episode.77 平和とも言える、騒がしい日
リーツェルが述べることも間違いではない。本来リトナは殺されていた人間だろう。他国の人間に危害を加えたのだから、処刑されていたとしても何ら不自然ではないのだ。
……私が寛容だとか何とかという部分は置いておくとして。
罰を与えるべきだったのだろうか。比較的丁重にもてなすというやり方は間違っていたのかもしれない、と、ふと思うこともある。甘すぎたのではないか、という、心の迷いも生まれている。
リーツェルが予想以上に威勢よくリトナに接近していっていることに危機感を覚えたらしく、ファンデンベルクは小声で「リーツェル、今は出るべき時ではありません」と忠告する。けれど、彼の声は、リーツェルの心には届かない。リーツェルは「アンタは口出ししなくていいから」と素っ気なく返すだけだ。
「あ、あの! ちょっと、喧嘩しないで!」
室内が険悪な空気に満たされることに耐えきれず、思わず口を開いてしまった。
馬鹿だ……。
後のことを考えていなかった……。
「せ、せっかくだもの! 仲良くする方が意味があるわよ!」
手のひらを合わせつつ、そんなことを言ってみる。
「セルヴィアさんってー、もしかして、ちょっと馬鹿ー?」
努力はいまいち実らなかった。
場の空気を変える、という意味では、多少は成功した気もする。でも、良い流れを作り出すというところまでは上手くいかなかった。馬鹿にされただけで終わってしまいそうだ。
でも、よく考えてみたら、馬鹿扱いされているくらいの方が良いのかもしれない。
私がいくら有能でも、それによって場の空気が穏やかになるというわけではない。リトナが私のことを賢いと思ったからといって、すべてが丸く収まるわけではないのだ。むしろ、私が有能であった方が、妙に警戒されてしまうだろう。それなら、私は馬鹿でいい。たとえ見下されているとしても。
「他人のことを馬鹿なんて言うんじゃありませんわ!」
リーツェルはまたしても噛み付いた。
「うるさーい。それにっ、リトナは王女だから、べつにいいのー」
「主人を侮辱されて黙っていられるほど寛容ではありませんわ!」
もしかしたら、先にリーツェルを止めた方が良いのかもしれない。
べつにリーツェルだけが悪いわけではない。いや、むしろ、彼女は悪くない方の人間だ。彼女は、ただ、少し気が強いだけ。私のことを思って、リトナに対しても意見を言ってくれているのだ。
でも、リーツェルを放っていたら、いつまでも場が険悪なムードに包まれたままになってしまう。
止めなくては。私に味方をしてくれている人を制止するというのは、罪悪感があるけれど。でも、現状を変えるためには、一旦落ち着かせる必要がある。
「王女だからと勘違いなさらないことですわ!」
両手を腰に当て、胸を張って、リーツェルは堂々と言い放つ。
そんな彼女に対し、私は小声で「一旦止めてもらえないかしら」と尋ねてみた。
その瞬間は、リーツェルは驚いた顔をしていた。味方しているにもかかわらず止めるように言われたから驚いたのだろう。ただ、彼女がこちらへ噛み付いてくることはなかった。
「あんなことを言わせていて構わないんですの?」
「できれば喧嘩は避けたいのよね……」
「そうですの。分かりましたわ。セルヴィア様が止めろと仰るなら止めますわ」
これで何とかリーツェルを止めることができた。
だが、問題はまだ完全には解決していない。というのも、これは、リーツェルを止めただけで解決する内容ではないのである。なんせ、そもそもの原因はリトナにあるのだから。
「リトナ王女。ここから一旦出て、お茶でも飲んでいてもらえないかしら」
「えー。もしかしてー、リトナのこと嫌いー?」
このロクマティス王女はどこまでワガママなのだろう。どんな育ち方をしたらこんな風になるのか、逆に気になるくらいだ。大概甘やかされてきた私からしても、リトナのこの自由過ぎる振る舞いは理解ができない。
「空き時間ができれば会いに行くから、それまで待っていてほしいの」
「えぇー」
「そんな言い方をしないで……!」
「むー。ま、分かった分かった。待っとくからー」
このような調子では、用事にたどり着くことすら難しい。
スタートラインに立つことすらできない、という状態だ。
「用事が終わったら遊んでくれる?」
「えっ。私?」
「やーだーセルヴィアさんったら、おっかしー! そうに決まってるでしょー?」
何やら馬鹿にされているが……妙に懐かれているようでもある。
嬉しいような、困ったような、何とも言えない気分だ。
「カンパニュラさん。リトナ王女を一旦連れて出ていただいて構いませんか」
「そうやってすぐに厄介なことを振るのだな」
「すみません。でも、これは、強くて信頼できる貴方にしか頼めないことですから」
「はぁ……まぁ仕方ないな。だがいいだろう。今は従うことにする」
やった! ありがとうカンパニュラ! ……そんな気分だ。
カンパニュラはリトナに近づき、一メートルくらいしか離れていないところまで接近する。その間、リトナは常に警戒したような顔つきをしていた。だがカンパニュラはそんなことは気にしない。何事もなかったかのような顔で「行くぞ」と述べる。それに対してリトナは、不愉快、と言いたげな表情を浮かべた。が、直後、カンパニュラはリトナの片方の手首を掴んだ。
「ちょっと! 何する気!」
いきなり触れられたことに腹を立てたようで、リトナは甲高く鋭い声を発した。
けれどもカンパニュラは一切動じない。
「ただ連れてゆくだけだ」
「気軽に触るなって言ってるの!」
「馬鹿らしい。小さいことでいちいち怒るな」
「触らないでよ!」
リトナはカンパニュラの手を振りほどこうとする。が、カンパニュラは本気で掴んでいるので、逃れられない。




