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episode.72 よみがえり

「あぁもう、どうしてこうも仕事が多いの」


 新しい仲間の選考から始まり、プレシラに脅されリトナのところへ行って、帰るなり書類読みとサイン書き。次から次へと押し寄せてくる用事に、胃が痛くなってくる。


 父も王だった頃はこんなことを続けていたのだろうか?


「外出なさっていたからです」

「べつにきっちり答えなくていいのよ、ファンデンベルク……」


 何も答えを求めていたわけではない。そもそも、答えだけならば私だって知っている。外出して時間を潰してしまったから用事が一気に押し寄せてきたことくらい、理解はしているのだ。多分私は、この苦労を誰かに理解してほしかったのだろう。


「僕でもできることがあるなら、手伝いましょうか」


 言いながら、ファンデンベルクは肩の鳥に薄茶色の実を食べさせている。鳥に渡していたその実は、ぶどうの房を思わせるような形をしている不思議な物体だ。口にすると、ぷちぷちしそうである。


「いいの?」

「はい。何をすれば良いでしょうか」


 ファンデンベルクは機嫌が良いのか積極的だ。こうも積極的に協力してくれるのは珍しい気もするが、でも、手伝ってくれるなら「ありがたい」の一言だ。


「じゃあ……これを読んで、内容をまとめて、説明してくれる?」


 紙の束を差し出しつつ頼む。


「承知しました。では、しばらくお待ち下さい」


 ややこしいことを頼んでしまったので、断られるかもと少し不安だった。しかし、ファンデンベルクは断らなかった。いや、断る断らないどころか、愚痴の一つも漏らさなかった。すんなり受け入れてくれたのは予想外だ。



 それから三十分ほどが経過した時、一人の女性が王の間へとやって来た。


「お母様がお目覚めになりました」


 女性が発したその言葉を、私はすぐには理解できなかった。


 母親は、夫と息子をほぼ同時に失った悲しみによって、衝動的に窓から飛び降りた。そして、それ以来、ずっと意識を取り戻さず。まるで物であるかのように、寝たまま毎日を過ごしていた。


 その母親が目覚めたというのか。

 前触れなんて何もなかったのに。


「それは事実ですか?」

「はい。先ほど意識を取り戻されたそうです。報告するよう命じられました。とはいえ、まだ以前のようには動けない状態のようですが……」


 それはそうだろう。意識を取り戻すなり自由に動き回れていたら、それはそれで謎だ。目覚めるなり思うままに動けている方が、不気味で怖い。

 それにしても、何が起きたというのだろう。

 母親のことは心配していたし、目覚めたこと自体は嬉しいことだ。でも、いざ実際に目覚めたと聞くと、どうしても不気味さを感じずにはいられない。


「行かれますか? 王女」


 尋ねてくるのはファンデンベルク。


「そうね、少し様子を見てくるわ。貴方は用事を続けて?」

「承知しました」


 こうして私は母親のところへ案内してもらうことにした。その間、ファンデンベルクには先ほど任せた用事を進めていてもらう。そうすれば、溢れるほどある用事も少しは進むだろう。内容をおおまかにまとめてもらうだけでも、後の大変さは軽減されるはずだ。


 そうして王の間を出た私は、途中でカンパニュラに遭遇。彼は第一声、訝しむような顔つきで「どこへ行く?」と問いかけてきた。それに対し、私は「母が目覚めたとのことで。今から会いに行ってきます」と答える。すると「途中まで同行しよう」と言ってきた。嬉しいような、嬉しくないような、よく分からない気分だ。


 ただ、もしもの時に護ってもらえるという意味では、同行してもらった方が良いのだろう。


「何だか不満そうな顔をしているな」


 歩いている最中、カンパニュラが急にそんなことを言ってきた。

 嫌がっているような顔をしたつもりはなかったのだが。


「え。そうですか?」

「私が同行するのが、そんなに不服か」

「まっ、まさかっ! そんなわけ!」

「……さすがに分かりやすすぎるぞ」


 分かりやすすぎる、と、はっきり言われてしまった。

 嫌がっているような表情を作っている自覚はなかったのだが。


「せっかくの再会に、私がいると台無しか?」


 カンパニュラはいちいちそんなことを言って絡んでくる。

 誰も、台無しだ、なんて言ってはいないのに。

 なぜことあるごとにそんなことを言ってくるのか、なぜいちいちありもしないことを言ってくるのか、まったくもって理解できない。


「思っていませんよ、そんなこと」

「本当か?」


 疑われているみたいだが、事実である。


「なぜそのようなことを仰るのかが、私には理解できません」

「捻くれているから。それだけだ」

「へぇ、そうなんですか……。参考になります……」


 もしかしたら、冗談混じりのつもりなのかもしれない。そういうことであれば、まったく理解できないということはない。だが、カンパニュラが言うととても冗談には聞こえないので、そこが問題だ。本人にとっては冗談寄りのつもりなのだとしても、それが伝わってこない。


 それからも暫し歩き、目的地に到着する。


「こちらになります」

「ありがとうございます……!」


 意外とすんなり到着することができた。


「扉をお開け致しますね」

「助かります……!」


 扉を開けてもらい、王妃の部屋へと足を進める。

 背後にいたカンパニュラは途中で足を止めたみたいだ。はっきり目にしたわけではないけれど、空気の動きでそれを察した。


 次の瞬間、母親の姿が視界に飛び込んできた。


「母さん!」


 まだベッドに乗って休憩してはいる。が、意識はあり、瞼も閉ざしていない。それに、上半身だけを僅かに起こしている。目つきに不自然さはない。


 こんな母親を目にした瞬間、私は思わず駆け出してしまった。


「回復したのね!」

「セルヴィア……」

「良かった。意識を取り戻して」


 意識が回復したことはもちろん嬉しいこと。ただ、様子が普段の彼女に戻っていることは、もっと嬉しいことだった。狂乱するところを目にしたからこそ、見慣れた雰囲気を醸し出しているというだけでもホッとできる。


「もう大丈夫なの!?」

「えぇ……もう平気よ。心配かけてごめんなさい、セルヴィア」

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