から何まで理解不能。
見たことのない光景の連続に、脳が大混乱。
「一斉にやるぞ!」
「おぅ!」
「確実に仕留めるぜ!」
男たちは各々手に刃物やら何やらを持ち、殺伐とした叫びを放つ。しかしリーダは冷静。私は心を鎮めるために、彼女の迷いのない目だけを見つめる。今の私にとっては、それが自分を安心させる唯一の方法だったのだ。
敵数人のうち三人が同時にリーダに襲いかかる。
だが次の瞬間には、三人ともが一斉に吹き飛ばされていた。
「甘い」
リーダは低い声で呟く。
刹那、飛ばされていっている三人の男たちの腹に、紅色の波動のようなものがめり込んだ。
「くっ……。やっぱ、かなり強え」
「お、おい! 怯むな!」
最初に仕掛けてきた三人は既に床に落ちていて、倒れたままびくともしない。完全に停止している。握り締めていた刃物も手から離れていた。
だがまだ終わっていない。
次なる敵が、既に攻撃する体勢に入り始めている。
「進め! 進むんだ! とにかく追い詰めろ!」
叫びながら、リーダに向かって真っ直ぐ突っ込んでいく一人目。
刃物を持っているうえ、筋肉質な体をしているが、リーダが放つ紅の光に腹を貫かれる。
「ぐっは……」
刃物の刃がリーダの体に届くことはなかった。一人目の筋肉質な男性は、腹を貫かれたその場所から一歩動くことすらできず、床に崩れ落ちる。
「いくぞぉォォ!」
「来るがいい」
敢えて「いくぞ」なんて宣言する必要はないのに、と思わせたのは、先ほどの一人目に続いてリーダに迫る二人目。
今度の男性は先ほどの人よりも大きな体をしている。が、心なしかむっちりしていて、見た感じの筋肉質さでは先ほどの人の方が上だ。とはいえ、背が高く横にも大きいので、そこそこ危険そうではある。
でも、リーダならきっとやってくれる。
今はそんな風に思える。
「おおお!」
二人目はそんな大声を発しながら素手でリーダに迫る。リーダが放った一発目の光は、彼の腹にかすりはしたが、腹の肉が少し傷ついただけ。ダメージはなかった。
だが、それで打つ手をなくすリーダではない。
リーダは突如腹を折り曲げる。男性の平手打ちをかわしたのだ。そして、男性の懐に潜り込み、放つ光の一撃。男性は後方に向かって数メートル飛んでいった。
結果、二つほどイスを巻き込んで床に倒れることに。
そこへ突っ込む三人目。ハンマーのような武器を持った最後の一人だ。
あと一人倒せばすべて片付くわけだが、絶対に上手くいくという保証があるわけではない。それゆえ、見ている方も安心はできない。敵が倒れる瞬間まで、油断大敵。
「どついたる——って、え?」
「隙が多い」
「ぎゃぶべぢッ!?」
ハンマーのようなものを持っていた最後の一人も、勢いはあったが、リーダの前では何も成せなかった。呆気なく沈み、今は仲間たちと同じように床に倒れ込んでいる。
「王女様はご無事で?」
襲いかかってくる男たちを全滅させるなり、リーダは振り返る。そして、私がまだイスに腰掛けていることを確認してから、敢えて尋ねた。
「……あ、はい。無事です」
「なら良かった」
「リーダさん……あの、とてもお強いのですね」
するとリーダは急に頬を赤らめた。
その様は、まるで恋する乙女。年頃の少女が片想いしている相手に優しくしてもらった時のような表情をリーダは浮かべている。容姿が中性的だからか少し違和感があるけれど、それも、さすがに不快感とまではいかない。
「……照れるな。そのように褒められたら」
リーダが強いのはこの目で確かめたこと。お世辞でも何でもない。
「全員片付けてしまわれるなんて嘘みたいです」
「あ……あぁ……」
鬼のように強かったリーダが今は恥じらっている。
不思議なことだ。
けれど、もしそれがアムネア・リーダという人物なのであれば、それはそういうものなのかもしれない。強さと初々しさを併せ持つ、恐らく、それこそが彼女なのだろう。
「でも分かりました。やっぱり、私は貴女の力にはなれません」
「え!?」
「今のような時に対応するなんて、私には無理です」
「いや、いやいやいや! 待ってくれ? 今みたいなことをさせる気でいるわけでは!」
近くにとても強い人がいて、その人が戦ってくれている。不利でもない。それでも、こんなに怖かった。もし戦える人が近くにいなかったら?そう考えるとゾッとする。リーダがいなかったら、私はどうなっていたというのだろう。考えたくはないけれど……。
そんなことばかり考えてしまっている時点で、私は戦いに向いていない。




