episode.71 帰り道と回転、そして鳥
「カンパニュラさん……なぜ、リトナ王女にあのようなことを仰ったのですか」
帰りの車の中、隣の席に座って黙っているカンパニュラに尋ねてみた。
車内が静かすぎることに耐えられなかったから。
「なぜ、だと? 私は珍しいことは言っていないはずだが」
「リトナ王女はもう敵ではありません。あの後は攻撃してきていないのですから。……敢えてあのようなことを言う必要はなかったはずです」
信用はまだできないとしても、だ。
この短期間では信じるところまでは至れないというのなら、それは分からないではない。でも、刺激するようなことをわざと言う必要はなかったはずだ。そんな行為に何の意味があるのか。あの状況で相手を刺激する必要なんて、あるわけがない。
「甘過ぎる」
「そうかもしれません。けれど、平穏を望むべきです」
「はぁ……。まったく……」
わざとらしく呆れられてしまった。
「馬鹿げたことを言っていると分かってはいます。でも私は諦めたくありません。できるならば、いつまでも穏やかでありたいのです」
「馬鹿だ」
「……はい。多分、私は馬鹿です」
確かに私は聡明ではない。世のこともあまり知らないし、武芸の心得があるというわけでもないし、学問を極めているわけでもない。私には、抜きん出ている強みなどありはしないのだ。特徴を敢えて見つけるとしたらこの手に宿る力くらいのものか。だがそれは禍々しいもの。誇ることができるような偉大なものではない。
「真の馬鹿は馬鹿とは言わん」
「そう……でしょうか」
「あぁ、そういうものだ」
これはフォローしているつもりなのだろうか?
あるいは冗談のつもり?
こんなに近くにいるのに、私にはカンパニュラの意図を読み取ることができない。それが何だか情けなくて、何も言えないような気分になってきてしまう。
カンパニュラのような戦闘能力があれば。あるいは、リーツェルのように、他人の身の回りの世話をこなす能力が高ければ。きっと、何らかの形で世のため人のために生きられたのだろう。
でも、幸か不幸か私にはそれがなく、王という地位に相応しい見事な働きはできない。
フライが王になれば良かったのだ。そうすれば、きっと、王らしい王が生まれた。引きこもり状態に近かった私が王になるなんて、馬鹿げた話でしかない。
そんな風に、思考の渦に飲み込まれそうになっていた時。
「……なぜそんな顔をする?」
カンパニュラが唐突にそんな問いを放ってきた。
「え」
「何を落ち込んでいる」
落ち込んでいると即座にバレるとは!
「貴方は……他人の心が読めるのですね」
「まさか。王女が分かりやすすぎるだけだ、間違いない」
「そうですね。そうかもしれません」
そんな言葉を交わしたのが最後となり、車内は再び沈黙に包まれた。
自室へ帰ると、リーツェルとファンデンベルクが迎えてくれた。
ただしファンデンベルクはその場にいるだけ。迎えらしい行動を取ってくれたのは、リーツェルだけだ。
「お帰りなさいですわ! セルヴィア様!」
リーツェルの笑顔が眩しすぎて、一瞬立ちくらみを起こしそうになった。
「ありがとうリーツェル」
「どうでしたの? 用は済みましたの?」
「えぇ。終わったわ」
「そうでしたのね! それは良かったですわ!」
何やらご機嫌なリーツェルは、私の手を手袋越しに握り、回転させようとしてくる。その意図を察した私は、乗っておくことにした。特に意味はないが、取り敢えず、回転に付き合うこととする。
その間、ファンデンベルクは私とリーツェルをじっと見ていた。
だが、言葉を発することはしない。何も言わず、こちらをじっと見つめている。少しでも何か言ってもらえれば、その方が気が楽になるのだが。
「何を見ているの? ファンデンベルク。私、何かおかしかったかしら」
発言なしで熱心に見られ続けるというのも辛いものがある。視線で様子を探られるくらいなら、言葉で関わってこられる方がずっと精神に良い。だから、自ら話を進めてみるように努めた。
「……なぜ回転しているのだろう、と思いまして」
肩に黒い鳥を留まらせているファンデンベルクは、淡々とした調子で答える。
やはり、彼が熱心にこちらを見つめているのには理由があったのだ。早めにこちらから尋ねてみて良かった。おかげで、必要以上に「何なのだろう?」と悶々とせずに済んだ。
「えっ……と、その、回転していることに意味はないの」
自分の言葉で軽く説明してみたが、すぐに理解してはもらえなかったようだ。ファンデンベルクはまだ、よく分からない、というような顔をしている。そんな彼の肩に乗っている黒い鳥は、よく見たら、くちばしで茶色く丸い実をくわえているようだった。
「ファンデンベルク! 余計なことを聞くんじゃないですわっ」
「まぁまぁ、落ち着いて。リーツェル。怒る必要はないのよ」
「でもっ……セルヴィア様っ……」
その頃になって、ようやく回転は止まった。
短時間ではあったが、何げにかなり回転したような気がする。さすがにこの程度では酔いはしなかったけれど、多少疲労感がある。もしかしたら、意外と運動量が多かったのかもしれない。
「深い意味はない、ということよ」
「はい。承知しました」
鳥がくわえていた実を丸呑みするところを目撃してしまった……。
「意味などないということですね。では、もう触れません」
「その方がありがたいわ」
私だって、日頃は、誰かと手を繋いで回転なんてしない。もう女児ではないのだから、そんなことをしようとは思い立たない。
それゆえ、リーツェルと仲良く回転していたなんてことには、あまり触れられたくないのだ。
触れる者が悪い、と言うつもりはない。ファンデンベルクが諸悪の根源と言う気もない。始まりは、私が気にされるような行動をしてしまったことだから。
でも、できれば流しておいてほしいというのが本心だ。
「それより王女、本日分の書類が届いています」
「えっ!」




